第二章【ハルト・ストーンブリッジ】

 次の日。私は件の彼と謁見した。西部から、わざわざこの大屋敷へ来てもらったのだ。一応、私にだって仕事がある。今はここから離れられない。だが彼は快く承諾してくれたらしい。衛兵の騎士達が無礼だ何だと愚痴を漏らしていたが、『未知』なのだから、もっとフラットに対応するべきだと私は思う。彼らに伝えると、困りながらも理解を示してくれた。


 さて。

 謁見の間。まるで都の城にある玉座の間のような、厳かな装飾がされた広い部屋。私はあまり好きじゃない。私がその玉座紛いの椅子に座っていると、その彼が入ってきた。騎士ふたりを左右に侍らせ――いや、拘束されている。まるで連行されてきた咎人のように扱われている。さすがに酷くないだろうか。

「お嬢様。お連れいたしました」

「ええ。……ありがとうございます。……拘束は解いてあげてください」

「えっ」

 縄で繋がれた彼は、少し笑っているように見えた。黒い髪、黒い瞳。少し黄色に見える肌。平べったい顔。確かに、外国人のような見た目をしている。服装は西方領の者を着ている。話にあった妙な服は、洗濯でもしているのだろうか。

「ですが危険です」

 騎士は私の身を案じてくれている。言葉も分からぬ『男性』であるからだ。だけどそれでは、まともな会話はできないと私は思う。

「お嬢様?」

 私は椅子から立ち、彼の前へ歩み寄った。その黒い瞳は警戒しているものの、何かを『期待』しているような感情を映し出している。

「……『バベルの首飾り』。都で売られている魔道具のひとつです。使い時は、今でしょう」

 私は取り出した首飾りを、彼へ掛けた。これは魔道具だ。着けた者は、どの国の誰とでも会話をすることができるようになる。まるでこの日、彼が着ける為に存在したかのような魔道具。魔道具とは、人間の常識から外れた『考えられない効果』を持つ道具の総称。火を吹く剣や水に浮く鎧など、その種類は多岐に渡る。

「…………」

 これで、この彼の第一声で判断しよう。彼が危険人物かどうか。拘束は、その時に解いて欲しい。

「なんだこの首飾り。誕生日プレゼントって訳じゃ…………?」

「!」

 私も、騎士も吃驚した。彼の言葉の意味がはっきりと分かる。急に、突然。彼は大陸語を話し始めたのだ。

「……初めまして。私の言葉が分かりますか?」

 恐る恐る、話し掛けてみる。

「おっ。やっとニホンゴ話せる人が……って、あれ?」

 一瞬だけ、彼の言葉が分からなかった。もしかすると、彼の国の固有名詞は訳せないから、そのままの音で伝わるのだろうか。

「貴方に着けた首飾りは魔道具です。もう、貴方は誰とでも話せますよ」

「……なるほど。そうか。へぇー。……『魔道具』ねぇ……。ふむふむ」

 彼は、特に驚きはしなかった。そして大きく頷きながら、魔道具と連呼していた。何故か『楽しそうに』。誰かと話せて嬉しいというより、魔道具そのものの存在を嬉しがっているような。とにかく奇妙な感覚がした。

「私はファルカ・キルシュトルテ。この西方魔領を任された者です。貴方の話を、聞かせて貰えますか?」

「ああ。俺はイシバシハルト。多分転移者だ」

「……?」

 聞き慣れない名前の音と、謎の単語。私の耳はそれらを正確に脳へ送ってくれない。

「ああ……いや、こうか。俺はハルト・ストーンブリッジ。おっ。中々良い響きじゃないか?」

「……ハルト」

 なんとか聞き取れた。恐らくは、彼が私達の文化に合わせてくれたのだろう。

「取り敢えずさ。この人達なんとかしてくれない?肩が痛くって」

「そうですね。……ハルトに敵意はありません。離してあげてください」

「……ですが、聞く限り『礼儀』を知っているとは思えません」

「それは私達の文化圏での話でしょう。彼は見る限り異邦人です。椅子をもうふたつ、こちらへ」

「…………かしこまりました」

 騎士達に折れてもらい、ハルトは解放された。その後椅子をふたつ持ってきてもらい、向き合うように座る。

「話の分かる『お嬢様』だ。ありがとう」

「こちらこそ、申し訳ありませんでしたね」

 ふっふと嬉しそうに笑うハルト。彼が何を思っているのか、まだ分からない。

「それで、異邦人のハルトはどうしてここに居るのでしょう」

「ああ。誕生日前日に不運にも『とらっく』に轢かれて、死んだと思ったら転移していたんだ。あとは森の中で、巨にゅ……いや女騎士に助けられて……って感じだな」

「とらっく。……とは?」

「あー。分かんないか。えーっと……馬車、みたいなものかな。俺の国の」

「【貴方の国の馬車に轢かれると、私の領地へ『転移』する】のですか」

 言葉だけ取ると、嘘と断じて間違いない。だが彼は。彼の瞳からは、悪気は一切感じられない。少し無礼に見える態度ですら、『知らない』だけで、相手を傷付けるつもりは無いのだと分かる。本当に、何者なのだろうか。

「あ――。……そういうとおかしいよな。でも本当なんだ。や、ここが死後の世界の可能性もあるけどさ。でも俺は轢かれる瞬間を。身体が粉々になる感覚を覚えている」

「…………」

 無邪気。私の、彼への第一印象だ。まるで何も知らない子供のように語る。常に死と隣り合わせのこの西方領ではあまり見ない表情。

「『なんで』かは分からない。だけど本当に、気付いたらこの世界に居た。カミサマも出てこなかったし……おかしいな」

 まるで。『戦い』を知らずに育ったら。こんな表情もできるだろうと思わされる。なんて無防備な表情だろう。危機感が無いとすら思える。異邦人である彼にとって、今はとても重要な話し合いだ。一言間違えれば最悪死ぬのだから。逃げもできない。日々魔物と命を懸けて戦っている騎士団は甘くはない。

「カミサマ、とは?」

「ああ」

 しかも。

 この、尋問のような私の言動を何も思っていないようだ。何故、そんな屈託の無い表情を浮かべられるのか。

「普通、転移や転生の時には出てくるんだけどな。なんかこう……白い空間で」

「『普通』ということは、貴方の国では往々にして起こる現象なのでしょうね。『転移』や『転生』」

 転生。生まれ直すという意味。死んで、別の人間として生まれること。一応その考えは大陸にあるけれども、あまり信じられてはいない。死後の魂がどうなるかなど、実際に死ななければ分からないのだから。死ねば、動けなくなり、葬られる。それだけだ。

「うーん……まあ、良くある……のか。『あって欲しい』ってのか……。『ああ、これか』とは思ったな」

「記憶に、身を引き裂かれる感覚があると仰いましたね。では貴方は何故今、五体満足で生きているのでしょう」

「それは。……多分、転移の……ごにょごにょ」

 煮え切らない答え。歯切れの悪い回答。尻すぼみの言葉。この部分に、彼の話の『矛盾』が少しだけ見えた。

「貴方の国の名前は?」

「ニホンだ」

 勿論聞いたことは無い。領主の娘として、あらゆる情報が集まる都へ留学していた私が知らないのだ。『世界三大大陸』のどこでも無いということ。

「どこにあるのですか?」

「チキュウだ」

 聞いたことは無い。

「それは大陸の名前ですか?」

「惑星の名前だ」

「『惑星』……」

 この大地と海は、球形をしている。それはもう周知の事実だ。夜空に輝く星達のひとつとして、この大地が存在している。『惑星』という概念はあるけれど、それに名前は無い。

「つまり、貴方は別の惑星から来たということでしょうか。異邦人ではなく……異星人?」

「ん~~!なんか違うっ。別の『世界』って言って欲しい」

 人は、空を飛ぶことはできない。無理矢理できないことは無いが、空の『その先』へは行けない。別の星になど、夢物語の話だ。

「ここはさ。『異世界』なんだよ。俺は『異世界転移』をしてきたんだ」

「異世界……」

 ハルトは少し悩んでから、そう説明した。異世界。異なる世界。つまり、彼の世界と異なる世界だと。


 ……。


「それはおかしいですね。世界は世界です。『異なる』というのは、何かと比べて違っているということ。この場合、違っているのは『貴方の話』か『貴方の国』です。今まで見逃してきましたが、私達の生まれ故郷であるキルシュトルテ領を『異なる世界』呼ばわりをするのは、些か失礼ではないでしょうか」

「……あっ。そう……思う、よな。確かに。……ごめん。えっと……」

 すぐに、謝罪が返ってきた。口論になると踏んでいた私は肩透かしを食らった。彼は慌てて弁論する。まるでその言葉を使えば『どうなるか』想像『できなかった』かのように。勿論、邪気は感じられない。本当に失言したのだ。何故?

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