第24話 北の谷の賢者は不労収入を得て暮らす


 親愛なるミリアへ


 こうやって手紙を書くことは初めてでしょうか。


 学校はどうですか? 毎日楽しんでいますか? 友達は出来たかな。

 きっと君のことだからマイペースに過ごしているのでしょうけど、周りのみんなに迷惑かけていないか、ちょっと心配。


 私の方は相変わらず。今日は少し体調が良いみたいです。

 ミリアも薄々気づいていると思うけど、私はもう、先が長くないです。

 残念だけど、君の卒業までは持たないかな。


 私たちにとって、この世界のマナは、体に毒だったみたい。

 だからといって、君と過ごした日々に後悔はありません。


 むしろ感謝しているくらいです。

 本来なら絶望して過ごしていたはずの時間が、すごく充実していたのだから。毎日とても楽しかった。

 面と向かって言えなかったけど、ありがとう。


 さて、ミリアがセートとともに、私たちを元の星まで戻そうと努力してくれていることは知っています。そしてその作業が大変だということも。

 ミリアの魔法のおかげで、この船のかなりのシステムも修理されたけれど、宇宙空間まで飛ばし、元の星まで戻るのは難しいと思う。これまで以上にシステムの勉強もしなくちゃいけないし、きっと君の負担にもなっているはず。


 だからもう無理しなくてもいいから。

 君が卒業して帰ってきて私がもう生きてなかったら、ここを壊して谷に埋めて欲しい。この星の人に迷惑がかからないよう、

 セートは反対するかもしれないけど、無理しても構わないから。


 そして君には、私やこの地に縛られず、自由に生きてほしい。

 私はもう外に出られないけれど、世界はずっと広いはずだから。


 それが私の最後の願いです。


 けど、のんびり屋の君のことだ。

 こんなこと言ったら、本当に自由気ままに生きすぎて、後で苦労しないように、ほどほどにね。



  ☆☆☆



 呼び鈴の音に、ミリアは読んでいた手紙から顔をあげた。


「はいはいはい。今出るのです」


 ミリアは手紙を懐にしまって、玄関に向かった。

 扉を開けると、普段王都で働いているマヨーネが立っていた。


「はい、は一回でよろしい。久しぶりね、ミリア」

「マヨーネさん、今日はどうしたのですか」

「ええ。ちょっと商談ついでにね。まったく、アルトリネって子、見かけによらず大したものね。私が引っ張り出されるなんて。けどこっちにも予算ってものがあるんだから頑張らないと」

「ああ。機関車のことですね」


 ミリアの言葉に合わせ、離れたところから「ピー」という蒸気の音が聞こえた。


 最近、北の谷は、南の王都カロと汽車で繋がった。

 ミリアの知識をもとに、官民協力して蒸気機関車が開発されたのだ。

 それを主導したのが、魔法局のマヨーネと商人のアルトリネだった。

 馬車より速く安定して動く汽車の登場は、広大なグラナード王国を小さくした。各地に散らばっていた町々がつながったため経済的に大きな効果が上がった。移動時間も短くなり、人の動きも活発になった。

 王都に住むマヨーネも、北の谷のミリアの家まで行きやすくなったのだ。

 ちなみに、開業以来膨大な利益を生んでいる蒸気機関車事業は、官と民とで利権をめぐる争いがし烈化しているのだが、ミリアは他人事である。


「ええ、そうよ。それにしても、このような技術があるなんて、やっぱりすごいのね」

「これでもスズキさんの世界では古い技術だそうです。それこそ夜空に浮かぶ星まで飛んでいくような装置を作っているわけですから。もっともそれは私たちには早すぎますし、私にもまだその仕組みがよく分からないのです」

「蒸気の技術のおかげで魔法はさっぱりよ。今のトレンドは『科学』。魔法使いは肩身が狭いわ。ま、無理矢理うちの管轄に組み込んで、名前も『国家魔法科学局』に改称したけどね」


 マヨーネがにやりと笑った。

 というわけで、彼女の現在の肩書は「国家魔法科学局局長」である。


「午後からアルトリネさんと商談予定なんだけど、その前に食事に行こうと思っていたから、ミリアも一緒にどうかなって?」

「すみません。先約が入っていますので」

「あら残念。じゃあ夕食はどう? 西の大陸まで探検に行ったコルネットの近況も話したいし」

「ええ。ぜひ」


 時間が押しているからか、玄関で話しただけで、マヨーネを見送ることになった。

 帰り際、ミリアは思い出したようにマヨーネに尋ねた。


「ところで。私を見て何か気づくことはありませんか?」

「さぁ?」

「そうですか……」


 ミリアはがっくりと肩を落とした。

 その反応の意味に気づかなかったマヨーネは、変わらない家と変わった周りの風景を見ながら、逆に尋ねた。


「結局、守る必要もなくなったのに、まだここに住んでいるのね。ねぇ、王都に引っ越すつもりはない? うちの職員に魔法や最新技術を色々教えてくれると助かるんだけど。大歓迎よ」

「いえ。王都は賑やかすぎますし、このくらいがちょうどいいのです」


 ミリアはにこりと笑って、マヨーネを見送った。



  ☆☆☆



 王都カロと汽車で繋がった北の谷は、長い列車旅の終着駅ということもあって、一昔前とは比べ物にならないくらい、人が訪れるようになった。

 それに合わせて、北の谷の周辺も徐々に店が建ち並び、集落も出来た。

 ミリア待望の、食事の出来る店も進出してきたのだ。

 

 その店の一つ、カナデ亭(二号店)にミリアは向かった。

 ドミナでヴィオおばさんが経営している食堂の名前をもらったこの店の店主は、一人娘のクレラだった。


「いらっしゃいませ。あ、先生っ」

「クレアちゃん、今日のおすすめ定食お願いします。ギャギャバー抜きで」

「えぇぇー。ギャギャバー肉、評判いいのにー」

「あれはどうも口に合わないのです。ていうかまた飲み込まれるのは嫌なのです」


 あの夢を見てお腹を壊して以来、ミリアにとってトラウマになっていた。


「うーん。せっかく材料費ただなのに」

「……それでいいのですか。ギャギャバーの姫」


 ミリアの適確なツッコミはともかく、クレラとギャギャバーたちの関係はなぜか良好のようだ。これはヴィオからこっそり聞いた話なのだが、クレラの父親はどうも北の谷から流れてきた人のようだった。その点も影響があるのかもしれない。

 物珍しさに各地から客も集まって来て、店は繁盛していた。ミリアもたまに「レ・トルト」のお手伝いをしているくらいだ。

 結局ミリアの一番弟子は、今のところ魔法使いではなく料理屋の道を選んだ。それについてはミリアも望んでいたことで歓迎なのだが、どうもその道がずれている気がする。


 そんなことを考えながら、ヴィオおばさんの味に若干劣るハンバーグをゆっくり食べていると、待ち合わせしていた人物がだいぶ遅れてやってきた。


「やっほー。ミリアちゃん。ごめんねー。仕事遅くなっちゃって」


 アルトリネである。

 鉄道事業で名をあげた彼女は、毎日多忙な日々を送っているようだ。

 現在北の谷の近くに支店を建設中で、ゆくゆくはそこの支店を任される予定とか。


「さっき、マヨーネさんと会いました。この後ここで商談があるみたいですね」

「うん。そうそう。担当のセシル君相手じゃ物足りなかったから、トップの登場は大歓迎だよ」

「小娘に負けるものかと言っていました」

「お、言ってくれるねぇー」


 面白そうに言いながらアルトリネが注文したサンドイッチを口にする。

 パンとパンの間に挟まれたピンク色には気づかないふりをして、ミリアはアルトリネに尋ねた。


「今日は、クラフィナさんは一緒ではないのですか?」

「うん。汽車の移動だと安全だから、別のことしてもらってるよー。荒野の盗賊団もどんどん減っちゃって、汽車の登場を恨めしく思ってるみたい」


 アルトリネが悪戯っぽく笑った。

 ちなみに盗賊たちの多くは、鉄道の建設・駅の保治等のため、アルトリネに雇われ、まっとうな生活を送るようになっていた。

 決して高給というわけではないが、北の魔女の理不尽に度々さらされてきたため、職場環境には満足しているようだ。


 その理不尽の元であるミリアはすっと立ち上がると、アルトリネに尋ねた。


「ところで。私を見て何か気づくことはありませんか?」

「んー、わかんない」


 ミリアはがっくり肩を落として、席に着いた。


「せっかく前に身長を測ったときより背が伸びていたのに、誰も気づいてくれないのです。大人の女性への第一歩ですのに……」


 セートに埋め込まれた特殊な器官がなくなってから、ようやくミリアの身体にも変化が訪れてきていた。

 日焼け止めを塗らないと、肌が焼けてしまうことも最近覚えたのだ。


「へぇ。ミリアちゃんも成長しているんだ。すごいねー。よしよし」

「……なんか、子ども扱いなのです」


 ミリアはそれこそ子供のようにぷぅっと頬を膨らませると、すねた様子をみせてぷいっと顔を逸らして、あえてアルトリネに聞こえるように言った。


「マヨーネさんから国家魔法科学局の職員に技術指導してくれと言われているのです。やっぱり引っ越ししてもいいかなと思いました」

「えー。駄目ダメっ。明かせそうな最新技術は、うちを通して発表してよー。お願い。お金払うから~」


 その言葉に、アルトリネが慌てて身を寄せる。

 ミリアはにこりと微笑んで首をかしげた。


「さてさて、どうしましょう?」



 というわけで。

 ミリアは相変わらず、ちゃっかりと不労収入を得て暮らしていた。



 生活が便利になりミリアが魔法を使う機会は減ったが、マヨーネやアルトリネのように、その知識を求めやってくる人も多くなった。


 そしていつしか彼女は、北の谷の賢者と呼ばれるようになっていた。



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北の谷の魔女は働きたくない 水守中也 @aoimimori

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