最終章【独白:石橋春斗】

 俺は普通だ。

 高校1年生。中肉中背。部活はやってない。趣味はアニメゲームラノベ。

 友達は少ない。ていうかクラスには居ない。

 自分で『普通』とか言う奴は、大抵普通じゃない。俺はそう言うことで『普通じゃない奴』になりたかった。

 高校生にもなって、中二病だった。いつか本当に物語のような人生になると『どこかで思ってた』。

 異世界に転生、転移する主人公は大抵『普通』の人物として書かれる。そしてどこか、退屈なこの世界に飽き飽きしている。

 『普通』は、全く知らない世界に急に飛ばされたら帰りたくなるだろうと思う。今いきなり、キューバとかアルジェリアとかに飛ばされたら。絶対、どうにかして日本へ帰ろうとするに違いない。何故『異世界だけが特別帰りたくない』のか。チートがあるから?ヒロインが可愛いから?

 俺は多分、そんなのがあっても『何もない日本』に帰りたいと思うだろう。『日本人がすぐに馴染める都合の良い異世界』なんて、小説の中にしか無いと、『誰でも知っている』。

 俺はそれが、分からなかった。俺だけが馬鹿だった。本当に頭がイカれてた。本当に、『俺だけに用意された都合の良い世界』だと勘違いしていた。シャルロッテさんに怒られて半分気付いた。

 もう半分は、騎士の訓練中に気付いた。『あ、無理だ』と即座に思った。魔法が無ければ剣の道があるなんて、浅はかな考えだった。そうだ。正に『血の滲む努力』をしないと騎士にはなれない。現代の剣道家とは違う。『軍人』なんだ。部活程度に考えていた俺が100%悪い。

 現実と非現実の区別が付かない、『普通以下』の精神病者。それが俺だった。調子に乗っていた。


 そして。

 未だに。心のどこかで。


『ああ、やっぱり俺はどこの世界に行ってもうまくやれないんだな』と嘆く傍ら。


 浅ましくも。


『神様みたいな奴』が、『ごめん忘れてた』とか言いながらやってきて、『チートをくれる』と。


 期待していた。

 本当に救えない。頭がおかしい。


 そろそろ決心しなきゃいけない。本気で、『帰る手段を探す』か、『この世界で生きていく』か。スマホもコンビニも電車も無いこの『不便極まりない』世界で。


――


「……ハルト」

 お嬢様は、俺の名前を呼んでくれる。それだけが、この世界での癒しだった。彼女は俺の救いだ。本当に良い人だ。俺の拙い言葉じゃ、この気持ちを全て言い表せない。正体不明の訳の分からない俺の話を聞いてくれて、信じてくれた。

「ああ。似合ってますよ。お嬢様」

「ありがとう」

 今日は結婚式だ。

 ファルカお嬢様と、若き騎士団長との。

 お嬢様はこれ以上無いくらい美しく着飾って、目一杯の笑顔を皆に振り撒いている。とても美しい。花のようだ。

「ハルト!」

 騎士団長が俺を呼ぶ。

「大丈夫だ。俺に任せてくれ。君を必ず、元の世界へ送り返してみせる」

「……ありがとうございます。団長」

 俺は。



 普通だ。

 もう僻んではいない。かといって諦めてもない。


 騎士には成れた。文字通り、血の滲む努力をして。魔物も怖くない。俺は変わった。


 【変われた】。


 その点だけは、小説のようだと思って良いだろう?あれだけ努力したんだ。

「なあ、ハルト」

「……シャル」

「お前は『よく頑張った』。それは本当だ。だから今日を機に、自分を卑下するのを止めろ」

 シャルロッテさん……シャル。もう、そう呼ぶ間柄になった。幾度も、彼女に窮地を救われ、そして俺も救った。

 でも最初に俺を救ったのは、彼女だ。


 彼女も俺の名前を呼んでくれる。クラスじゃ、誰にも呼ばれたことのない名前を。

 それだけで、この世界に来て良かったと思える。自信が付いた。

「お前は成長した。心も体も。目を見張る程だ。もう立派な騎士じゃないか」

「……うん」


 『普通』は。

 新生活は最初慣れなくても、いずれ馴染む。もうスマホもコンビニも電車も『要らない』。この世界の文化ももはや俺の一部だ。

 人間、環境が変われば生活も変わる。


 もう25歳になる。中肉中背ではなく、筋肉もいくらか付いた。下級騎士としてシャルの直属だ。趣味は鍛練。

 友達は、やはり少ない。だけどそれで良い。

「なあシャル」

「ん?」

「俺達も結婚しよう」

「普通に駄目だが」

 シャルは、俺の腕をぐいと掴んだ。

「だが、私の隣で生涯剣を振る資格は認めよう」

「たまに抱かせてくれ」

「普通に駄目だ」


 いつか日本へ帰って来た時。

 皆を案内したい。

 俺は、それくらい自分の世界が好きなのだと、この世界で再認識できた。

 そして多分、薄々気付いている。


 『この世界すら』。

 『都合の良いお話』なのだと。


 そろそろ。


 終わるのだと。


――


――


――


「…………」

「……っ!……目が!」

「春斗っ!!」

「!」

 頭から爪先まで、全身包帯まみれで気が付いた時。

 清潔なベッドと、柔らかな日差しと、窓から吹くそよ風を感じた時。

 明るい照明と白い天井を見た時。

 鳴り続ける機械音を聞いた時。

「…………母さん」

 誰よりも、何よりも暖かい腕の中で。



「……ただいま」


 長い旅を終えた俺は、そう言うのだ。


――


――


「えー。では進級してクラスも変わったのでね。自己紹介を。出席番号順で……ええと、石橋君から」

『ハルト』

「はいっ」



『大丈夫』


 今も。

 目を閉じれば。心の中で。

 彼女達が名を呼んでくれ、そう言ってくれるのだ。

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