第23話 北の谷の魔女は自由のために戦う(後編)



「ここが目的の宇宙船の入り口です」


 ミリアが指さしたのは、女性一人がギリギリ通れるくらいの大きさの、岩の割れ目だった。


「ただの隙間みたいだけど……」

「入口はカモフラージュされているのです」


 そう言うと、勝手知ったるなんとやら、ミリアはすたすたと奥に向かっていく。マヨーネも魔法で光をともし、後に着いていく。


「何があるか楽しみだよねぇー」

「そ、そうですか……」

「まだ、ごく普通の鉱石ですわね」


 いつもの調子のアルトリネと、緊張気味のクレラも続く。コルネットも研究者としての血が騒ぐのか、興味深そうにあたりを見回している。

 ちなみに、あの状態のバルブリードをそのままにはしておけないので、一度負傷したクラフィナが見張りとして残っている。居残りがたいそう不満そうだったので、今頃腹いせにバルブリードに色々しているだろう。


 光が入らない暗い洞窟を、マヨーネの明かり頼りに歩く。

 歩いているうちに、徐々に下の岩場が平らになっていき、幅も大きくなってくる。


「なんか歩きやすくなってきたわね……あれ……」

 マヨーネが声を上げる。光の玉が急に消えたからだ。


「やはり準備されているようですね……着きました。ここからはもう宇宙船の中です」

「本当だ、確かにこの壁の素材、触ったことないかもっ」


 いつの間にか洞窟の壁は、薄く光っており、それは岩肌ではなく鉄のような金属で出来ていた。

 それを触りながら、アルトリネが興奮気味に話す。

 マヨーネも同じように触りながら、こちらは嘆息する。


「……どうやって作りだしたのか分からないけど、確かに私たちの知らない技術ね。それより急に魔法の光が消えたのは、ミリアが言っていた魔法が使えない空間ってこと?」

「そうだよ。大気中に浮いている君たちが使う魔法の素――僕たちはそれを便宜上『マナ』と名付けたんだけど、それをゼロに保っているんだよ」


 前方から不意に、無機質な声が聞こえてきた。

 一同が視線を向けると、先にある角から彼女たちとほとんど背丈の変わらない、少年が姿を見せた。白が主体で身体にぴしっと張り付いた、この世界では見られない服を身に着けている。


「やぁミリア。バルブリードって男が君をやっつけたって言ってたけど、やっぱり無事だったんだね」

「……どうもです」


 ミリアの表情が曇る。その声も普段とは違って、どこかそっけない。


「あの人が……セートさんですか?」

「凄いわね……本当にこれがゴーレムなの? ほとんど人じゃない」

「あれ? 僕のことを話したの? そもそも君が現地の人間を連れて来るとは思っていなかったから意外だよ。――何を考えているのかなぁ?」


 セートが両手を広げ、どこか演技かかった様子で聞いてくる。


「あなたは悪くないのです。目的に向かって忠実にただひたすら進んでいるだけだから。けれど人の心は機械のように固定されておらず、常に移ろい変わるということです」

「……番人の仕事のために戻ってきたわけじゃないのかな?」


 ミリアの態度が普段違うことを、さすがにセートも感じ取ったようだ。


「はい。ここを壊しに来ました……それがスズキさんの遺言ですので」

「遺言って……眠っているだけだよ。他のクルーもそうさ。星に戻って適切な処理を施せば、再生可能だよ」

「人命優先のあなたならそうするでしょう。けどスズキさんは望んではいませでした。もしかしたら、谷の面白生物と同様、あなたも電磁波とマナの影響で変な自我が目覚めてしまったのかもしれませんね」


 彼に感情があるのかは分からない。

 だが明らかにいらだった口調になってくる。


「ふん。だったらどうすると言うんだい? ここでは君たちお得意の魔法は使えない。そもそも、君は僕に危害を加えることはできない」

「そうですね。あなたはあまり私やこの星の現地の人間を信頼していませんでしたね。そこで色々別の理由を付けて、逆らえないようにする臓器を埋め込みました」

「それのおかげで君の細胞は老朽化せず、ほぼ永遠の若さを手に入れられたわけだし。魔力の増強・身体能力を上げ、感覚もより敏感になって、『北の谷の魔女』と呼ばれるほどになったんだからね」

「それをうたい文句に、バルブリードさんにも同様の手術を施したのですか?」

「うん。もっとも彼はまだその感覚に慣れていなかったのか、君たちにあっさりやられてしまったみたいだけど」


 セートが人間っぽく器用に肩をすくめる。


「さて。それでどうするつもりかな? 君たちの技術の拳銃や爆弾程度では僕はビクともしないよ。君がよく使役していた、意思を持って動く杖やらも、この船から漏れ出した電磁波とこの谷の濃いめのマナの影響で生まれたものだから、マナのないこの空間では無効だよ」

「そうですね。けれど、元北の谷の住民として記憶している限り、あなたたちがこの谷に来る前から、変わった生物も生息していいたのです」

「だから?」

「無効が無効、ということです。――クレラちゃんっ」

「はいっ。みんな、やっちゃって!」


 その言葉に合わせて、商売用にアルトリネが背負っていた巨大なリュックから小さな大量のピンクの物体――ギャギャバーの群れが姿を現す。

 彼女たちはいっせいにセートの周囲の重量を操り、強力なGを加える。


「ぐぁっ」


 アンドロイドに悲鳴を上げられるのは、機能にこだわったからだろうか。

 まるで巨大な何かに押しつぶされたかのように、セートが地べたに這いつくばる。


「な、なぜだ……?」

「ギャギャバーは私の小さい頃からいました。宇宙船の影響関係なく、昔からぷわぷわしていましたので、マナがあろうがなかろうが関係ないのです」


 ミリアがゆっくりとセートに歩み寄る。

 さすがに一気に押しつぶすまでには至らなかった。だが、いかにセートが爆発に耐えられるほど頑丈でも、その質量が無限に上昇していけば、いつかは耐えられなくなるはず。


 だが不意に、ミリアの背後に巨大な障壁が出現した。

 ミリアとセートと、ギャギャバーやクレラたちを分断させる。

 視界を失ったからか、重力による攻撃が途絶える。


「ははは。油断したね。分断したよ」

「せ、先生っ?」

 薄く透けている障壁の向こうから、クレラの慌てた声が響く。


「私は大丈夫です。ただその障壁は高エネルギーでできているので物理的な攻撃で壊すのは無理です。触れたら身体が焼かれてしまうので、絶対に触らないで、いったん外まで出てください」

「そうはさせないよ!」


 セートの声とともに、宇宙船までの洞窟の道に落盤が起きる。

 だがあらかじめの打ち合わせしておいたおかげか、クレラのギャギャバーのおかげか、それに巻き込まれることなく、ぎりぎり脱出できたようだ。


「逃げられちゃったかな……それにしても自分で直接攻撃できないから他人にやらせる、か。考えたね。現地人と侮ってしまったよ。残念ながら逃がしちゃったけど、後で始末はつけてもらうよ。君にね。今はまず――」


 セートは強い口調で、ミリアに言い放った。


「ミリア、僕を直せ。これは命令だ」

「――はい」


 ミリアは突然、感情をなくしたような顔をして、無機質にうなずいた。


「自動修復装置まで運べばいいのですか」

「そうだ」

「重たいのです」

「……君は操られていても文句言うんだね」


 セートがあきれた声を出す。

 けれどミリアは命令通り、押しつぶされていろいろ曲がったセートを胸で抱えるようにして、重そうに引きずっていく。


「ミリア、少し胸が大きくなった?」

「セクハラなのです」


 そんなことを言いつつも、ミリアは素直にセートを奥の部屋まで引きずってきた。対峙していた入口より機械的な部屋には、巨大なモニターにタッチパネルが一面に広がり、本来なら多数いたはずのクルーが休んだり作業したりするための机やソファが置かれていた。

 ここで育ったミリアにとっては見慣れた光景だが、使われている素材も器具も、この星では珍しい物や存在しないものがほとんどだ。

 アルトリネやコルネットが見たら、狂喜乱舞するかもしれない。


「手順は分かっているよね」

「はい。よっこいしょ。重いのです」


 ミリアは部屋の隅に置かれた移動式のベッドを引っ張り出して、その上にセートを乗せてその身体を固定させた。

 この状態で隣のメンテナンスルームに入れてスイッチを押せば、あとは自動に修復できる仕組みになっている。


「ご苦労さん。修復後に今後について命令するから、ここに残っているように」


 メンテナンスルームからセートが「命令」する。

 それを聞き流しながら、ミリアは無造作にタッチパネルを叩いていく。


「はい。えーと、こうしてこうなって……これでこうすると……あ、これで初期化ですね。原理はさっぱりですが、手順は勉強しました」

「そうだね。まぁ君には押せないけどね。それより遊んでないで早く修復を始めてほしいんだけど」

「いえ。ちゃんと押せますよ。ぽちっとな、ですよね」


 ミリアは無造作にキーボードを叩いた。

 モニターにミリアにとっては意味不明な文字が流れ部屋に機械音が響き渡る。


「ま、まさか初期化を……っ? そんな、君は僕に危害を与える行動は出来ない設定のはずなのに……」


 隣の部屋から明らかに慌てた様子のセートの声が聞こえてくる。

 ミリアはそちらに目を向けず、文字列が流れるモニターを眺めながら、さらりと言った。


「お腹に埋め込まれた抵抗が出来なくなる装置ですけど、どうやらバルブリードさんにお腹を刺されたとき、きれいに壊れちゃったみたいなのです」

「へっ――?」

「成長・老化を止める器官も同じですので、これでようやく、私も大人の女に成長できるのです。魔法が使えなくなっちゃいましたが、これも増強する器官が損傷した一時的なショックだと思いますし」

「ま、まさか。君はそのために、わざとあの男に……」

「どうでしょうか? 痛いのは嫌なのでそのつもりはなかったのですが、無意識にその可能性も考えていたのかもしれませんね」


 返事はなかった。

 メンテナンスルームの中でセートは、初期化され、起動前のただの機械の固まりになっていた。

 ミリアはふぅと大きく息を吐いた。

 なんだかんだ言っても、物心ついたときからスズキとセートと三人で暮らして来たのだ。

 意見の隔たりがあっても、スズキを思う気持ちは同じだし、一緒に過ごしてきて、楽しかった思い出もたくさん残っている。


「ちょっと融通が利かないだけで嫌いではなかったのですが……。お疲れ様です。ゆっくり休んでください」



  ☆☆☆



「さてと、確か、ここをこうでしたね」


 最近はほとんど寄っていなかったけれど、子供の頃はスズキやセートに教わって遊んでいたので、操作方法は覚えている。

 タッチパネルを操作していくとモニターに、無事入口まで戻って待機しているクレラたちの姿が映し出された。

 そしてその背後に、ミリアの姿が映し出される。


「せ、先生っ?」

「はい。どうもです。なんか慣れませんね。セートさんの凄さを改めて実感したのです」

「なんか幽霊っぽいけど、ミリアちゃんなの?」

「こっちの姿を投影するシステムなので、本物はまだ中にいるのです」


 船から出られない設定になっているセートは、このシステムをミリアに命じて谷の様々な場所に設置して、監視をしていたのだ。


「……ちょっと待って。これは本物のミリアなの? あのガキが小細工している可能性は?」

「はい。いつものぽわぽわしたミリアなのです。証拠は……そういえば、成績優秀なマヨーネさんも唯一苦手な講義がありましたね。しかもその理由が何と……」

「――わかった。本物ね」


 マヨーネがあっさりと降参した。


「目的は達成しました。これから中の自動修復装置を切りますので、予定通りやっちゃってください」

「分かりました。先生は脱出できるんですよね?」

「はい。ばっちりです」

「えーっ。やっぱり壊しちゃうの~っ。まだ何も持ち出せてないのにー」


 アルトリネが予想通りの反応を見せる。

 ミリアは笑いながら答えた。


「すみません。でもスズキさんの意向なので、進み過ぎた技術は封印させてもらいますね」

「ちぇ、分かったよぉー。けどその世界の知識だけでも、ぎりぎりでいいから教えてよね。儲け話にするから。約束だよっ」

「はい。無理のない範囲で。それでは、クレラちゃん、お願いしますね」

「はいっ。先生も大丈夫だと思うけど、気を付けて」

「マヨーネさんの秘密、あとで教えなさいよ」

「ちょ、ちょっと、それは止めて――っ」




「さて。ぽちっと、なのです」


 ミリアは微笑みながら通信を切ると、操作を続け、船の維持装置を止めた。

 これによって機能は全部止まり、動いている範囲で行われていた自動修復も停止される。

 山の中に埋もれても健在だったこの船も、システムを切ってしまえばただの金属の塊だ。通常の重みでは無理でも、ギャギャバーによって際限なく外から大きな自重が掛かれば、いくら頑丈でも、やがて潰れていくだろう。


 一瞬、すべてが真っ暗になる。

 しばらくして非常用の照明のみが作動し、ミリアのいるコントロールルームが、薄暗く照らされる。


「あ、順番を間違えましたね」


 席を立ち、奥の部屋に向かおうとして、ミリアは苦笑した。

 いつもならミリアを機械的に認証して開く扉が、システムが落ちたことで開かないのだ。最後だし顔だけでも見られればと思ったのだが、仕方ない。

 ミリアはそっと、その扉に額を重ねた。


「お久しぶりです、スズキさん。相変わらず不健康そうな顔で眠ってらっしゃるのでしょうか?」


 当然ながら返事はない。

 この部屋には、スズキだけでなく、最初の墜落の際、比較的身体的損傷の低かったクルーも一緒に、生命活動が停止した状態で保管されている。

 スズキは延命を拒否していたが、他のクルーの意思はどうだったのかミリアには分からない。


「遅くなりましたが、スズキさんの望み通り、これからはようやく自由に生きていけそうです。――何故か皆さんは今でも自由過ぎるとおっしゃるのですが」


 ミリアは、ぷくーっと頬を膨らませた。


「これからは働かないといけないのは嫌ですが頑張ってみます――それでは。ありがとうございました」


 みしみしと耳障りなきしむ音がひっきりなしに響く。

 さっそく、クレラのお願いによって、ギャギャバーたちが荷重を掛け始めたのだろう。

 ミリアはぽすんと、コントロールルームの椅子に座った。

 元々山に埋まった宇宙船の出入り口は入ってきたあの道のみ。他に抜け道は存在しない。

 だが入口がないのなら、建物全部を壊して、その隙間から出ればよいのだ。


「さてと、セートさんに胸のことを突っ込まれたときはドキッとしましたが……」


 ぽつりとつぶやきながら、ミリアは服の胸元をくいっと引っ張った。

 露になった胸元から、ふわぁっと、小さなサイズのピンク色の物体が浮かび上がる。あらかじめ忍ばせたギャギャバーである。

 ミリアはそれを掴むと、帽子のように頭の上に乗せた。


「お姫様のお願いほど言うこと聞いてくれませんが、私も一応北の民ですし、この子も潰れるのは嫌でしょうから」


 まぁ運任せですけど、とつぶやく。

 そのミリアの肩に、こんっと鈍い音共に、痛みが走る。

 崩れ始めた天井の一部が肩に当たったのだ。

 やっぱり崩壊の土砂からミリアを無事守って脱出させるには、小さすぎたかもしれない。


「えーと。どうしましょう……?」


 その言葉が終わらないうちに、一気に建物の崩壊が始まった。



  ☆☆☆



 思わず耳を抑えたくなるような轟音が谷に響き渡る。

 それは崩れていく谷の悲鳴のようにも感じられた。


 高くそびえたつ山の一角が崩壊していく。

 クレラたちは、その光景を離れた安全な場所から、眺めていた。


「すごい光景ですわね……」


 コルネットがため息をつく。

 クレラのお願いによって、ピンク色の物体が多数空へと舞い上がり、彼女(?)らの下の部分が次々と崩落していく。


「ミリアちゃん、ちゃんと逃げられたかな」

「だ、大丈夫ですよ。中のギャギャバーがちゃんと守ってくれますから……」


 最初は自信満々にミリアの指示通り一角ごと壊したクレラだったが、土砂ですっかり埋もれた状態でもまだ姿を見せないミリアに、不安を感じ始めてきた。


 そんな空気が周りに広がる中、クラフィナがいつもの調子で口にした。


「大丈夫でしょう。本人が気づいていたか分かりませんが、洞窟に入るときには、いつもの魔力が戻っているのが感じられました」


 その言葉が終わらないうちに。

 巨大な閃光が、まるで噴火のように埋もれた土砂の中から天に向かって放たれた。

 あまりの威力に、ぽっかりとその部分だけ、まるで筒のような空洞が出来る。


「……どうやら、一時的なショックっていうのが治って、船のシステムも壊れたから無事魔法が使えたようね。ていうか、強化しているっていう部分がなくなっても普通に……どころか、これほどの魔法が放てるのね、あの子……」


 マヨーネがほっとしたような、だがそれ以上に呆れたような声を漏らした。

 クレラが慌てて大きめのギャギャバーをそこに向かわせる。


 間もなくして、土煙が上がる中から、ピンク色の小さな物体を頭に乗せてふわふわと浮かんでいる、ミリアの姿が見えてきた。



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