第20話 北の谷の魔女はその秘密を語る


 グラナード王国北部の荒野にぽつんと建つ一軒の家。

 しばらく留守にしていた家に、ミリアはクレラとともに戻ってきた。

 せっかく近くまで来たので寄って行きたいと、クレラが言ったためだ。

 ミリアとしても、これから荒野で暮らせるか暮らせないかはさておいて、一度家に帰りたかったので、反対はしなかった。

 ちなみに、格さん・助さんたちは盗賊の砦に置いてきた。ミリアが魔法を使えない状態なので、用心して盗賊団を監視するためである。


「あ、見えてきたのです」

「へぇぇ。あれが先生のお家なんだ。本当にぽつんと一軒家ですね」


 そんな会話を交わしながら、ギャギャバーから降りると、留守にしていた家の中から、ひょいと見覚えのある女性が顔を出した。


「あ、本物のミリアちゃんだ。おーい」

「あら、アルトリネさんとクラフィナさん。いらっしゃいです」


 顔見知りの商人、アルトリネだった。その横には従者のクラフィナの姿もある。

 ようやく調子を取り戻したミリアが、いつもの調子で挨拶する。


「まいどでーす。あ、クレラちゃんも一緒なんだ。やっほー」

「お久しぶりです。あのときはどうも」


 クレラがぺこりと挨拶する。

 アルトリネとクレラはかって、南の国のフルーツを求めて一緒に、南国まで超特急で赴いた仲である。ミリアにとってはただの徒労で忘れたい思い出だが。

 なんて感じでアルトリネとクレラが再会を喜び合っている横で。


 いきなりミリアが、こてりと前に倒れた。

 その背後には、ミリアの首に手刀を入れたと思われるクラフィナが、そのままのポーズで立っていた。


「ふっ。愚かな……」

「だから戦っちゃだめでしょっ!」


 アルトリネがクラフィナに蹴りを入れる。

 余裕でかわせるはずだが、主人相手だからか、クラフィナは律儀に食らって地面に転がると、そのままの体勢で答えた。


「お嬢さま、こちらの北の魔女も偽物です。魔力もプレッシャーもまったく感じません」

「えぇーっ。偽物じゃないよー。このぽわぽわした感じは、いかにもミリアちゃんもだん」

「あ、あの……」


 そのやり取りに呆気に取られて、先生が殴り倒されてにもかかわらず、ただ突っ立ったままだったクレラがおずおずと口にした。


「実は先生、凄い怪我していて……それは治療して治ったんですけど、今度は魔法が急に使えなくなっちゃったみたいで……」

「ええぇっ。ミリアちゃんが魔法使えなくなったら、ただのダメ人間じゃん」

「そ……そうですね」


 自分と同じ結論に達したアルトリネに、クレラがひとすじの汗を流しつつ同意する。


「大きな怪我って言うのも気になるし……クラフィナ。ミリアちゃんを起こして」

「かしこまりました」


 クラフィナが倒れたままのミリアの背中に軽く乗り、身体の一部をぐきっと活を入れた。

 しばらくして、ミリアが呻き声とともに目覚めて起き上がった。


「ああ。なんか一瞬、お星様が見えました」

「ごめんね~。なんか首の後ろに虫がいたんだって」

「あと、とても失礼なことを言われた気がしました」

「それはたぶん事実だと思うよ」


 悪げもなくあっけらかんに言い放つアルトリネに、ミリアは大きく息を吐いた。


「ところで、凄い怪我していたって聞いたけど、それってもしかして、東の森の魔道士って名乗っているバルちゃんにやられたの?」

「……ご存じなのですか?」


 アルトリネの口からその名前が出て、さすがにミリアも驚いた。


「うん。ちょっとしたお知り合いだよー。やっぱり北の谷の秘密を巡って争っているんだ?」

「じゃあ先生は、その北の谷の秘密のせいで、バルちゃんって人に殺されかけたんですかっ? どうしてそこまで……」


 クレラが詰め寄ってくる。

 ミリアは大きく息を吐くと、クレラを落ち着かせるように、ゆったりと答えた。


「はい。その通りです。確かにあの場所にはそれだけの力があり、私はそれを守らなくてはいけないのです。そうですね。北の谷のことや怪我のこと、私のことも含めてすべてお話ししますので、とりあえず中に入ってお茶でも飲みながらにしましょうか」


 アルトリネはフレンドリーに見えても、敏腕商人だ。下手な説明では誤魔化しきれない可能性がある。それ以前に、もうすでにクレラも巻き込んでしまっているのだ。しっかりと説明をするべきだろう。


 だがそう決断して家に入ったミリアだったが、なぜか困った表情を浮かべたまま、台所に突っ立っていた。


「魔法が使えなくてお茶が淹れられないのです。お手伝いお願いできますか?」


 アルトリネとクレラは、顔を見合わせてため息をついた。



  ☆☆☆



 お茶を飲みながら、ミリアはゆっくり話し出した。


「今から三十年ほど前のことです。天から人を乗せた船が、北の谷に落ちてきました」

「空から? 台風で海の船が飛ばされたの?」

「いいえ。海に浮かぶ船ではなく、空を飛ぶ船です。お空に浮かぶ星から星へと移動する『宇宙船』と言います」

「星から星……ですか」


 クレラが途方もない話に絶句する。

 アルトリネは、ひとつひとつ確認しながら聞いていたらきりがないと判断して、そのまま話を促した。

 クラフィナは相変わらずの直立不動である。


「お空に浮かぶ星の一つに、私たちと同じように人が住んでいるのです。その人たちが宇宙船に乗って星から星へ旅をしているとき、不慮の事故が起こって、この星の北の谷に落ちてきたのです」


 その事故によってほとんどの乗員は亡くなった。

 だがその中で一人だけ、奇跡的にほとんど無傷で生き残った人物がいた。


「その方の名前はスズキさんと言います。私の育ての親でもあります」

「ええっ。じゃあ先生は、違う星の人だったのっ?」

「いえ。私は北の谷の生まれです」


 ミリアの言葉に一同がきょとんとする。

 クラフィナも瞳を瞬かせ、わずかばかりの反応を見せていた。


「スズキさんは元いた世界に戻るため、宇宙船を直そうとしました。しかしそれには膨大な資材と時間が掛かる。そもそも足りない部品も多い。食料もいずれ尽きてしまう。そこで本来は禁止されているようなのですが、現地の人――つまり私たちと交流を持つことにしたのです」


 当時北の谷にはわずかばかりの集落があった。

 スズキはそこの住民と交流して食べ物を分けてもらい、言葉から文化、この星のことを色々と学んだ。一方でスズキもこの星の技術水準を超越し過ぎない程度の技術を北の谷の住民に分け与え、信頼を得るようになってきた。


 だがその交流も長くは続かなかった。

 近くの町からも遠く離れ、作物も育たないこの地での生活を苦にした北の谷の住民たちが、別の場所に移住することになったのだ。その中に、両親を失った幼い少女が一人いた。


「身寄りのない幼い子が厳しい移動に耐えられるだろうか。そう危惧した村の長がスズキさんにお願いして、預かってもらうことにしたのです。スズキさんは宇宙船がここにあるので、北の谷に残ることになっていましたので。それが私です。正直、あまり記憶にないんですか」


 ミリアはにこりと笑った。

 懐かしんでいる様子だった。引き取られた時の記憶はなくても、その後の暮らしの思い出は、いくらでもあった。

 スズキは北の谷の住民と暮らしているうちに、自分たちの星にはなかったこの星の住民特有の「魔法」に興味を持った。そしてこれと自分たちの技術を合わせれば、元に戻れるのではないかと考えた。

 だがそんなことは関係なく、スズキはミリアのことを血は繋がらなくても実の娘のようにかわいがっていた。


「スズキさんは持っている知識を、私にいろいろ教えてくれました。さらにはこの世界の知識も得るために学校にも行かせてもらいました。――そして帰って来た私は宇宙船の修理・脱出への協力、そしてこの世界の範疇を越えた技術が外に漏れないよう、毎日忙しく番人をしていたのです」

「忙しそうには見えなかったけど……」

「先生。いちおう、働いていたんだ……」

「……真面目な話をしていたのに、反応が酷いのです……」


 ミリアががっくり肩を落とす。


「なるほど。魔法は知識を実現する力、と聞きます。北の魔女殿の力の源は、その異界の知識というわけですね」


 クラフィナだけがまじめに反応する。

 それにミリアは救われた目をする。


「はい。もともと北の谷の民は魔力が高い傾向にあるみたいですが、この国で通常得られない知識を得たのは、大きいと思います」

「その知識だけでも、お金になりそうな気がぷんぷんするね~」


 商売人らしいアルトリネの言葉に、ミリアは苦笑した。

 一方で、クレラは表情を曇らせる。


「それじゃ、先生を傷つけたバルブリードって人は、その知識も得て、ますます強くなっちゃうってことですか?」

「どうでしょう? 実は向こうの技術で私の身体に細工が施されています。これはスズキさんがしたわけではないのですが……その影響で魔力が増強されたり、感覚が鋭くなったりしているみたいです。それをバルブリードさんにも施そうとすれば大変ですね。もっともその一方で……」


 ミリアは軽くお腹を撫でた。

 そして、どこかきょとんとした表情を見せた。


「先生。どうしたんですか?」

「……いえ」


 ミリアは首を横に振って、話を続ける。


「とにかく、知識を得るにも肉体を改造するにも、彼の協力が必要不可欠なのです。ですがバルブリードさんを私の代わりにしようとすれば、その可能性は高いと思います」

「そっか。じゃあ、コロちゃん大丈夫かなぁ? いちおう護身用の武器は売ってあげたけど、バルちゃん結構悪人っぽいし。力に自惚れて暴走しそうなタイプだし……」

「コロちゃん?」

「あ、ミリアちゃんのお友達で、貴族のおっきい人。コルネットさん、だっけ」

「え?」


 意外な名前が出てきて、ミリアは目を瞬かせた。

 そしてアルトリネから、いきさつを聞いて顔を曇らせる。


「……東の森の魔道士のうわさを聞くと、危険な気がします。今すぐ追いかけた方が良いですね。二日前だともう北の谷に着いていると思いますが、自由落下のギャギャバー移動なら一瞬で行けますし」

「それじゃあたしも付いていきますねっ。ギャギャバーならあたしの方が言うこと聞いてくれるし、今の先生は魔法が使えないから、あたしが守ります!」


 クレラがとんと自分の胸を叩いた。

 今までずっと教えられる立場だったので、ミリアの力になれるのが嬉しいのだ。


「あたしも付いていくよー。バルちゃんをけしかけちゃったし、『宇宙船』も見て見たいからねぇ。クラフィナ付きなら戦力になるでしょ」


 クラフィナも無言でうなずいた。


「危険です……と言いたいところですが、私一人ではどうしようもないと思っていたので、助かります。それに今なら彼とも決着をつけられそうですし」


 ミリアはぺこりと頭を下げた。

 そして、どこか達観した様子で窓の外を見て嘆息した。


「しかし、やはりお家でのんびりニート生活とはいかないようですね……」

「魔法も使えないまま荒野で生活できませんって」


 クレラの適確なツッコミは、とりあえず流すことにした。




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