つきかげ・ファイナル・ミーティング

『次回の月影つきかげミーティング開催時刻は正午12:00。ランチミーティングです』


「えっ? 昼間!?」


課のみんなからじろっ、と見られた。

あぶないあぶない。

同時にLINEグループ『おつきさま』のメンバーから続々とメッセージが入る。


アルチュ:昼間なんてアリですか?

ネガ:結局なんでもいいんだろ。

ツキカゲ:困りましたわね〜♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪


おっと。ツキカゲさん、全然困ってない。

じゃあわたしも。


エルリー:これじゃあお日様ミーティングだねー☀︎


ん? 返信?


アルチュ:え、どういう意味ですか?

ネガ:そのまんまかよ。

ツキカゲ:エルリーさん、おつかれですね〜ƪ(˘⌣˘)ʃ


ごめんね、みんな・・・


・・・・・・・・・・・


ミーティングの開催日時の連絡が入った後、なかなか場所の案内が来なかった。コンビニにコーヒーでも買いに行こうと席を立つと事務所入り口のパーテーションで女子の先輩の声に、びくっ、と反応した。


「ですから! 『エルリー』なんて言う社員はいませんので!」


なっ!?


「あー、エルリーさーん!」

「ツ、ツキカゲさん・・・?」

「な、なに? この人、カラタチの知り合い?」

「あ。エルリーさん、会社では『カラタチ』さんってニックネームなんですねー」

「ち、ちがっ! せ、先輩、すみませんっ!」


わたしはコンマ以下の秒数で先輩に平謝りして、そのままツキカゲさんをエレベーターホールに引っ張っていった。人目につかないところ・・・屋上か。


「わー、いい眺めですねー」


我が社がテナントとして入る築50年鉄筋コンクリート10階建のそろそろ耐震工事の法定リミットが迫るビルの屋上でもいつものようにはしゃぐツキカゲさん。


ちなみに今日のコーデは・・・


白のバラとその蔦が外周を彩るファンシーなベレー帽。

ピンクの小さなハート形のイアリング。

貴公子かと思うぐらいのフリルが胸にも袖にも満開の白いブラウス。

ふわっ、と翻った時に裾の滞空時間が長すぎて細い足とピンクの膝が長時間露わになるほど軽い鶯色のふわふわスカート。

赤の皮に黒のリボンがついたツキカゲさんにしてはびっくりのハイヒール。

おそらく、アニメなんかでこの姿で登場したら可憐なお嬢様だろう。

けれどもここはわたしのオフィスで、思いっきり地味で地に足がつきまくって引っこ抜けない現実を生きるサラリーマンの巣窟なのだ。


『美人なのになあ・・・』


と思っていると急に本題を振られた。


「ミーティングの開催場所を探してるんですけど見つからないんです」

「え。場所っていつもツキカゲさんがアレンジしてくれてたんですか?」

「はい、実はそうだったんです。主催者側からDMで諸条件を示されて『ここならどうです?』って返事してからSNSでの最終案内となってました。基本開催日の夜の月のよく見える場所って感じで」

「でも今回は昼間ですもんね。条件って?」

「高さ100m以上のビルの屋上です」

「え? そんな高い場所? それに高層ビルって屋上に出るの無理でしょ?」

「そうなんですよ。でも探さないといけませんし、毎日お空を見上げて歩いてました」


・・・ツキカゲさんって、仕事とかしてんのかな?


「しかも開催日は土曜。その正午のランチの時間ってことだもんね」

「屋上テラスのオープンカフェでもあれば良いんですけれども」


わたしとツキカゲさんが不毛なやり取りをしてる時、急に屋上を吹き抜ける風の向きが変わった。そしたらずっと遠い所から、カーン、カーン、という音が風に乗って聞こえてきた。

手すりを乗り出して音の方向を指差すわたし。


「ツキカゲさん、あれってどうですかね?」

「そうですね。あれもアリでしょうか?」


・・・・・・・・・・


「こ、怖いですっ!」

「アルチュ。俺の手を握れよ」

「ヒューヒュー。ついでに風もヒューヒュー・・・」

「ああ。なんてステキな景色でしょう」


月影つきかげミーティング・真昼バージョン当日。わたしたちは工事の現場監督さんに先導されて作業用のエレベーターに乗って上昇している。しかも床は安全のために視界を遮らないよう足元から下界がくっきりと見える鉄の格子板だった。


「お嬢さん。ほんとにお嬢さんとお友達だけで大丈夫ですか?」

「は、はい・・・あの、終わる時にスマホで連絡しますので」

「分かりました。屋上とはいってもまだ仮設の工程途中ですから。くれぐれも赤い線で区切ったエリアの外に出ないでくださいね」

「はい」


ガチャン、という音を立ててエレベーターがストップする。ようやく屋上に着いた。


「わあ!」


ツキカゲさんが真っ先に仮設の鉄板にガン、ガン、と降り立つ。残念ながらハイヒールのカツンカツンという音ではなく、安全靴のごつい足音だ。


ここは現在建築中の高層オフィスビル。正確には高層部はマンションで、来年の春に完成予定だ。

高さは110m。

鉄骨むき出しの工事中のビルに、『見学』の名目で登る許可が取れた。


だから全員作業服・ヘルメット・安全靴。ツキカゲさんも。でも、意外とこっちの彼女に萌える男の人の方が多いかも。


「でもまさかアルチュの親父さんが建設会社のオーナー社長だったとはな」

「ネガくん、わたしも会社の屋上からツキカゲさんと一緒にこのビルを見てどうかな、って思ったけどさ。無理だろうなー、って諦めてたらアルチュちゃんが、『父に訊いてみます』だもんね」

「すみません。この街で一番高いビルの施工受注が取れたって父が喜んでたのを覚えてたものですから・・・」

「アルチュちゃんはやっぱりこのミーティングに縁があったんですねー」


ツキカゲさんがしみじみ言うとわたしもなんだかこれまでのミーティングのことを思い出してじーんとした。


「でも、どうして高さ100m以上なんて指定だったんだろうね。大体なんで昼間なんだろ」

「月も見えないしな」

「・・・あ、あれ、なんでしょうか?」


4人して並んで見てる正面の辺りから鳥にしては動きのおかしな影が近づいてくる。飛び方でいうとむしろ昆虫のようなスピードと揺れ方だ。


「あ。ドローンだ!」

「ああ。あれじゃないの? 建築現場の工程進捗とか安全確認用にカメラ積んでる作業用の奴じゃないのか?」


うーん。さすがネガくん。冷静沈着な答え。多分正解だよね。


「あれ? でも、近づき過ぎじゃない?」


わたしが思わず呟くとドローンは急にスピードを上げた。


「わ! 何々? 攻撃される!?」

「んなわけないだろ!」

「でもでもっ、このままじゃぶつかりますっ!」


4人してわーわーと肩を寄せ合って後ずさりする。


「危ない!」


ネガくんはアルチュちゃんを、わたしはツキカゲさんをかばうようにして肩を抱いて避けるとドローンは、ブーン、と4人の頭を掠めて上空を通過した。


「戻ってくる!」


またまた後ずさりするわたしたち。

アルチュちゃんが叫ぶ。


「あ、赤い線超えたら落ちますっ!」


くるんと3人の後ろに回り込んで全員のお尻を押してくれた。

だけどもアルチュちゃん自身はズルッ、と足を滑らせてバランスを崩す。


「アルチュ!」


ネガくんが彼女の腕をぐいっ、と引っ張って尻餅をつくようにみんなして鉄板の安全地帯に倒れこんだ。


「助かりましたね〜」


言葉ほどには焦っていないツキカゲさん。


「お? 仲良いねー」


とわたしも余裕が出来て若い2人を冷やかす。


「ご、ごめんなさい!」


ネガくんに覆いかぶさるような態勢になってたアルチュちゃんが思わず飛びのく。するとドローンが、カシャン、と音を立てて墜落するように床に落ちた。ネガくんがそれを拾い上げる。


「こいつめー。危険な飛び方しやがって」

「あれ? スマホが付いてる!?」


ボディにスマホがセットされている。人影のような画像が写ってる。ライブ配信?


「お、おじいちゃん!?」

「えっ!?」


アルチュちゃんからおじいちゃんと呼ばれた老人が話し始めた。


『いやー、すまんかった。まだライセンス取ったばっかりでな』

「お、おじいちゃん、どういうこと!?」

『ワシがこの会の主催者なんじゃよ』


つまりこういうことだった。

おじいちゃんはアルチュちゃんが悩みを抱え込んでいることを察してはいたけれども一族して事業に集中しなくてはならない多忙さもあり、どうしてあげればいいものか思いあぐねていたそうだ。それでこの『月影つきかげミーティング』なる会を思いついたそうだ。

そしてコーディネーターとしてこっそりと白羽の矢を立てたのがおじいちゃんのグループ企業であるメイドカフェを運営する会社に勤めるツキカゲさんだった。


「え。ツキカゲさんってメイドなの?」

「そうですわ。よろしかったら遊びに来てくださいね」


ネガくんに名刺を渡すツキカゲさん。


‘カフェ・ムーンライト スタッフ:ツキカゲ’


「だから会長さんはわたしにDMできたんですねー」

『すまん。一応メイドカフェの業務用のアカウントじゃから差し支えなかろうと思ってね。それにツキカゲくんのSNSをうちの孫・・・今日はアルチュと呼ぼうか。アルチュがフォローしているらしいことが分かってね。図らずも思った通りになってくれたよ』

「アルチュちゃん、そうなんだ?」

「そういえば・・・確かにわたしは主催者側の案内じゃなくって、ツキカゲさんがSNSで発信した情報であの夜行ったんです」


回りくどい気はするけど、こういうプロセスを丁寧に踏まないと心に届かないことっていっぱいあるよね。


「ところで、なんでここ? なんで昼間?」

『おお、そうじゃった。みなさん、真上を見上げてご覧なさい』


眩しい太陽が見えるだけ・・・あっ?


「月が!」


全員で叫んだ。


太陽のちょうど反対側に、有明の満月が。

白くて淡い姿だけれども、間違いなく月がこのお日様の差す真昼の空に浮かんでいる。


『この高さでないと他の建物に遮られて有明の月は見えんからね。まあ、ちょっとした謎解きのつもりじゃったがアルチュから‘登りたい’って息子に聞いてきた時は年甲斐もなく小躍りしたわい』


いいね!

両手に花どころじゃないよ。

両手に日月にちげつ


さて。


今日は屋上でピクニックシートを広げる。荷物は最小限にしなくちゃいけなかったから。

それよりもわたしたちはツキカゲさんが手にしているアルミの手提げ箱が気にかかる。


「ツキカゲさん、ランチは何?」

「じゃーん、これですわ〜」


出されたのは4つの丼。


「月見うどん?」

「はい〜。月の代わりにと思ったんですけど、杞憂でしたわね〜」


アルチュちゃん、ネガくん、わたしの3人で叫んだ。


「のびちゃってるっ!」


さて。次回のミーティングが待ち遠しいね。




・・・・・おしまい・・・・・

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つきかげミーティング naka-motoo @naka-motoo

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