第12話
「まずは自分の実力を正しく把握することが大事だ」
時は遡り、ころなと歳星が特訓を始めた初日。
特訓を始める前、歳星は腕を組みながら第一声を放つ。
「自分の力を正しく……ですか?」
「上達の基本は、まず自分が何が出来て、何が出来ないか、を理解するところからだからな。あと敬語。ペナルティーでスクワット十回だ」
「うぅ……またやっちゃった……」
指摘を受けガックリを項垂れて、スクワットを開始するころな。
歳星との特訓を始めるにあたって、ころなは敬語を全面的に禁止されていた。
お互いに敬語一回につきスクワット十回と規則を定めたが、現状ではころなが一方的にスクワットを繰り返すだけだった。
「いきなり、敬語なしなんてキツいで……キツい、よ」
「ほう、ギリギリセーフにしておこう。……で、何を言ってるんだ。これからは対等な立場なんだから、余計な遠慮は今のうちに抜いておけ。いざという時に困る」
歳星はニヤリと口元に笑みを作ると、溜め息混じりに言葉を続けた。
「話を戻すぞ。これは俺なりに、お前の能力を数値化したものだ」
歳星が補助端末を操作すると、ころなの端末にもデータが送信されてくる。
ころなはファイルを開くと、画面には円グラフや棒グラフ、それから数値が表示された。
[キャリアーネーム:天道ころな]
杖形態(カタリスト・パターン):杖
・パワー :D ★☆☆☆☆
・スピード:D ★☆☆☆☆
・ガード :C ★★☆☆☆
・アタック:C ★★☆☆☆
・アシスト:C ★★☆☆☆
・マジック:A ★★★★☆
・総合 :C ★★☆☆☆
「これは……」
「今現在のお前の能力値だ。最低はDで最高はS。まあ、Cが平均でBが優ってとこか」
「あの……わたし、DとかCばっかり……」
「それが現状だ。甘んじて受け止めろ」
「うう……ショック」
円グラフは一部を除いて、中心で小さくまとまっていた。
これは現在のころなの能力が、低い水準でまとまっていることを意味している。
「項目を説明すると、パワーは潜在的な筋力。次にスピードは同じく身体的な俊敏性だ」
「それじゃあ……この二つの項目は、魔法で強化する以前の身体能力ってこと……?」
「そうなるな。身体能力は魔法で強化もできるが、ベースが高いことに越したことはない。基礎体力がないと、それを補うために多くの魔力が必要になってくるからな」
「なるほど。だから毎朝のマラソンで、基礎体力の向上を目指してたんですね!」
「敬語」
「あう……」
毎朝四時起きでマラソンをしてきた理由を知ると、納得したようにうんうんと頷いた。
しかし、またもや敬語の使用を指摘され、泣く泣くスクワットを繰り返した。
「次にガードの項目。これは障壁の強度、戦闘服(コスチューム)の防護性能や耐久力を考慮した数値だ」
「えーっと……魔法少女が変身する時に着る衣装、それが戦闘服だよね?」
「そうだ。この服は魔力で構成されていて、言わば身にまとうバリアだな。これによって変身中は魔法攻撃・物理衝撃・温度変化から自動で身を守ってくれる」
魔法少女の戦闘服はキャリアーが抱く〝どんな魔法少女になりたいか〟というイメージが体現化される。つまりは、魔法少女への印象が色濃く反映されている。
戦闘服の性能には個人差があり、パワー・スピード・ガードの初期値は大きく変動する。
「次の障壁は、普段わたしたちが戦うときに使う防御魔法のことかな」
「正解だ。魔法少女は戦闘服の防護以外にも、自身の周囲に障壁魔法を展開する。特に後方からの支援や射撃を重視する戦闘スタイルの場合、これが生命線になってくる」
戦闘服の防護の他に、魔法少女は周囲にバリアを張って攻撃に備える。
ただし、自らが高速で移動する近接戦闘者は恩恵が薄く、後方から支援や射撃に徹する場合に障壁で攻撃を防ぎながら魔法を発動することが多い。
「次はアタック。攻撃魔法の練度だ。大別すると、砲撃・射撃・斬撃・魔力付与の魔法を総合的に数値化したものだ。攻撃に関する魔法の扱いが上手いほどランクも高くなる」
「魔力を刃物のように具現化する斬撃や、身体に魔力を付与(エンチャント)する魔力付与が近接戦闘。魔力を弾にして射出する射撃や砲撃が遠隔戦闘に使われるんだよね。あれ……でも、射撃と砲撃の違いって何だろう?」
歳星の説明を聞いて答えるころなだったが、最後には首を傾げてしまう。
「射撃は威力は低いが精度の高い。逆に砲撃は威力は高いが精度は射撃に劣る。前者が目標を追尾する誘導型(ホーミング)ミサイルとするなら、後者は一度射出されたら真っ直ぐにしか進まない直射型の弾丸だな」
「ふむふむ……遠隔攻撃にも色々と種類があるんだねっ」
「最後のマジックは保有魔力量の最大値だな。魔法少女が魔法を使う時、魔力と呼ばれるエネルギーが必要になる。この魔力は空気中に存在する魔素(マナ)と呼ばれる成分を、体内にある回炉という器官で精製する仕組みだ。この数値が大きければ大きいほど、たくさんの魔力が使える。これに関しては努力云々は関係なく、天性の才能が物を言う」
「この項目がAってことは、わたしってそれなりに魔力があるってこと? やったー!」
ただ一つだけAの項目があることに、ころなは素直に喜びの声を上げる。
どの項目も平均、もしくは平均以下だったので、唯一の喜びどころとも言える。
「――ところが、だ」
浮かれるころなに釘を刺すように、歳星は険しい表情で言葉を続ける。
「確かにお前の保有魔力は常人よりも多い。いや。それどころかDクラスにしては破格と言ってもいい数値だ。でもそれはあくまで、お前自身が魔力のタンクとして容量が優れているだけであって、肝心の魔力を有効活用できなければ何の意味も無い」
「それって、つまり――」
「ハッキリ言うが……お前は魔力の使い方が下手だ。必要以上術式へ魔力を注ぎ込んでいるから、複雑な演算処理が苦手になっているだろう? 例えるなら魔力が百必要な術式に、百五十の魔力を使っている状態だ。燃費が悪ければ、魔力が多くてもすぐに息切れする」
「……確かに細かい制御が必要な魔法は苦手だけど、それが理由だったんだ」
ころなはマラソンで例えるならば、常に全力疾走をしている状態だと言える。
数十㎞もあるコースを最初から全力で走れば、体力があってもいずれは息切れする。
更にコースが複雑に入り組んでいれば、スピードが出た状態では上手く曲がりきれない。
魔法を行使する上で必要なのは無駄なく術式を発動し、複雑な演算処理を実行し緻密なコントロールをし続けることだ。
ころなにとって、この二つは最も欠けている要素だった。
「これが顕著に出ているのは、砲撃と射撃の命中精度だな」
「命中精度?」
「今までの命中結果を調べてみたら、面白いことが分かった。射撃や砲撃のどちらとも、〝止まっている〟的に対しては、百発百中とも言える命中精度が出ている。これはある意味、驚異的だ。お前は静止している物ならきっと、必ず当ててみせるのだろう」
確かに遠隔攻撃魔法はころなが唯一得意にしている分野であり、訓練においてもその結果は評価されていた。しかし、実際の戦闘ではなかなか結果が出ていなかった。
「それに対して……〝動いている〟的に対しては、ほとんど命中が確認されていない。直射砲撃や追尾射撃を問わず、お前は動いている的に攻撃を当てるのが苦手だろう?」
「確かに……うん。言われてみれば、そうかもしれない」
静止した的と動く的。実戦において必要とされるのは、後者を狙う技術だ。
魔法少女が相手取る怪人は訓練と違って、超人的な肉体能力を有している。
縦横無尽に動き回る怪人は、ただ立ち止まって的になってくれはしないのだ。
「直射砲撃なら相手の動きを観察し、動線を予測して対象が見せる一瞬の隙を予測する観察力。追尾射撃なら魔法を放った後、目標の動きを捕捉しつつ振り切られないように精密な軌道を維持する術式演算。共に複雑な戦略と演算能力が求められる。高位の狙撃手(シューター)は何十、何百といった射撃を並行運用し、併せて補助魔法も扱うが……ハッキリ言うと――」
遠隔魔法において必要とされるスキルを説明する歳星。
ころなはそれを真剣な表情で聞き、自身と照らし合わせて考える。
「ころな。お前、考えながら戦うのが苦手だろう?」
「……うん。自分でもそう思う。わたしって、一つのことに集中すると周りが見えなくなっちゃうから」
自分自身でも自覚はあるらしく、どこか諦めの入り交じった表情を浮かべる。
「それはお前の長所でもある。一つの魔法に対する集中力は、他の魔法少女にはないものだ。静止したとは的に限るとは言え、百発百中の命中精度は充分に武器になる。大丈夫だよ、ころな。お前の欠点は俺が補う。それがコンビってもんだ」
「歳星……?」
「戦略も、演算も、難しいことは全部俺に任せろ。お前はただ、魔法に集中すればいい」
「で、でも……それじゃ、歳星の負担が増えるんじゃ――」
「言っただろ、何のためのファクターだ……ってな。手っ取り早く強くなるには、長所を伸ばせ。自分の得意分野を研鑽し、欠点は俺がフォローする。俺が戦略を組み立てて、お前が実際に魔法を使う――どうだ? 案外、いいコンビネーションだと思うんだがな」
「……うんっ!」
かつて全てをころなに委ねていた時とは違い、今の歳星は全力で自分を頼れと言う。
二人で補い合い、強くなっていこう。それは今までにない感覚だった。
「ただし、基礎の向上は全力でやらせてもらうぞ。毎朝のマラソンで体力を向上させ、これからの特訓では魔力の正しい制御を覚えてもらう。学校に行っている間は魔法力学の問題集だ。正しい知識を身につければ、より効率の良い魔力運用ができるようになる」
「え、えーっと……が、頑張るっ」
山積みの課題に表情を凍らせるが、ころなは迷いを振り払うように自らを鼓舞する。
こうして、歳星ところなの特訓は始まったのだった。
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