第2話 旅する男

 アイデリュート大陸の真ん中には巨大な首都であるシャンデリオ王国がありました。

文字通りのシャンデリアの様相をみせる複雑な路地は、王国の規模が小さい頃、周辺諸国に狙われつづけたため、敵の進行を妨害するための防衛策と言われています。

その王国の首都より何か月も離れた大陸右側にあるリスリト領のさらに領境を一人の旅人が歩いていました。

フード付きの外套をまとい、底の厚いブーツを履き背負うと縦長になる荷物を担ぎ、両腰には武器の柄らしきものが見え隠れしています。

 フードの中から見える視線はとても鋭いものです。

まるで見るものを射殺すような眼差しですが、周囲は平和でのどかな鳥の声が聞こえるだけでした。それでも彼は油断なく周囲を見渡しつつ、右腰に下げている武器の柄を掴んでいます。

「森を抜けたか…」

気持ちの良い風が吹いたところで、男は呟きました。

この辺りに来れば村も近いので、人の気配に敏感な動物たちも見かけなくなります。

やがて風車小屋が見えてくると、いよいよ村の外れに来たところという事でしょう。

村の規模はそれほど大きくはありません。

ただ風車小屋が必要以上に規模が大きいので、おそらく周辺の村が共同でこの風車小屋の主に仕事を依頼しているからでしょう。

この辺りでは一番規模の大きな村なのです。


男は一度立ち止まりました。

遠くに見える風車小屋を確認しておもむろに歩き始めましたが、そこを狙った様に複数の男たちが森から現れました。

集団で旅人を襲い、金品などを奪う野盗の類でしょう。

推測に裏付けるかのように、先頭の男が旅人に声を掛けます。

「おい、止まれ!」

男が囲まれたのを見て、最後にゆっくりと現れた大男が満足そうに旅人の男を睥睨します。

「なんだ、女じゃねえのか」

危険な旅路を一人旅する女性はとても少数です。

しかし、ゼロではありません。

主に傭兵を職業とする者は仕事の都合上、一人旅をして地方へ赴く事が多く、その傭兵家業はなにも男だけの職業ではないのですから・・・。

「そろそろ、女の仲間が欲しくてな。まあ、いいや。おい、そこの男」

『そこの男』という呼びかけに反応して、旅人は視線を大男に向けました。

「俺の手下になるか、まとまった金で通行料を払うか、好きにしな。金が なければ 、その腰のモノでもいいぜ」


 わかりやすい脅し文句に、旅人は皮肉気に口の端をあげました。

「ほう? 田舎者の脅し文句は、似たような言葉が多いな。少しは学習したらどうだ?」

せせら笑うように言われた男が、言葉をゆっくり飲み込み顔を真っ赤にします。

「てめぇ、馬鹿にしやがって・・・」

「親切心で伝えておこう。「これ」はお前らに使えん」

吐き捨てるような言葉に、大男はさらに馬鹿にされたように感じたのか、さらに赤くなって茹で上がったタコの様相を見せました。

「てめぇら! 命で通行料を払わせてやれ!」

大男の掛け声に他の男たちが動きました。

それほど素早い動きではなく、じりじりと逃がさない様に輪を縮めるつもりの様です。

「やれやれ、考える事すらないのか…」

呟くように小声で言ったために、周囲の男たちには聞こえなかったのです。


 男は懐に手を入れると、1デリオ金貨を取り出しました。

「動くな!」

「慌てるな」

ッピっと親指で弾き飛ばした貨幣が、回転することもなくまっすぐ飛びました。

それが憤慨する大男の額に綺麗に当たり、大男は白目を剥いて膝から崩れ落ちました。

「お、おおぁあ!?」」

「気絶しただけだろう? 大げさな」

「う、うるせぇ! 畳んじまえ!」

小男の命令に、他の男たちが油断なく武器を構えました。じりじりと包囲を狭めるのはやめ、同時に三人が襲い掛かります。左、右、そして、後ろから。

旅人が体を鎮め足を伸ばすと、体を後ろへ滑るように動きました。

とびかかった男の横をすり抜けて、立ち上がると同時に男の足をすくいあげるとたまらず男は頭から地面へとたたきつけられました。

さらに驚いて動きの止まる左右の男へ、踏み込みつつ頭に手をのせて無理やり地面に叩きつけてやりました。残るは5人。

「な! こいつ出来るぞ!」

小男が回りに注意を促した途端、彼以外の他の男たちは逃げ腰になりました。

おそらく数人で片付くような弱い者ばかりを相手してきたのでしょう。

逃げ腰の男たちを逃げるように促すやさしさは、旅人にはないようです。

二人の男を突き飛ばした両手をブラブラと振って、輪の中に戻りました。

すでに包囲は解かれた状態ですから、「輪」と表現するにはいささか、語弊があるかもしれません。

「全員でやれ!」

小男の声に、しかし男たちは反応できずにいました。旅人の強さを見て腰を抜かしそうな男もいるくらいですから。

「何してんだ!」

なんと小男が懐から短剣を抜きました。大ぶりの刃が太陽に照らされてヌラリと光ります。なにか毒のようなものが塗布してあるのかもしれません。

「やらねぇと刺すぞ!」

その声に押されて、野盗達は旅人へ殺到しました。それぞれに構えた粗末な武器を大きく振りかぶって、文 字通り畳み掛けるように・・・。


 旅人は慌てることなくまずは体をひきます、後ろにはもう誰もいません。

扇状に迫ってくる男たちをまとめると、タイミングの合わない左側の男めがけて体を投げ出しました。言葉で言うと簡単ですが、この隙を見極める目はとても技術のいる事でした。


とびかかる男へと密着すると、そのまま地面へと押し倒して自身も転がりました。

男はクッションの代わりに下敷きにされ、蛙が潰されるような声を発し息を詰まらせます。

更に男の手から奪った粗末な棍棒を拾うと、起き上がるのと同時に一挙動で投げました。

「ぐぉ!」

起き上がた所を狙うつもりだった男の眉間へと吸い込まれ、彼はそのまま地面に転がりました。

「だらしがないな。やり直せ」

笑う男を見て、残った三人が詰めてきます。まだ男の恐怖より、小男の短剣が怖いのかもしれません。 しかし努力も実らず旅人が体を鎮めたとき、野盗たちは彼を見失った錯覚に囚われました。動きの止まった野盗に対し旅人が距離を詰め、すでに倒れた男の懐から短剣を抜き取ると、鞘のまま右の男を打ち据え、反転して左からの男を打ちのめし、悲鳴を聞いて怖くなった最後の一人は逃げようとしたその首根っこを捕まえて引き倒しました。

流れるように打ち据えた拳に、男は白目をむいて意識を失いました。


「さてと…」

奪った短剣を鞘から引き抜き、旅人が小男と向き直ります。憎々しげに旅人を睨みつける小男ですが、残念なことに体が意思に反しておびえている様子でした。

「その金貨で「まとまった金」にはなるか? ん?」

言われて慌てて小男が足元を見ました。大男にあてたデリオ金貨がありました。

「え?」

「別に払わん。とは言ってない。お前たちの早とちりだろう?」

言われて、小男は慌てて金貨を拾うと、倒れた男たちを放って森へ走り去りました。おそらくこのまま雲隠れするつもりかもしれませんが、大男以外はこの会話を聞いているはずなのでいずれ報復のために追われる事でしょう。


 旅人には知ってことではない話ですから、目で追いかけることもせず、彼は村へと歩き出しました。数歩も進まないうちに、曲がりくねった道の先から、兵士の一隊がやってくるのが見えました。おそらく風車小屋の持ち主が人を呼んだのかもしれません。

「退屈だったな。最近はならず者もなまった奴らが多いようだ…」

旅人の欠伸が、ゆっくりと村外れの空へと流れていきました。

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