第21話 東の森の魔道士は三日天下に終わる

 グラナード王国最北部、北の谷。

 その谷の奥から青髪の青年――バルブリードが姿を見せた。


「ふっ。良いな。来るときは忌々しかった谷底も、今は違って見えるぞ」


 谷の奥から出てきたバルブリードは、上機嫌に声を上げた。

 足元でうねっている見たことのない草も、とんでもない高さに飛び上がっている変な虫も、別に自在に操れるわけではないが、今なら自分の手下のように感じられる。


 あの少年から受けた手術のおかげか、入り組んだ地形も、手に取るように感じられた。

 そして……


「――侵入者の存在も、な」

「……あらあら。こんなところに人なんて珍しいと思ったら。わたくしのことを『侵入者』呼ばわりとは。まるで番人を気取っているみたいですわね? 北の魔女はどうしたのかしら?」


 姿を見せたのはコルネットだった。

 バルブリードとは初対面だが、自分のことを「侵入者」と言ってきた相手に、彼女は警戒を強めて対応した。


「ふはは。北の魔女か。あの女ならは死んだぞ。この俺様の手によってな」

「……北の魔女が、死んだ?」

「ああ。そうだ。あいつの知り合いか? 仇でも取りに来たのか?」


 コルネットは首を横に振った。

 表面的には押し隠しているが、さすがに動揺はしていた。

 だが、仇を取りに来たわけではないので、その問いには冷静に対応できた。


「あいにくわたくしはただの学者ですわ。北の魔女がご留守っぽかったので、その隙に調査に来ただけ」

「ふ……やはり貴様も北の谷の力を求めに来たのか。だがあいにくこの力はすべて俺様のものだ」

「だとしたら、どうしますの?」


 コルネットは強気に問い返す。

 おそらく相手は凄腕の魔法使い。はっきり言って分が悪い。

 本来なら相手を刺激させないように身を引くのが正しい選択だとは理解していた。

 にも関わらずこのような態度をとってしまったのは、北の魔女の顔が脳裏に浮かんでしまったからかもしれない。かたき討ちなど柄ではないのだが。


「ふん。北の魔女はいちいち丁寧に送り返していたようだが、面倒くさい。始末してくれる、ここで死ね」


 バルブリードの殺気を感じた途端、コルネットはこっそり服の中から取り出していた煙幕を地面にたたきつけた。


 白い煙が辺り一面に蔓延し、それに乗じて素早く移動する。


「ちっ。面倒な――」


 パン、と、小さな音が、バルブリードの言葉が消した。

 立て続けに、パン、パンという乾いた音がこだまする。


「火薬の力で鉄の球を飛ばす……鉄砲、ですわ。魔法のように魔力を振り絞ることも集中も必要しない。この煙玉も含めて……商人の品ぞろえも中々侮れませんわね」


 白煙の中に銃弾をすべて打ち尽くして、コルネットが大きく息を吐いた。

 いずれも北の魔女の家で出会った商人の娘から買ったものだ。

 

 人を殺めたことはなかったが、自分の身に危険が降りかかるのなら、躊躇はしなかった。伊達に世界各地を己の足で調査に回ってはいない。命の危険は何度もあった。


 だが……


「まったくだ。魔法の存在を相対的に貶めるものは歓迎しないがな」


 晴れた煙の中からバルブリードが姿を現した。その身体に傷が付いている様子はない。

 煙幕に囲まれた途端、攻撃があると察知し、その場から動かず防御に徹していたのだ。彼の足元に、防壁に弾かれた鉛玉が小石に交じって落ちていた。


「……あら、しつこい男は嫌われ――」


 コルネットが言い終わらないうちに、苦悶の表情を上げて腹部を抑えるようにしてうつ伏せに倒れ込んだ。

 バルブリードの衝撃波が彼女の腹部に打ち込まれたのだ。


「……なるほど。今なら予備動作も集中もほとんど必要なく、これほどの精度の魔法を放てるのか。ふふふ。いかんな。まだ昔の癖が抜けきれておらぬ」


 バルブリードは口角をゆがめると、ゆっくりとうつ伏せに倒れているコルネットの元に向かった。もちろん、不審な動きをしたらすぐに対応できる自信はある。


「あの傷なら長くはないだろうが、北の魔女は生死を確認せずに放りっぱなしにしたせいで姿を消されたからな。この女も一応、しっかりととどめを刺しておくか」


 バルブリードがそう呟くと、うつ伏せのコルネットの首が胴体から切り離された。鮮血が当たりに散らばる。

 ちっ、とバルブリードが舌打ちして眉をひそめる。


「高熱で肉を切れば血も飛び散らないと思っていたが、意外と上手くいかないものだな。汚いし消えてもらうか」


 コルネットの死骸が炎に包まれる。そして次の瞬間には、綺麗に消えていた。

 この谷はもう自分の庭のようなものだ。汚いものは片づけておくに限る。

 それにしても、あっさりと始末できたその力に、バルブリードは改めて感動した。


「この知識と力があれば、何でもできるな。とりあえず世界征服でもしてみるか。ははは」


 冗談を口にしてバルブリードは再び高笑いをする。

 その気になれば、それも冗談ではないはずだ。

 だが、その高笑いがぴたりと止まる。


「ん……?」


 人の気配を感じたのだ。

 まだ慣れない感覚でそれを探る。

 そして、にやりと笑った。


「……なるほど。やはり生きていたか」



  ☆☆☆



「おー。本当に切り立った山と山の間なんだ~。うう。上ばっか見てたら、首が痛くなってきた~」

「ギャギャバーの群れ、可愛かったですねっ。あぁっ、もっと見ていたかったなぁ。美味しそう!」

「すっかり観光モードなのです……」


 各々はしゃいでいるクレラたちを見て、ミリアはため息をついた。

 結局、コルネットに会えないまま、北の谷に着いてしまった。


「ご安心を。私はいつでも戦闘モードです」

「ありがとうございます。クラフィナさんだけが頼りなのです」

「はい。北の谷の妖を早く斬りたくてうずうずしております」

「……ほどほどにお願いしますね」


 バルブリードに敗れてからまだ数日。

 彼の目的が北の谷の秘密と力だとすれば、まだここに残っている可能性が高い。

 もしコルネットが奥地まで入り込んで、バルブリードと鉢合わせしてしまったら、バルブリードはおそらく彼女を排除しようとするはず。

 その前にコルネットを見つけられれば問題ない。

 だが、もしコルネットを見つける前に、バルブリードと鉢合わせしてしまったら?

 彼は生き延びたミリアを放っておくはずはないだろう。

 そもそもバルブリードが力を得ていたら、ミリアたちの位置は把握されている可能性もある。


 ミリアはまだ魔法が使えない。

 アルトリネは使えそうな武器はコルネットに売ってしまったという。

 そうなると、戦力はやはりクラフィナになるのだが――


「……っぅっ!」


 そのクラフィナが小さな悲鳴を上げ、岩壁の上に倒れ込んだ。

 彼女の右足から、大量の血が流れ出る。


「クラフィナさんっ?」

「ほう。足を切断するつもりだったが、ぎりぎり避けたか。さすがだな。だがもうまともには動けんだろう」


 背後の岩の上から声がした。

 振り向くと、そこにバルブリードが立っていた。


 ミリアは珍しく強い視線を向ける。

 自分のことには無頓着だが、仲間をやられるのはさすがに怒りを覚えた。


「クレラちゃん、クラフィナさんの治療を」

「は、はいっ」


 視線をバルブリードに向けたまま、ミリアはクレラに告げる。

 クレラが慌ててクラフィナの元に駆け寄って治療を始める。アルトリネもそのサポートに入る。


 幸い、目的はミリアだからか、バルブリードの注意はミリアに向いている。

 不意打ちでミリアを仕留めようとしなかったのは、自信の表れだろう。


「ふ。やはり生きていたか。――だが遅かったな。奴と契約して、すでに俺様は力を受け取っている。もはや北の魔女など、恐れるに足らずだ。はっはっは」


 ミリアは顔をしかめる。

 一番の戦力をつぶされた。

 そして実は、ひそかに切り札であるクレラが治療に手を取られて動けない。

 どうすればいいのか。ミリアが慣れない頭脳必死に働かせているときだった。


 谷底に甲高い高笑いが響いた。


「おーっほっほっほ。苦労しているようね。北の魔女」

「コルネットさんっ?」


 岩陰から姿を見せたのは、大柄な女性、コルネットだった。

 探し人が向こうからやってきてくれたようだ。

 出来ればバルブリードより先に会いたかったが、まずは無事な姿が見られたことに、ミリアはほっとした。


 だがその乱入に驚いたのは、ミリアよりもバルブリードの方だった。

 明らかに狼狽した様子で、コルネットに視線を向ける。


「き、貴様は! なぜ、生きている? 確かにとどめを刺したはず――」

「残念。あなたが仕留めたと思っている物は、私が魔法で作り出した偽物よ」

 

 バルブリードの疑問に答えたのは、コルネットではなかった。

 やはり別の場所から、女性の凛とした声が響く。


 ミリアはその声に、何故か懐かしさを感じつつ、声の方向に目をやる。

 そこにいたのは、赤毛が特徴的な女性だった。

 

 ミリアが小さく「あ」と声を上げた。


「光の屈折を利用してあなたの目をごまかしつつ、コルネットを偽物と入れ替えたのよ。人体の構造をしっかり把握していれば、偽物を作るのも難しいものじゃないわ。もちろん生きて動く訳じゃないし、似せて作っているだけだから、人とは全然違うけど」

「ば、馬鹿な。いくら偽物でも、あの一瞬であそこまで精巧に?」

「ふふ。そういうの得意なの。――ミリアは不器用なところがあって苦手みたいだけれどね。そうそう。学生の頃、貨幣を魔法で作り出したけど装飾があまりにも拙くてすぐばれて、お説教を食らったこともあったわね」


「マヨーネさんっ?」


 ミリアの声に、バルブリードはようやくその正体を勘付いた。


「マヨーネだと……。ま、まさか。お前は国家魔法局の……」

「ええ。マヨーネよ。噂は聞いていたけれど顔を合わせるのは初めてよね。初めまして、東の森の魔道士さん」


 マヨーネはにこりと笑う。

 その仕草には余裕が感じられた。

 それがますますバルブリードを動揺させるが、それを誤魔化すように彼は大声をあげて笑った。


「あはは。馬鹿め。姿を現しおって。俺様を倒すのなら、不意を打てば良かったものを――」

「あら? この私が何の策もなく姿を見せるとでも思って? もうあなたの周りには、結界が張ってあるのよ。魔法が一切使えない、ね」


「なっ――」

 バルブリードが明らかな動揺を見せる。


 その隙に、コルネットが一気に間を詰めていた。

 魔力で身体能力をあげた素早い動きに、バルブリードは狼狽えるだけ。

 そして、コルネットの拳が、バルブリードの腹部に突き刺さった。

 

「さきほどのお返し、ですわ」


 バルブリードが白目をむいて、ゆっくりと倒れる。

 それを見て、コルネットが満足げにポーズを決めた。


 だがミリアの視線は、別の人物に向けられていた。


「マヨーネさん……どうしてここに?」

「どうしてって? この間、一緒に三人でお茶をしましょうって約束したじゃない」


 マヨーネは悪戯っぽく笑って答えた。



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