第22話 北の谷の魔女は自由のために戦う(前編)
「元々、今回わたくしがミリアさんの家を訪れたのは、北の谷の探索のためではなく、マヨーネさんも含めて三人でお茶会をするためでしたの」
ひと段落しお互いの紹介を終えてから、コルネットとマヨーネが事情を話し始めた。
クラフィナもクレラの応急処置のあと、マヨーネによって綺麗に傷口がふさがれている。もっとも失った血液は戻らないので、すぐに本調子に戻ったわけではないが。
「そ、で私は仕事の関係で少し遅れて向かっていたんだけど、そしたらコルネットから、ミリアに何かあったみたいって言われて。それで二人して北の谷に向かったのよ」
複雑な北の谷でたまたま二人が離れたときに、コルネットがバルブリードと遭遇した。コルネットは危機に陥るが、後から駆け付けたマヨーネは一瞬の機転でコルネットを助けたのだ。
「その後様子をうかがっていたら、気づかれたかなって思ったけど、どうやら先にミリアたちの方に勘づいたみたいで、そっちに向かったから、私たちも後を追ったってわけ」
「でもそれだったら、バルちゃんが言ってた通り不意打ちしちゃえば良かったのに~」
「あら、それじゃつまらないじゃない?」
アルトリネの言葉に、マヨーネがにこりと笑う。
「万が一不意打ちが失敗して防がれたら逆にヤバいし。それに、目の前に現れて動揺を誘った方が格好いいし面白いじゃない。ちなみに、魔法が使えない結界というのは嘘よ。まんまと動揺しちゃって、面白かったわ。もちろん相手の攻撃には対応できる準備はしてたけど」
「へぇぇ。凄いですっ」
感心するクレラ。
その様子を見たミリアが、自分のことのように胸を張った。
「マヨーネさんは、昔から口がとっても達者で凄いのです」
「――って、それはあんたが色々問題起こしてそのたびに私がお偉いさんを適当にだましていたからでしょ!」
「い、痛いのですっ」
マヨーネがミリアの頭をぐりぐりする。
その光景に、クレラがあっけにとられた表情で見る。
「さてと、私の事情はこれでおしまい。さぁ、今度はミリアの事情を話してもらうわよ」
「そうですわ! まずはその若さの秘密ですわっ!」
「……いきなりそこからなのですか」
ずいっと迫ってくるコルネットに、ミリアは苦笑した。
マヨーネはその顔をじっと見つめる。
彼女もまだ二十代半ばくらいに見えるが、ミリアの姿はほとんど学生の頃と変わっていなかった。
「……本当に昔の学生のときのままの姿ねぇ。なにこれ、魔法なの?」
「えぇーっ。ミリアちゃんって年とってないのっ? そーいえば、北の魔女の噂ってずっと前からあるし。なにそれ、あたしも知りたーいっ!」
アルトリネも食いつく。
これほど商売になりそうなネタはない。それに自分だって永遠の若さは欲しいのだ。
ミリアの周りに押しつぶさんとばかりに集まっている女性陣を見て、実年齢では一番若いクレラが苦笑する。さすがにまだ成長したい年頃である。
「先生。それもやっぱり『宇宙船の技術』ってやつなんですか?」
「うちゅうせん? 何それ?」
「そうですね。マヨーネさんたちにもお話しなくてはいけませんね。少し場所を移動しましょうか」
☆☆☆
「……なるほどね。ミリアが、ときどき訳の分からない奇妙な知識を知っているのも、そういうわけだったのね」
「はい。年を取らないのも、私のお腹の中に細胞を老化させない物質を製造する臓器が埋め込まれているからです」
「よく分からない単語ばかりですが、要はあなたが、その方たちを元の世界に戻す協力をするため、長い時が過ぎても大丈夫なように、というわけですわね」
コルネットの言葉にミリアはこくりとうなずく。
「はい。建前上は」
「建前上?」
「ええ。本当の目的は、私が彼らに反抗できなくするためでした。その臓器には協力に役立つため魔力や身体能力を増強させる物質も作られているのですが、同時に彼らに反抗できなくなる成分も含まれていたのです」
反抗できなくなる、という物騒な言葉に、話を聞いていた皆が少し引いた様子をみせた。
「それってスズキさんがしたんですか?」
ミリアの家で、「スズキさん」の話はたくさん聞いた。その色々なエピソードを聞く限り、そのスズキという人はミリアのことを大切にしていたし、逆にミリアも懐いていた印象だったから、クレラには少し意外に感じられた。
やはり違う世界から来た人は価値観が違うのだろうか。
だがミリアは首を横に振った。
「いいえ。スズキさんではありません。私同様、スズキさんにも反抗云々は隠されていて、建前上のことしか知らされていなかったみたいです。それでも倫理上の問題と言って反対されていました。実際スズキさんたちもそれをしている方はいないみたいです」
「え……? それじゃいったい誰が?」
「そうですね。まだ話していなかったですが、それをやったのは、セートという人工生命体です。今、宇宙船にいるのは彼だけです」
「……人工生命体って、研究されているゴーレムみたいな物かしら? 実用化できるの?」
「前に谷でちらりと見たことがありますわ。もしかして小さな少年ではなくて?」
「ほうきの格さんみたいな物じゃないの?」
「それより、セートさんだけってことは、スズキさんはどうしたんですか?」
各々が詰め寄るように発言してきて、若干身を引きつつもミリアは一つずつ答えていく。
「おそらくコルネットさんが見た少年というのがそのセートさんです。格さん・助さんみたいなのは、北の谷の強い魔力と宇宙船から漏れている電磁波が合わさって偶然生まれたものみたいです。ですので、人が作りだした・目的のため融通が利かないという点では、ゴーレムの方が近いかもしれません。――そしてスズキさんは、私の学生時代に亡くなりました」
最後の言葉に、ミリアに群がっていた質問がぴたりと止まった。
「それじゃ、元の世界に戻るために協力しているっていうのは……」
「はい。ちょっとややこしい話なのですが」
ミリアは前置きをして話し出した。
セートは宇宙船の整備、クルーの安全を守るために作られたアンドロイドだ。この星に不時着した後、脱出に熱心だったのもスズキよりセートだった。
北の谷の住民から預かったミリアに対しても、情が生まれたスズキと違ってセートはあくまで道具として接した。
ミリアを遠くの学園に行かせたのもセートは反対していたが、死期を悟っていたスズキが、ミリアが少しでも幸せにと、強引に推し進めたものだった。
それからしばらくして、スズキは病気で亡くなった。もともとスズキたちにとってこの世界に蔓延する魔力の素は、体質に合わないものだったのだ。
だがクルーの安全・生存を第一に行動するセートは諦めなかった。
墜落時比較的損傷の低かったクルー同様に、その身体を保存し本国に戻ってから復活させる道を探ったのだ。
しかし蘇生の技術はまだ本国でも確立されておらず、いつになるか分からないそれに、スズキは消極的だった。
「もし自分が亡くなったら、ここをすべて破壊して私には自由に生きるようにとスズキさんは書き残していましたが、彼はそれを認めませんでした。人がパニックになったときでも対応できるよう、クルーの生存が第一の法則は覆せない設定だったのです」
ミリアの長い話を聞き終えて、コルネットが妙に納得した様子で言葉を発した。
「なるほど。あなたがまじめに番人しているのだか、していないのだか分からない雰囲気だったのは、そういう理由があったからですのね」
「はい。それが働きたくないの理由だったのです」
「……。それをまじめな顔して言われてもねぇ。でも反抗できないというのはやっかいね。ねぇ、もしよかったら私が代わりにそのセートってやつを倒してあげようか? 人工生命体って言うのにも興味あるし」
「はい、はいっ。あたしも見てみたーいっ。もちろん、退治にも協力するよー」
「残念ながら、この世界の火器程度では、彼を傷つけられないと思います。また彼は宇宙船から出られない設定になっている一方で、あの船の中は魔法が使えない状態になっているので、マヨーネさんの魔法攻撃も効きません」
「え? 魔法が使えないって?」
「魔法はもともとこの世界に普通に広がっている空気中に、とある成分があって、それが素で発動されていたのです。普通に存在していたから私たちは気づきませんでしたが、違う場所から来たスズキさんたちには、それが分かったのです。ですのでそれを人工的に排除した場所では、魔法は発動しません」
「へぇ。そんな仕組みになっていたんだ。じゃあ、それを利用すれば、魔法が使えない結界って言うのも本当にできるわね。あると助かるのよねー」
マヨーネが、捕らえて気を失ったままのバルブリードに目をやる。魔法使いを拘束するというのは色々苦労があるのだ。
ちなみに彼は、ずっと会話に参加せずに黙っていたクラフィナによって、顔に落書きがされている最中である。意外と根に持つタイプなのかもしれない。
「それは後でお教えします。私が魔法使えない状態なのも、増強させる臓器が損傷したことによる一時的なショックだと思いますので。ただいくら魔法が使えるようになっても、彼がいるところでは使えませんし、危害も加えられません」
「それじゃあ、セートさんをやっつける手段はないってこと?」
「いいえ。あまり時が過ぎると勘づかれる恐れがありますが、今なら彼の不意を突ける方法があります。ただしそれには……」
ミリアがちらりとクレラを始めとする一同を見る。
「はい。もちろん協力しますよ、先生!」
「当たり前でしょ。魔法が使えなくても出来ることなら何でもするわよ」
「もっちろん、あたしも。宇宙船も見たいし!」
「乗り掛かった船ですわ。――って、今のは洒落じゃありませんのよっ」
「斬って良い強敵なら大歓迎です」
「ありがとうございます。詳しい作戦は歩きながらお話しします」
ミリアは深々と頭を下げると、にこりと笑って立ち上がった。
長年の決着をつけるため。
そして。
「さぁ、行きましょうか。私の自由のために――」
「……そういわれると、やる気がなくなっちゃうなぁ」
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