竹中緋色に恋は難しい
西木 草成
引いたカードは審判の逆位置
「お、いいじゃん。明日、検査でいい結果が出るよ」
「ほんと? やったぁ〜」
個室の病室で、カードを切る音と明るい声が白く無機質な壁に響く。ベットでチューブや点滴に繋がれている頬の痩せた二階堂 美希、そして学校の制服を着たまま病室でカバンからタロットカードを持ち出した竹内 緋色の姿がそこにあった。
「ねぇ。もう時間じゃない? お父さんに怒られるよ?」
「いや。いいんだ、どうせ帰ったところで農作業させられるだけだし」
陽はだいぶ傾きかけて、病室の中には明るいオレンジ色の光が白い壁に反射していて眩しくキラキラと点滴液に光が揺らめいていた。竹内 緋色の家は農家だったが、彼自身の運動神経の無さもあってあまり農作業自体を好ましくは思っていない。
そんなことをやらされるくらいならば、ここで幼馴染の喜んでいる顔を見ている方がよっぽど有意義な時間に思える。
「ねぇ、緋色。今度はさ、いつ退院できるか占ってよ」
「え? あぁ.....うん。いいよ、そうだなぁ、一発勝負で一枚引きにするか」
病室のベットに備え付けられている机に上に夜空をかたどったタロットカードが机一面に散らばる。それらをゆっくりと夜空全体を回すようにして両腕を動かしながら徐々に一つの束になるようにしてまとめ上げた。
タロットカードを始めたのはいつ頃からだろうか。
最初は自分のことしか占うことしかなかったが、二階堂が入院するようになって彼女の娯楽になればと初めて他人に占い始めたところでのめり始めたのだ。
自慢ではないが、よく当たる。
「さ、どうやって重ねるか選んで?」
「じゃあ....手前、真ん中。奥で」
「オーケー」
三つに分けた束を一つ一つ二階堂の言ったとおりに重ねてゆく。
二階堂が入院したのは高校を入学して2回目の夏休みだった。体育の最中、鼻血を出して保健室に行ったのが始まりだった。その後も時折、なんども鼻から血を流してトイレや保健室に駆け込んでいたのを心配した両親は病院で検査を受けさせることにしたのだ。
検査結果は、白血病。
すでに、症状は進行しており、余命も残り二年生きることができたら奇跡だと言う話だ。そんな奇跡にすがる思いで、二階堂は抗がん剤治療を始めた。今では、髪の毛もすっかり抜け落ち、頭には果物によく被せるようなネットをはめている。
初めて、鏡を見た彼女の第一声は『お坊さんだ』といって笑っていたのだそうだ。
「そういえば、今日学校で習ったんだけど。抗がん剤って、プラチナが混ざってるらしいな」
「へぇ。じゃあ、私の体から薬抜いたらプラチナだけ取り出して大儲けできるじゃん」
「そうだな。そしたら一瞬で金持ちだな」
タロットカードを切り終えて、横一面にずらりとカードを広げる。
「さ、一枚引いて」
「そうだなぁ.....じゃあ、これで」
「よし、えっと......っ」
カードを裏返す。
現れたカードは塔の逆位置。
このカードの意味は.....
「ねぇ。緋色、どうだった?」
「ん、あぁ......えっと......まぁ、まだちょっと難しいって感じかな。でも決して悪い意味じゃないよ。諦めなければ絶対治るってさ」
「へぇ〜、そうか。じゃあ頑張る」
「うん、じゃ。俺そろそろ帰るわ」
テーブルの上に広げられたタロットカードを乱暴に取り払いカバンの中にしまい込む。まるで逃げるように彼女にさよならを言うと病室を出て行った。
嘘をついた。
また、嘘をついた。
違う。これは、彼女に元気になって欲しくてついた嘘なのだ。
塔の逆位置、意味は突然のアクシデント。
そんなこと、信じたくはなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三日後、二階堂の容体が急に変わったと言う報告を彼女の両親から受けて干しておいた稲を放り出して、その姿のまま病院へと向かった。おおよそ、数キロある病院を全速力で走り抜け彼女のいる病室の扉の前に立つ
「あ.....」
関係者以外立ち入り禁止と貼られた扉を前にして、構わず病室の扉を一気に開けた。部屋の中は、様々なアラーム音が引っ切り無しになっているだけで、彼女の容体が危険なのだと改めて理解する。
ベットの周りには、かつて何度も家に遊びに行って見知った顔の二階堂の両親が顔をぐしゃぐしゃにさせて彼女の手を握りながら何度も何度も声をかけていた。その周りでは、ナースたちがウロウロと作業をしているようだ。
「あなたっ! 立ち入り禁止って」
「すみません、でもっ!」
「出て行ってくださいっ! 早くっ!」
主治医の剣幕に押し倒されそうになる。だが、彼女のそばにいたい。今まで一緒に過ごしてきた中だというのに、それに。
あんな、たかが紙切れの予言なんて信じたくはなかった。
だが、予言したのは紛れもなく自分自身だということにとてつもなく腹が立ったのだ。
「....ひ....いろ.....?」
「っ! 患者、意識が回復しましたっ! 美希さんっ、聞こえますか?」
か細い、彼女の声が聞こえた。
耐えられなかった。
体は自然と彼女の眠るベットのそばにまで駆けていった。静止しようとするナースたちを跳ね除け彼女の細く痩せこけた手を握りしめる。
「あぁ.....っ、いるぞ....っ。ここにっ」
「緋色.....ごめんね......」
「なんで.....なんで美希が謝るんだよっ! 俺は....ずっとお前に.....」
嘘をついてきた。
彼女に元気になって欲しかったから。
彼女の笑顔が見たかったから。
どんなに悪い結果でも、絶対に良くなると信じて。
嘘をついてきた。
「もう.....占い.....できないね」
「あんな....紙切れなんてなくたって.....お前が、死ぬ必要なんてないんだ.....っ」
川遊びをした時、
夏祭りで花火を見たとき、
校舎ですれ違った時、
同じ高校に受かって嬉しかった時。
一つ一つが走馬灯のように懐かしく、懐かしく。これからも、こんな当たり前の日常が続くのだと、ずっとずっと信じていたのだ。
信じたかったのだ。
「ありがと.....嬉しかった.....生きてて、よかった.....」
生命維持装置が切れる音と同時に。握りしめた彼女の手は、重力に逆らうことなく、握った手の中からこぼれ落ちていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
空っぽになった病室を最後に、彼女のいた痕跡は完全になくなった。
結局、自分は何もできずに彼女がいなくなるの見届けただけだった。
開けたベットの個室にはあの暖かな空気はどこにもなく、彼女の寝ていたはずのベットには誰もいなかったようなアルコールくさい匂いがこびりついている。
「ねぇ。緋色ちゃん」
「あ.....おばさん」
病室を出ると、そこには黒い喪服を着た二階堂の母親が左手に何かを持って立っていた。そんな彼女の母親に対して同じく彼女の葬式を終えたままの学生服で同じく深く頭を下げた。
「いつも、お見舞いに行ってくれてありがとうね」
「いえ。そんな.....彼女の暇つぶしに付き合っていただけですから」
「娘の荷物をまとめていたら、こんなものが出てきて.....これは緋色ちゃんがくれたものだったかしら」
「それは.....」
彼女の母が差し出したものは『タロットカード入門』と書かれた冊子だった。もちろん、彼女にこんなものを渡した記憶は一切ない。
そうしたら、自分が嘘をついているとバレるから。
「これと同じものを病院の売店で見かけたから.....もしかしたらと思って.....」
「.....ちょっと見せてもらえますか?」
母親から本を受け取り、中身を開くと。そこには使い込まれたかのように付箋が所々貼られていて、筋肉の衰えた震えた彼女の字で書き込みまでされていた。
彼女は、全てを知っていたのだ。
自分が、嘘をついていることも。
そして、気を使っていたことも。
全て、彼女は知っていたのだ。
「っ.....あぁ......あぁあ.....っ!」
本を抱き、両膝をついて。年甲斐もなく、病院の廊下の真ん中で大声をあげながら嗚咽を漏らし、涙を流した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最後の最後まで、自分の嘘を信じきっていた彼女の写真の前で両手を合わせ線香をあげると、一礼して彼女の住んでいた家を出た。彼女の両親も、近々引っ越すらしい。
片手には、彼女が自分に隠していた『タロットカード入門』
ページをめくると、そこにはNo.0の愚者のカードの説明が書かれていた。そして、その横には『竹内 緋色』とデカデカと書かれているのだ。
「あいつ.....遠回しに俺がバカって言いたいのか」
だが、正真正銘のバカなのは自分だ。
結局、彼女には真実も話せないまま、自分の心のうちを明かすことのできないまま逝ってしまった。
全く、本当に難しいな。
夕焼けを背後に飛び立つガンの群れが、自分の巣に帰るのだろう。自分も家に帰ろうと、かつて彼女と歩いた川のそばを歩いた。
竹中緋色に恋は難しい 西木 草成 @nisikisousei
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