第3話 相部屋
バタンと大きく扉を開けると、部屋の中から埃が舞います。日当たりのよい南側の一室のようですが、正午過ぎたこの時間は暖かい日差しと普段あまり使わないであろう痕跡が目の端々に見えました。もっとも正午の強い逆光で目を細めたボーガンの視線には、部屋の惨状よりも先に、もぞもぞと動く大きな蓑虫がいましたが。
「相部屋とは聞いてないな」
さすがに見知らぬ人間と相部屋は困る。宿主の言葉を無視して、ボーガンは他にも部屋の状態を素早く確認していきました。
結論として・・・すべての部屋が倉庫じみたガラクタ置場になっていました。
「無駄だよ。この宿は村人の物置になっているからな」
声を掛けられて、ボーガンは身構えつつ振り向きました。いつのまに起きたのでしょうか、先ほどの蓑虫が皮をはいで(寝袋から這い出ただけですが)壁に背を預けて話しかけてきました。
「そもそも、外から来る客のほとんどは村の反対側にある宿に泊まるからな」
「懐に余裕がなくてな」
「だろう・・・な」
ボーガンのいでたちといえば、所々に擦り切れや穴が空いているボロの外套と、その下には使い込まれている革の胸当てに同じく革の腰当て・・・。買ったときは新品だったはずの、汗で黄ばんだシャツと白いまだら模様が目立つ黒のパンツという姿。
ひいき目に見ても、金銭に余裕があるようには見えません。
「とはいえ、絡まれた盗賊を張り倒した後、恨まれない様に金貨を払うくらいの余裕はあるんだろ?」
にやにやと挑発してくる男にしたって、真っ白な白シャツと、蒼いパンツを履いて、腰には筒のような鞘に納めた剣を帯びているし、見れば鍔元こそシンプルで飾り気がないが、名品にふさわしい雰囲気が感じられます。
奇妙なのが男の髪型である。女性のように長い髪をアップにして、油で固めたのでしょう。上か見れば逆三角形にも見える奇妙な男の髪型を、私達の世界ではこういう感想を持つと思われます。
リーゼント
っと。
リーゼント男は細身ですが、とても引き締まった身体に、おそらく計り知れない力を感じますし、顔がへらへらと笑っていても吊り上がり気味の目はこちらを油断なく見ています。下手な動きを見せれば、目で追えない刃が抜き放たれてボーガンの首を撥ねている様子が本人にも…否、本人だからこそ想像がつきました。
「てめぇの名前は?」
「・・・」
「木の股から生まれたって、名前くらいつくんだ。あるんだろ?」
リーゼント男の威圧で固まっているせいか、口がうまく動かせませんでしたが、男は冗談をいうのと同時に威圧感を放つのをやめました。
「ボーガン・・・ボーガン・ビー」
「ほう・・・? 貴族かよ」
「下位の爵位だ。親の一代限りで貴族位の特権は失った。名前は下賜されたがな」
「つまり、有限貴族位?」
「そんなものだ」
「有限貴族位ってのは、まあ、うまく作った制度だよな。もともとは功績をあげた平民に与える「名誉貴族位」のだったが、今は平民の指導的立場にあたる地位として50年前に変わったやつだもんなぁ。おかげでファミリーネームが付いている傭兵も珍しくなくなったぜ」
「その「珍しくない傭兵」だよ」
ボーガンが憮然として答えると、男は喉の奥で笑いを噛み締めました。
「わりぃわりぃ、俺も似たようなものさ。アックスだ」
すっと出された手のひらを見て、ボーガンはアックスと名乗る男が、友好的な関係を求めている事に気づきました。迷わず手を取り、固い握手を交わします。
「アックス・シルバだ。よろしくな」
(シルバ?)
「この辺りでは聞かない 苗字だな」
ボーガンが興味本位で聞いてみると、アックスはたちまち嫌な顔をしました。
「当たり前だろ。流れ者の傭兵なんだからよ」
せっかくの握手を乱暴に振りほどき、アックスは部屋に戻っていきます。
「寝床は俺が右、てめぇが左だ。夜は部屋に灯を付けるな、物音を立てるな。てめぇのご帰還で起こされるのは嫌だからな」
それだけを言い残し、アックスは乱暴に扉を閉めました。
弩の漢 @GeorgeGobou
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