第三章【シャルロッテ・ホルンシュタイン】

「……話を戻しましょう。では貴方は、何故、『どうして』『何を求めて』『何のつもりで』『何を動機に』『何が目的で』。……西方領の森へ、『わざわざ馬車に轢かれて身を引き裂かれてまで』やってきたのでしょう?」

「……ぅ……っ」

 問題が発生した時は、物事をひとつひとつ明確にしていく必要がある。いつ、どこで、どのように、魔物が現れたのか。種類は、数は。それを調べなければ、動かす騎士の規模も質も違ってくる。『より効率的に』運用しなくては無駄な消耗が出る。私の仕事だ。

 その質問をした時、ハルトは言葉を詰まらせた。明らかに矛盾しているからだ。『馬車に轢かれて異世界へ転移』など。『考えられない』。

 ……『そこ』である。私がこの、一見下らない問答をまだ続けているのは。

 考えられないことを起こす物が、世界にはある。それは人智を越えたという意味の『ある言葉』が頭文字に付いている。

 この世界には、『悪魔』がいる。……いや、ある『現象』を悪魔と呼称しているだけなのだが。

 それは人々の心に現れる。『通常では考えられない』ことを行ったり、考えたりした時に、悪魔は現れる。罪の無い人を殺して犯すのは、その犯人の『悪魔』が行ったものだ、という考え。


 『魔』。


 これが頭文字になる。魔物が代表的だ。奴等は私達には考えられない身体能力と獰猛さを持ち、人間を襲う。普通の野性動物は人を見ると逃げるのだ。だが魔物は、必ず襲ってくる。例え食事中でも、例え死の淵でも。死ぬまで襲い掛かってくる。『人』に対してのみ、この獰猛さは現れる。何故かは分かっていない。

 魔道具の説明は先程の通り。これの原理も分かっていない。

 そして。

 人が死なずに空を飛ぶ唯一の手段。

「……魔法、ですか?」

「!」

 その言葉を告げた時。

 ハルトは徐に立ち上がり、彼の表情は餌(人間)を見付けた魔物のように『食い付いた』ものになった。

「そうだよ!魔法だ!やっぱあるんだよな!?その通り!魔法です!転移の魔法!」

「…………」

 これは、よくある手法である。会話の中で、自分の有利になる情報を聞き出し、会話を有利に進める手法。本当に魔法だとすれば、何故私が口に出すまで言わなかったのか。何故、そこまで嬉しそうにするのか。

 だが彼が私を騙そうとしているのなら、『やっぱあるんだよな!?』は失言だ。急に態度を変える所もおかしい。

 下手な詐欺師か、本物の無邪気か。本当に転移なのか、ただの思い込みか。正直、真面目に考えれば魔物との遭遇で精神にダメージを負ったとする方が無難だ。言葉と服装の説明は付かないが、領民や国へは『侵入者』でごり押すこともできる。謎は全て解明しなければならないかと問えばそうでもなく、『領の目的』になんら関係の無い彼のことなどどうでも良いと切り捨てても良い。

 だけど。

「よしよし。魔法があるならなんか良いぞ。大丈夫だ。正直ユニコーンで妥協しそうだった。よーし」

 悪魔の力である魔法の存在を『喜ぶ』彼を見て。私の中に怒りでも呆れでもない感情があった。

「……ハルト」

「ん?」

「座ってください。話を続けましょう」

 好奇心。

 この男性は、私のそれを刺激した。

 領の運営と守護で忙殺される私の心に、ひと筋の癒しが差し込んだのだ。


――


「……と、報告は以上でございます。ファルカお嬢様」

 深々と頭を下げる女性。重そうな鎧を纏い、長剣を佩いている。顔を上げれば鋭い視線に射抜かれる。美しい刃。昔、旅の詩人が彼女をそう形容した。

「貴女の慇懃な物腰は苦手だわ。……シャルロッテ」

「……はははっ。一応、部下の前ですので」

 私はシャルロッテ・ホルシュタイン一等女性騎士をこの街に召還した。大屋敷のある、西方領で一番大きな街『シュバルツ』に。

 自分の名前を領や街の名前に付けたり、私の曾祖父は本当に自愛が深かったのだろう。


 私はファルカ・キルシュトルテ。魔物の生息地に囲まれた『キルシュトルテ西方魔領』領主の娘だ。


――


「しかし、お嬢様も大きくなられましたね。昔はこんなに小さく、私の後を可愛らしげに付いて回っていたのに」

「貴女、最近会う度にそれを話題にしているわシャルロッテ。老け込むのはまだ早くなくて?」

「もう22ですからねえ」

「『まだ』22よ。貴女がそう言ってくれないと、あとたった5年で私まで老けてしまうわ」

 私の斜め後ろを歩くシャルロッテ。大屋敷から一歩出ると、シュバルツの街の喧騒が聞こえてくる。名物は勿論、新鮮な魔物の肉や臓物だ。これがまた美味。世界に誇る、西方領でしか味わえない料理だ。

「……で、件の『転移男』をどうするつもりでしょうか」

 シャルロッテが訊ねてくる。森へ現れた彼、ハルト・ストーンブリッジを魔物ユニコーンから救ったのは彼女だ。その後、現在に至るまでハルトは敵意を見せていない。拘束にも尋問にも抵抗無く、素直にしている。そして『魔物』『魔法』といった単語を出せば『嬉しそうに』する。彼を見た騎士はこぞって『変人』と称していた。

「力も無いし、害は無さそう。働けるなら、移民として受け入れても良いと思うわ」

「……ふむ」

 この領へ移住を希望する人は少ない。作物の多く実る豊かな土地であっても、魔物の被害は少なくないからだ。相手は『考えられない』生物であるため、どうしても騎士団で間に合わない対応があったりする。

 だけど、移住についての法が無い訳ではない。それは領主として用意する義務があるから。

「先日直接話したけれど、彼自身『帰りたいという素振りは無かった』し、なら答えはひとつだと思って」

 そう。何故か彼は『この状況に満足している』のだ。魔法であっても、不慮の事故としてこの西方領へやってきた。家族も友人も居るだろう。心配しているだろうに、彼は帰りたくはないのだ。ここは彼にとっては、言葉も通じず、文化も違う、危険な土地に違いない。にも関わらず、だ。

「まあ、私も助けた手前、『殺す』も『投獄』も反対ですが……あっさり信用するのですか?」

「まだ一度話しただけ。信用は積み重ねだから。だけど、気になる。……危険は無いわ。害意が無いのは彼自身の申告ではなく、私の判断だから。危険が無いのなら、『生かすも殺すもどっちでも良い』。人格に対する信頼には時間が掛かるけれど、存在に対する信用はもう充分。彼は無害よ」

 言いつつ、シャルロッテへ目配せする。すると彼女はやれやれと目尻を下げるのだ。その表情を、私は少し気に入っている。

「それで、彼は今?」

「……酒場へ。入り浸っているようです」

「酒場ね」

 日々領地を守るべく命を削る騎士達には、癒しと潤いが必要だ。この西方領には、騎士を『もてなす』風土が根付いている。私はそれが誇らしい。平和な都の兵士と違い、彼らに毎日『仕事がある』。それを領民が『実感している』。『だから』感謝の気持ちを込めて、最大限もてなすのだ。

 勿論騎士達にも厳しく言い含めている。領民に対して態度や素行が悪ければ処罰の対象となると。持ちつ持たれつ。当たり前のことである。彼らが居なければ、騎士達は酒を飲むことができないのだから。どちらかが偉いといったことは無い。

 彼――ハルトが居るという酒場へやってきた。扉を開ける。チリンチリンと、来客を知らせる鈴が鳴る。

 今日私が会いに来た理由はひとつ。彼が『今後どうしたいか』。つまり私が彼をどうするか、だ。決定権は私にある。

「……でよ!そん時のこいつったら縮こまっちまって!」

「ぎゃははは!」

「すいませーん!酒追加お願いします!」

 大声、笑声。店内は相変わらず騒がしい。私が普段行かないからか、少しだけ違う国へ来てしまったような感覚がする。

「いらっしゃ――ファルカお嬢様!?」

「あぁ?おいマスター。あんたまで酔いが……ぁぁ!?」

 ひとり、またひとりと私の顔を見る。少しだけ間が空き、即座に店内に緊張感が張り詰めた。

 ……張り詰めてしまった。

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