第31話 足りなかったもう一歩をくれたのは思いもよらぬ相手であった。

「うっ、バレてしまったか……」


 尚も気まずい表情で親父は呟く。そしてこちらを見てすぐに荒れた部屋を見た後、またこちらへ視線を戻すと、真剣な眼差しで言う。


「粗方の話は聞いていた。だが念の為だ。龍、今一体何が起きていて、これから何をしようとしているんだ?」





 それから一先ずリビングへと場所を移したのだが――


「ちょっ!この泥棒猫!あたしの唐揚げ返しなさい!!」

「こういうのは早い者勝ちなのニャ!よって、この唐揚げはニャーのものニャ!」


 そう言ってニャーちゃんは大きな鶏の唐揚げを一口且つ、一噛みで平らげた。


「はっはっはっ!母さん、この赤飯は何かのお祝いかい?まさか龍の結婚祝い!?お相手はぁー?」

「はいはい、何もありませんよー」


 と、和気藹々とした感じで会話をする両親。それと――


「そう言えば私が死姦好きっていうの。あれ、冗談だからね。分かってる?てか普通は分かるよね?ねえ?」


 必死に謎の弁解をするアリスという非常にカオスな状況が生まれていた。


「てか話を聞くんじゃなかったのかよ!?」

「いや、だって今は夕飯時だし」


 当然の如く突っ込みを入れるも、これまた当然と言わんばかりの返答をされてしまった。


 確かに今は日も落ちて夕飯時ではある。だからって優先的にしないといけない事は絶対にあると俺は思うのだが。でもどうやら親父にとってはそんな事よりも飯が大事のようだ。いや、親父だけじゃない。他の奴らもそれに同意するようにコクコクと頷いているから俺以外は現状より飯を大事にしたい人らしい。


「渦中に居ないからって安易に考え過ぎだろあんたら!!てかアリス!お前も一応は渦中に居ると思うのだが!?」

「私は別に。殺し屋に狙われてないし」

「でも家族を殺されたんだろ!?」

「あー、この味噌汁美味いわぁー。体中に染み渡るわぁー」

「無視かよ!!」


 ――もう、何なのこの人!いや、この場合は……何なのこの人達!!


「まあ、そう怒る事は無いだろう。それに――」


 そこまで言うと親父はお椀と箸をテーブルに置いた。そして真剣な表情で言う。


「行けば良いじゃないか、故郷へ」

「いや、そう簡単に言われてもだぞ。てか良いのかよ、行っても」

「幸い、明後日から夏休みだろう?だったら丁度良いじゃないか」


 確かに明後日から夏休みではある。でもだからってそう簡単に言われてもだ。準備だって大変だろうし。そもそも帰ったら確実に今以上に命を狙われる。それは本気で勘弁して欲しい。


「それにキラや友達とかも危険な目に遭うかもしれないんだろ?だったら男としてそれを止めないとだよな!」


 親父の言う事は尤もではある。というかその通りだ。そして男なら自らの手でどうにかするべきである。でも果たして俺に何が出来るのか?そう思うとどうしてももう一歩勇気が湧かない。


「あと、お前もそろそろあの二人に会うべきだ」

「あの二人……?」

「そっ、お前の本当の両親にだよ。特に母親には会っておくべきだな」

「どうしてだよ?」

「彼女がお前をとても気にしていたからだ。それに、夫が毒を盛られて危篤状態にある今、彼女は独りで寂しい思いやら怖い思いやらしているはずだ。もしかしたら危険な目に遭っている可能性だってある。お前はそれを放置していられるのか?」

「…………」


 ――本当の母親か。顔すら覚えていない。でも親父の言うとおりだったとしたら?俺はそれを放置していられるのか?


 そう思っていると、右に座るニャーちゃんが俺の左手を握って来た。


「これは……言わないでおこうと思っていたのニャ……でも言うニャ……ニャーをここへ向かわせてくれたのはご主人様の母上なのニャ。母上はご主人様の事とても心配してたのニャ。それに言ってたのニャ。『お願い、あの子を守って』って……ご主人様、ニャーは母上が心配なのニャ……」


 そう言ってニャーちゃんは更にぎゅっと手を握る。その強さはこちらが痛みを感じる程で、それだけニャーちゃんが俺の本当の母親を気遣っているのだと分かった。


「そうだったのか……」


 俺はニャーちゃんの手を握り返した。そして――


「まさかもう一歩の勇気をお前から貰う事になるとはな……」


 と呟いてフッと笑うと、こう続けるのであった。


「分かった。俺、行くよ」

「ご主人様……ありがとうなのニャ!」


 ニャーちゃんの心配げな表情がぱぁーっと明るいものへと変わった。もし彼女に尻尾が生えていたらきっと今頃は激しく左右に振られているだろう。そんな様が脳内に浮かび、若干だけ和んだ。


「決行は明後日からという事で良いか?」

「あぁ!勿論だ!」

「分かった。それじゃあ色々と準備しておこう!」


 決行日の確認をしてきた親父に当然の如く答えると、親父はフッと笑みを浮かべてそう返した。


 これにて話は一旦の所落ち着くのであった。と思ったら――


「そっかぁー、じゃああたしも準備しないとだよねぇー」


 何故かキラが『当然あたしも行く!』と言うかのような発言をし始めた。


「いや、待て。待て待て待て!お前、もしかしてだが……付いて、来るのか……?」


 聞き違いと思った。というか聞き違いだと思いたいので恐る恐る訊ねる。するとキラはニンマリと笑みを浮かべた。そして――


「うん!勿論だよ!」


 と答える。


「まあ、別に問題は無いんじゃないか?なあ、母さん」

「ええ、そうね」


 更に両親までこう言い始める始末である。


「いやいや、駄目でしょ!危険すぎるでしょ!」

「「えー、でも龍がいるじゃないか。それに父さん(母さん)達も久々に夫婦で旅行に行きたいしぃー!」」


 仲良く同じ事を言うと、両親は互いに指を絡めて「「ねぇー?」」と言った。


「ねぇー?って!あんたらも来るつもりなのか!?」

「いいや、父さん達は適当にハワイにでも行くさ!アロハ~!母さん母さん!アロハ~!」

「うぇーい!あなた、アロハ~!」


 ――あー、もう!頭痛くなってきた!てか「うぇーい!」とか、若者ぶった台詞言うんじゃねえよ!でも……


「……分かった。分かりました!連れて行けば良いんでしょ、連れて行・け・ば!!」


 こうして俺の――いや、俺とニャーちゃん。それとキラの旅行?は決まるのであった。だが話はこれだけでは終わらず、碧乃と紫乃まで付いて来る事になるのを俺はまだ知らない。ついでに言えば、夏休みになるまでの間、内藤の姿が見えなかった事もこの時の俺はまだ――








『よう、少しぶりだな』

「って、お前かよ」


 その日、夢の中に本当に少しの時間ぶりに顔の無い少年と再会した。


『何だその不服そうな顔は……何か傷付くな』

「いんや、こんな大変な事になっているのにお前と会う事にもなるとか、最悪にも程があるなと思っただけだよ」

『うわっ!?本当に傷付く!でも、それは何と言うか……こちらとしても不測の事態が重なってしまったと思っているよ。本当にその、申し訳ない』

「いや、何故そこで謝罪するんだよ。いつもならもっと憎まれ口を言うもんだろ……いや、待て。もしかしていずれこうなる事が分かってたのか?」

『うっ……』


 息を詰まらせて、尚且つ罰の悪そうなモジモジとした態度。これは明らかに黒だ。


「ほーぅ、そう言えばあんた神様だったよな?じゃあこれから何が起こるのかも大抵は知っているんじゃないか?」

『知っていますが、それが何か?』


 そして両手を腰に当て、胸を張りながら開き直り始める神様とやら。


「教えろ。一切合切、何もかも」

『それは出来ないかな!それに人生何があるか分からないもの。それが面白いってものだし、人生にズルなんてあってはならないのだよ!はっはっはっ!』


 ――うわー、本当にムカつくわコイツ……でもようやっといつもの調子に戻ったというところか。


「はいはい、それで?今回はどうした?知らぬ間にでも天使を篭絡しちゃったか?」

『あー、それは無いから安心しろ。いや、寧ろそれについて残念に思って欲しい所ではあるか……でも、とにかくだ。今日は大事な要件を告げる為に君の前に現れたのだ!』

「大事な要件?」

『そ!それと謝罪?のようなものもね』

「どういうことだ?」

『どっちから聞きたい?』


 人差し指を立てた右手を前に出し――


『大事な要件か――』


 で、今度は同じく人差し指を立てた左手を前に出す。


『謝罪か』

「じゃあ……」


 そう言って俺は右手、つまり大事な要件の方を指差す。


『それでは、単刀直入に!これから僕は忙しくなる。君が第四の天使を篭絡するまで姿を現す事が出来なくなるだろうから覚えておいてね!』

「理由は?」

『不測の事態に万全を期す為だよ。遠回しに言えば君の為に色々と動く羽目になったというわけだ』


 ――言っている意味が良く分からないのだが……でも、俺の為に何かをしてくれるって事だけは伝わった。それの何かが何なのかは分からないが、きっとこれから起こる何かに対して万全を期そうとしている。そう思う事にしよう。


「分かった。じゃあ次に謝罪については?」

『あー、それなんだが……君に幼少期の記憶の欠如が見られるのは実の所、僕のせいなんだ』

「…………」

『待って!言い方が悪かったかも!君の為にした事だ、と言った方が正しいかな!だから拳を鳴らしながら近寄らないでくれたまえ!』


 ここで実際にこの少年を殴ってしまうと、話が滞りそうなので足を止めて両手を下ろす。そしてどうしようもない怒りを後頭部を掻き毟る事で発散し、少年に向き直る。


「あー、はいはい。いずれも俺の為にした事だ、と言いたいんだろお前さんは。分かったよ。分かりましたよ」


 それを聞いてホッと安堵すると少年。


『まさしくその通りだよ。では今回はここまでだ。またね、今度は最後の天使を篭絡した時になる事を願っておくよ』

「ふんっ、待ってろ。近いうちにまたその顔を拝ませてもらうぞ」

『あははっ、君もなかなかに減らず口だね!それだけ元気だとこっちの気も晴れるってものだよ!それじゃあ……またね!』


 直後、俺は目を覚ます。その時には既に朝となっていた。

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