クリスマス小説

豆崎豆太

サンタクロースに会った話

 もうすぐクリスマスが来る十二月十六日の午後、学校からの帰り道でサンタクロースに会った。小学一年生のときだ。


 赤い上下の衣装に身を包んだサンタクロースは、公園のベンチでチューハイを片手にたそがれていた。

「……サンタさん……?」

 思わず呟くと、サンタは私の声に気がついてぱっとこちらを向いた。

「ん? え? ああうん、アイムアサンタクロース。ナイストゥーミーチュー。業務中の飲酒は見なかったことにしてほしい、コンプライアンス違反だから」

 どう見積もってもうまいとは言えない英語で、取り繕う気もなさそうな表情で彼女は答えた。私が出会ったサンタクロースは女性だった。

「サンタさんって、女の人だったの?」

「あー、イエスかノーかで言えば、ノーだ。正確に言えば私はサンタクロースではなく、そのお手伝い。バイト。サンタクロース概念体の一部」

 ガイネンタイという言葉の意味がよくわからなかったけれど、お手伝いはわかる。

「お手伝いさん?」

「そうそう。サンタのおっさんもそろそろ歳だし、重い荷物持って世界中駆け回るのもしんどいってことで、代わりにプレゼント買いに行ったり配ったり」

 サンタさん(仮)(バイト)はかたわらの白い袋を指でさして、そう言った。しかしその白い袋は、どう見ても無印良品のやつだ。

「無印良品なの……?」

「この袋、なんだかんだ丈夫だし重宝するよね」

 会話が噛み合っていないような気がする。

 サンタクロースが老人だというのは、わかる。老人に重い荷物がつらいのもわかる。だからお手伝いを雇うというのも、まあ、わかる。そういえばサンタさんひとりで世界中にプレゼントを届けるというのは、かなりの重労働だ。でもまさかバイトを雇って解決しているとは思わなかった。

「でもうち、サンタさん来たこと無いよ?」

「あら。どこの子?」

「そっち」

 私がマンションの方を指でさすと、サンタさん(仮)はポケット(あるんだ?)からがさがさと紙を取り出し、「うーん」と唸りながら周囲と見比べた後で「ああ、担当外だ残念」と言った。サンタクロース業、結構アナログっぽい。

「ごめんね、担当者に文句つけとくね。代わりと言っては何だけど、これをあげよう」

 サンタさん(仮)はかたわらの無印良品の袋から、ラッピングされた小さな袋を取り出した。まさか本当にプレゼントが入っていると思わなかったので少し面食らってしまう。反射的に受け取ったそれは、少し重い。

「でも」

「大丈夫。別に高いものじゃないし、危ないものでもない。あ、でもそういえば容疑者Xの献身だかでそれが凶器だった気がしないでもない。映画版しか見てないけど」

 途中から何を言っているのかよくわからなかった。

「開けてもいい?」

「どうぞ。気にいるといいんだけど」

 袋から出てきたのは、手のひらより大きいスノードームだった。

「スノードーム!」

「お、よく知ってる」

「えっ、いいの? これ、誰かのプレゼントじゃないの?」

「いや、さっき通りがかりの店で衝動買いしただけ。可愛いでしょ」

「……お仕事中に買い物してたの?」

「ん? ああ、うんえっと、賢しいな君は、バレると怒られるから秘密にしてくれ。酔っ払いは口が軽くていけない」

 受け取ったスノードームは、クリスマスツリーのそばに三段重ねの雪だるまが立ってるやつだった。ひっくり返してまた戻すと、雪がゆっくりと降ってそこに積もる。とてもきれいだ。

「ねえ、私も、サンタさんのお手伝い、できる?」

「んー? お嬢ちゃんはまだだめ」

「どうして?」

「まだプレゼントをもらう年齢だから。――あ、頭は撫でない方がいいか。コンプラコンプラ」

「こんぷらって何?」

「気にしなくてよろしい。サンタはね、プレゼントを渡す方の年齢になったら、なれるよ。時給あんま良くないけど。タウンワークに求人出てるから探しな」

 そう言って、サンタさんは笑った。

「ほら、そろそろ暗くなるから帰りな。気をつけてね、路面凍結とか怪しい酔っぱらいとか」

「酔っぱらいはサンタさんじゃん」

酔っぱらいと言ったんだ私は」


 今思えばあのお姉さんは、道端で出会った見も知らぬ子供に壮大な嘘をでっち上げて聞かせてくれた、妙に善良な人だった。そして同時に、平日のおよそ昼間と言っていい時間帯に公園でサンタの衣装を着て缶チューハイを飲んでいた、ただの(それも相当な)不審者でもあった。あのお姉さんがあのとき何をしていたのか、なぜあんな状態になっていたのかは今もさっぱりわからないが、まごうことなき「怪しい酔っぱらい」であったことに変わりはない。


 あの日、私は帰ってきた両親に大はしゃぎでサンタの話をした。サンタがいて、プレゼントを貰って、担当さんに文句つけといてくれるという話をした。両親はそこから何かしらを汲み取ったのだろう、その年からクリスマスの朝には枕元にサンタクロースのプレゼントが置かれるようになった。気遣いの連鎖だ。いちおう、「知らない人から物をもらってはいけない」という旨のお説教はされた覚えがある。

 もらったスノードームはあれから何年か私の宝物となり、あの話が嘘だとわかる年齢になってからもなんとなくその座に鎮座し続けている。クリスマスの時期になるといつも棚から引っ張り出してきて、部屋の一番目立つところに置くのだ。

 私はクリスマスが好きだ。とても優しいイベントだと思う。いつか私も同じように、誰かにプレゼントする側になりたいと思う。

 

 そんな矢先。十八歳のクリスマス目前。年末年始に割のいいバイトでも無いかなとぺらぺらめくっていたタウンワークに、は掲載されていた。

「サンタクロース手伝い?」

 私が思い出したのはもちろん、あのサンタのお姉さん(仮)のことだ。まさか、あのお姉さんが言っていたことは本当だったのだろうか。配送業、時給八百二十円。たしかにあんまり良くない。そしてそこに「女性も活躍できる会社です」の文言と一緒に掲載されているのは――


「……あのとき、のお姉さん」


 白い袋を肩に担いだ、あの頃よりも少し老けた、女性サンタの姿だった。




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