第13話
そして、時は現在へと戻る。
韋駄天と魔法少女サンシャインとの戦闘は熾烈を極めていた。
「ハ、ッハハハハ――遅い遅い遅ォォォォいッ!」
けたたましい哄笑を上げて、韋駄天は猛スピードで縦横無尽に辺りを駆け巡る。
「ダブルアクセル!」
勢いを維持したまま、韋駄天はころなに向かって蹴撃を繰り出す。
「ッ、ゥウ――!?」
超速から繰り出される一撃の威力は強力で、咄嗟に展開した障壁を削り取ってころなはジリジリ後退していく。
「こ、のぉぉぉ――!」
攻撃の隙間を縫って、ころなは韋駄天に向かって射撃魔法を放っていく。
「ハッ、のろまな攻撃だなァ! テメェじゃあ、俺様は捉えられねぇ!!」
しかし、高速で移動する韋駄天にはどれも命中せず、一方的な戦況が続いていた。
「サンシャインよォ……テメェには圧倒的に速度が足りねぇ。人生においてもっとも重視するべきは速度だ! そんなチンケな速度じゃあ、一生かけても俺様には届かねぇ!!」
高速で移動しながら挑発するように笑う韋駄天。
負けじと間髪入れずに次々と魔法を放つが、いずれも韋駄天にはかすりもしない。
「トリプルアクセル! このノロマがよォ! トロトロ踊ってんじゃねぇぞ!」
再び哄笑すると、韋駄天はころなに向かって蹴撃を放つ。
韋駄天の異能は《加速》。これは己自身、そして自分が触れている物を際限なく加速させるものだ。
しかし、それだけではなく、彼は真性の速度狂い(スピード・ジャンキー)でもある。
超速を体感する快楽が大脳を刺激し、一種のランナーズハイを引き起こしている。
本来ならば至難とも言える超速度を制御し、ころなの攻撃も容易く回避してみせるのもそんな異常性によるものだった。
「ッゥ……さいせ、い――」
嵐のように繰り返される韋駄天の蹴撃は、確実にころなへとダメージを蓄積させていく。
障壁も攻撃によって摩耗し、それは障壁の展開に費やしている魔力も恐るべき速さで削り取られているということだ。
このままではじり貧であり、時間ともに劣勢になっていく。
『ひるむな、ころな。作戦通り、このまま撃ち続けろ。次の座標はAーY、次はCーNだ』
劣勢に追い詰められても。歳星は冷静だった。
ころなに指示を出すその声には迷いはなく、彼はまだ勝負を捨てていないことが分かる。
「うん――分かったっ!」
「おいおい……テメェはさっきから、どこ狙ってんだァ?」
ころなは歳星の指示に従って、次々と魔法を放っていく。
依然として攻撃は命中せず、難なく躱していく韋駄天は不快そうに表情をしかめていく。
「もういい、終いにしようや……サンシャイン。いい加減、飽きてきたわ」
変わり映えのしないころなの戦法に、韋駄天は辟易したような表情を浮かべる。
格下の相手の挑発に乗ったはいいが、露骨なまでの戦力差が彼から関心を奪っていった。
所詮は底辺。威勢はいいが、上級クラスの魔法少女に比べれば、実力はかなり落ちる。
となればこんな退屈な戦いをこれ以上続ける意味はなく、今すぐにでも終わらせて次の獲物を探すのが自分にとって有意義だと韋駄天は判断する。
「とっとと死んどきなァ――サンシャイン!!」
韋駄天は立ち止まると、下半身に力を凝縮させて一気にそれを解き放とうとする。
これこそが彼の十八番であり、今までと比べものにならない速度に至る加速は、周囲の空気を巻き込んで対象を切り刻む衝撃波となる。
今まで攻撃に耐えてきたころなも、この必殺の一撃は防げない。
絶体絶命のピンチ。そう言っても間違いではないだろう。
しかし――ころなと歳星はずっとこの時を待っていた。
『よし――今だ! ころな!!』
「うん――設置術式、起動(ブート)!!」
歳星の合図を聞いた瞬間、ころなは杖を握ってとある魔法を発動する。
すると韋駄天の周囲には無数の光球が出現し、光球は進路を妨げるように宙へと漂う。
「テ、メェ――ッ!?」
加速をする瞬間を狙った魔法に、韋駄天はここで初めて焦りに表情を歪ませる。
そのまま大きく脚を踏み出し、光球の群れの中へ自ら突っ込んでいくかのように思えた。
だが、脳内麻薬によって限界まで研ぎ澄まされた反射神経と、加速の異能を扱う上で極限まで鍛え抜かれた下半身の強靱さが相まって、彼を寸での所で踏み止まらせる。
『ころなには通常の射撃に魔法に紛れる形で、機雷型の設置術式を撃たせていた。これは指定座標に設置した後、任意のタイミングで出現させる遅延効果の魔法だ』
「どんなに速く移動できても、周りを機雷で塞がれたらもう動けないよねっ!」
機雷型の設置術式は、実際の機雷のように触れた瞬間、魔力を起爆剤として誘爆させる。
これが周囲に展開されれば移動は困難であり、速度が自慢である韋駄天は唯一の武器を奪われた形になる。ころなと歳星は機雷が密集した地点を何カ所か作っておき、そこに韋駄天を誘導して袋の鼠とする作戦を立てていた。
「チ、クショウ……! 俺様がァ、この韋駄天がァ、テメェなんかに――」
呻き声に近い呟きを漏らし、韋駄天は完全に動きを止めてしまう。
『しっかり狙えよ、ころな』
「任せて……〝止まってる〟相手なら絶対に――外さないっ!」
歳星の言葉に頷くと、ころなは杖を構え狙いを定める。
今までの韋駄天は高速で動いていたが、今の韋駄天は静止している。
――となれば、ここで外す道理はない。
歳星によって裏付けされた自信を持って、ころなは韋駄天へと向かって魔法を放つ。
「スタンショット!」
特訓の成果を見せるように、必要最低限の力でころなは首筋目がけて射撃魔法を放つ。
「負けるわけ……ねぇ――」
ころなの放ったスタンショットは、寸分の狂いもなく韋駄天の首筋へと命中した。
着弾の瞬間、韋駄天の身体には電流が流れ、身体を痙攣させながら地面へと倒れ込む。
倒れる際、機雷が韋駄天に当たらないように魔法を解除すると、ころなは駆け寄って意識を失った身体にホールドで拘束処理を施す。
「……こちらサンシャイン。Cレート怪人。韋駄天を確保しました」
念話魔法を用いて、管理機構へと報告をする。すると向こうから返答が返ってきた。
『こちら管理機構。捕縛申請が受理されました。すぐに連行員が現場に向かいます』
淡々とした機械音声じみた声が聞こえると、やがて通話は終わった。
続いて仮想ディスプレイを目の前に展開させると、そこにはランクポイントが加算された通知が表示される。ころなは通知画面を開く。
【魔法少女クラスが更新されました。D→Cクラスへ昇格です。おめでとうございます】
それは強敵であるCレートの怪人を最低クラスのころなが倒した証でもある。
「やった……やったぁぁぁぁ――ッ!!」
ころなは仮想ディスプレイをそっと閉じると、ポツリと短く声を漏らして変身を解く。
やがて歓喜の波は一気に全身へと駆け巡り、ころなは大きく声を上げて喜びを叫んだ。
「歳星、わたしやったよ! Cレートの怪人、倒せたんだよっ!!」
「ああ、よくやったな。偉いぞ、ころな」
傍らの歳星に目を向けると、笑顔を浮かべて労いの言葉をかける歳星。
「ありがとう! 全部、歳星のおかげだよっ!」
「俺はあくまで、お前をサポートしただけだ。この結果は紛れもなくお前の努力が実った成果だ。もっと胸を張れよ、相棒」
「ううん! やっぱり、歳星がいてくれたからここまで来られたのっ!」
感極まったころなは、勢い余って歳星へと抱きついてしまう。
「お、おい、ころな……嬉しい気持ちは分かるが、少し落ち着いてだな――」
胸板に顔を埋められ、歳星はしどろもどろになり両手の行方をさ迷わせて狼狽える。
「あ、あの――おねーちゃんが、このひとやっつけてくれたの……?」
ころなと歳星がじゃれ合っている最中、怖ず怖ずと二人に向かって声が投げかけられた。
声の主は小学生くらいの少女であり、彼女は上目遣いで不安そうに問いかける。
「え……あ、うん。この人を捕まえたのはね、わたしとこのお兄さんなのっ」
「わぁー! じゃあ、おねーちゃんがまほーしょーじょなんだぁ!」
ころなの言葉を聞くと、少女は一気に表情を輝かせる。
「あのね……わたし、おかあさんのたんじょーびに、プレゼントかったの。でも、そこのわるいひとに、とられちゃって……」
少女は視線を気絶して拘束されている韋駄天へと向ける。
「でもね、おねーちゃんがとりかえしてくれてね、すごくうれしかったの!」
よく見ると少女は、可愛らしいラッピングがされた紙袋を持っていた。
気付けばどこに隠し持っていたのか、韋駄天の周囲には大小様々な荷物が散乱していた。
「あのね……だからね、わたしもおねーちゃんみたいなまほーしょーじょになるんだ!!」
「え……?」
「それでね……おねーちゃんみたいに、こまってるひとをたすけてあげるの!」
キラキラと目を輝かせて、少女は紙袋を抱いて大きな夢を口にする。
「じゃーね、おねーちゃん! おしごと、がんばってねー!!」
ペコリ、と行儀良く頭を下げると、たったったっと走り出す少女。最後に立ち止まって振り返ると、大きく手を振って弾けるような笑顔を浮かべてまた走っていく。
「……歳星、今の聞いた?」
怒濤の勢いで去って行く少女に手を振って見送ると、ころは歳星を見る
「あの子、わたしみたいになりたいって……は、ははは、おかしいよね。こんなわたしみたいになりたいって、あの子は言ったんだよね」
信じられない、ところなは苦笑いを浮かべる。
「わたし、今まで魔法少女をやってきて、何の成果も残せてこなかったと思ってた……」
ポツリ、ところなは呟きを漏らした、
「歳星にはあんなこと言ったけど、自分自身では魔法少女を続ける意味なんてない……そういう風に思うこともあったんだ」
それはころながずっと抱いてきた不安の吐露だった。
「でも……無駄じゃなかったんだよね? 少なくともあの子にとって、魔法少女サンシャインはヒーローでいられたんだよね?」
あの火の海から生還した時から抱いた夢を、自分は果たすことができないのではないか。
かつて憧れた魔法少女のように、誰かを救うことはできないのではないか。
長い間、結果を出せなかった期間が、ころなの心を苛んでいた。
「よかった、よぉ……!」
そう声を漏らした瞬間ポロポロと大粒の涙を流し、ころなは泣き崩れていた。
かつてのアルテミスのように、誰かを救ったという事実が何よりも嬉しかったからだ。
「ああ、お前はよくやったよ。確かにお前は、立派な魔法少女だ」
「うえぇぇぇぇん――ッ! 本当に良かったよ~っ!!」
泣き崩れるころなを頭にポンと手を置いて、歳星は優しく語りかける。
その言葉を胸に刻み、この時ばかりは人目を憚ることなく嬉し泣きをするのだった。
天道ころな、魔法少女です! 鈴木カイル @suzuki-kairu
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