3 もう一つの物語、ゲームの始まり

 アカネという名は、三國が亡くなった娘の名前に因んで付けた。エレノアと出会う五年前の話だ。それから数年間はかなり危ない橋も渡ったが、絵里奈と暮らすようになって程なく、アカネの活動は下火になった。絵里奈の将来における自分の責任を三國は感じるようになった。メンバーとの交流も徐々に希薄になったが、セガールとの付き合いは今日まで途切れることがなかった。


 ある日、絵里奈が窃盗の常習犯であることを知った。三國は、わざわざ日本にまで連れてきてそのような道しか示してやれなかった自分の不甲斐なさを恥じたが、正直な気持ちを言えば、それ以上に知らず知らずのうちに自分と同じ道を歩んでいることを嬉しく思った。「血は争えない」という言葉の持つ意味は、血が繋がっていない分、重かった。


 絵里奈が遼と一緒に「ジュエル」を狙っていると聞いた時、三國に悪戯心が芽生えた。絵里奈が仕事のパートナーとして選んだ男がどんな人物なのか、パートナーとして相応しいかどうか、試してやろうと思ったのだ。仕掛けそのものは自分とセガールが入れ替わるという陳腐なものではあったが、何の前置きもされない状況ではそう簡単に気づけるものではない。それを遼はあっさりと見破った。三國は彼のことを面白い男だと思った。


 遼がカラスのボスだったのは、全くの想定外だった。初めのうちは、窃盗犯としての彼の実力がどれ程のものなのか知りたく、気づかれないように周辺を探ってみただけだった。その類のノウハウとツテは昔取った杵柄だった。幸い、世界最大級のブルーダイヤを巡る強奪計画と、高科遼とカラスのボスという一人二役に忙しかった彼は、三國の動きに感づくことはなかった。そして集められた情報から、三國は一つの仮説を導き出した。高科遼はカラスである、と。


 決定的な証拠を掴んだのは、つい先日のことだった。

「ジュエル」の模造品を強奪したその夜、外に出るという遼に三國は自分の車を貸した。その車内を録画、録音していた。電話の会話の内容から、彼がカラスのボスであることを確信した。加えて、彼らが盗品の一時保管に利用している貸金庫の存在を知ることができたのは、期待以上の収穫だった。


 ソファに身を委ねてビートルズを口ずさむセガールはご機嫌だった。額縁に収められたノートのページには、ジョン・レノンのお世辞にも綺麗とは言えない字で英文が走り書きされていた。所々に番号が振られていたり、二重線で消された跡が残っていたりする。

「いつまで眺めてるんだ?」

 三國が赤ワインの入ったグラスを差し出す。

「いや、なんせ十数年ぶりですから、興奮が収まらなくて。暗証番号の入力に三回失敗した時は、思わず『これまでも、うまくやってきたじゃないか』なんて、自分を鼓舞しちゃいましたよ」

 そう言ってセガールが愉快そうに笑う。

「昔とは違うよ。お前も私も歳を取った。むやみやたらに盗みは働かない」

「わかってます。狙うはカラスのみ。次は、どうしますか?」

「あいつは慎重な男だ。しばらくは動かないだろう。その間にゆっくり作戦を練るとしよう」

 そう言うと、三國は立ったままグラスを一気に空け、そして笑った。


「カラスよ、ゲームの始まりだ」

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希望のカケラ Nico @Nicolulu

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