第11話

「お待たせ、歳星っ!」


 指定座標まで転移すると、既に待っていた歳星を見てころなは声を掛ける。


「よし、ギリギリだが間に合ったな」

「えーっと、今回の怪人って――」


 転移座標と一緒に送られてきた、今回出現した怪人のデータに目を通そうとする。


「残念だがな、どうやらそんな暇はないらしい」

「ヒャッハー! 遅い遅い遅ぉぉぉぉぉい――ッ!!」


 遠目からでも見て分かる速度で接近してくるのは、乗り物ではなく人間だった。

 いや、正しくは人間ではない。彼らは人を超越する者――即ち、怪人だった。


「え、え?? あれって――」

「【韋駄天(ストライダー)】。自らを加速させる異能加速(スピードスター)でひったくりを繰り返すCレート怪人だ」

「ちょ……ちょっと待って! Cレートって、わたしたちのクラスより上じゃ……ッ!?」


 レートとは怪人の戦闘能力によって格付けされた、危険度の指標である。

 魔法少女と同じようにDから始まり、Sを上限としている。風の噂では最上級であるSSレートの存在が囁かれているが、その真偽のほどは定かではない。


「レートは魔法少女が相手にする怪人の強さの目安だから……Dクラスの私は推奨レートが同クラスのDレートが限度じゃないのっ!?」

「あくまでそれは一般論だ。Dクラスの魔法少女がAレートやSレートの怪人を相手取ってはいけない、なんて規則はない。むしろクラス差が高いほど、捕縛した時に手に入るポイントは倍増する。Cレートの韋駄天なら、Dレートの倍以上のポイントが加算される」

「そ、それはそうだけど……」


 歳星の言うように、怪人のレートと魔法少女のクラスは離れているほど、捕縛時のポイントは倍加していく。


 しかし、理論上では分かっていても実現するのは難しい。

 長い間、Dクラスに甘んじているころなは、ついつい及び腰になってしまう。


「ころな、これはチャンスだ。俺たちは短期間でBクラスまで昇格するという無理を通そうとしている。なら正攻法だけでは、目標に達することはできないぞ?」


 狼狽えるころなをジッと見据え、歳星は諭すように言葉を続けていく。


「安心しろ、勝機はある。今までやってきた特訓の成果を発揮すればいいだけだ」

「うん、分かった――わたし、頑張ってみる」


 覚悟が決まったパートナーの様子を見ると、歳星はこちらに迫り来る韋駄天を見る。


「変身だ、ころな!」

「うん、任せて!」


 二人は顔を見合わせると、補助端末を掲げて高らかに宣言する。


「「共融変身!!」」


 叫びと共に二人の足元には魔法陣が展開された。


 やがて歳星の身体は光の粒子へと分解され、ころなの周囲を舞い始める。

 ころなの衣服も同じく粒子へと分解され、辺りに漂う粒子は彼女を包み込んでいく。


 粒子は徐々に衣装を象り、オレンジ色を基調としたカラフルな衣装を構成していく。


 フリルやリボンがあしらわれた可憐な衣装を身にまとい、右手を前に伸ばすとそこには魔法少女の証である杖(カタリスト)が現れた。

 太陽の意匠が施された杖を手に決めポーズを取る。


『行くぞ!』

「うん!」


 変身が終わると、ころなの脳内に直接、歳星の声が響き渡る。


 彼の姿は見えないが、決して消えたのではない。

 歳星は今、魔法少女・サンシャインとして同化している。


 身にまとう衣装も、構える杖も、そして脳内に駐在する演算処理人格も、歳星がファクターとして形作っているものだった。


「待ちなさい、韋駄天!」


 魔法少女に変身すると、ころなは韋駄天の行く先を塞ぐように立ちはだかる。


「ハッ――誰かと思えば……テメェはDクラスのお笑い担当、サンシャインじゃねぇか!」


 韋駄天はころなの姿を発見すると急停止し、嘲るように口角を吊り上げる。


「今すぐ退きなぁ! お前みたいな雑魚じゃあ、俺様は止めることはできねぇぜ!!」


 好戦的な笑みを浮かべ、韋駄天は威圧するように犬歯を剥く。

 その迫力に一瞬、ころなはたじろいでしまう。


「じゃあな、ノロマなサンシャイン! 悪いが遊びに付き合ってる暇はないからなァ!!」


 韋駄天は呵々大笑すると、驚異的な加速で一瞬にしてころなを抜き去っていった。



「――待ちなさい!」


 ころなは振り返り、走り去っていく韋駄天に向かって声を上げる。


「逃げるの!? Cレート怪人のあなたが、Dクラスのわたしから……ッ!」

「――おい、サンシャイン。テメェ、今……なんて言ったァ?」


 ころなは必死に声を張り上げると、韋駄天は急ブレーキをして立ち止まった。


「に、逃げるのか、って言ったの……! だって、そういうことでしょ?」

「カハッ……ック、ハハハハハァ――ッ!」


 ころなの挑発を見て韋駄天は、口元を歪ませながらクツクツと肩を震わせる。


「随分とまあ、ヌかすじゃあねぇか! この韋駄天も、舐められたモンだなァ!!」


 ギロリ、と鋭い視線でころなを見据える韋駄天。


「いいぜ……テメェをぶっ飛ばしてから、更なる獲物をゲットしに行ってやんよォォォ!!」


 韋駄天がころなに向かって、腰を落として臨戦態勢へと入る。


『計算通り、だな』


 歳星は挑発に乗ってきた韋駄天に、ニヤリとほくそ笑む。


『韋駄天は自分の異能、つまり速さに絶対の自信を持っている。プライドの高いあいつは、格下の相手から挑発めいたことを言われれば、食いついてこないはずがない』


「う、うん。確かに作戦は成功したみたいだけど……」


 韋駄天と対峙した際、歳星が立てた作戦はまずは挑発だった。


 速度で勝てない相手を逃がさないようにするには、あちらの関心が離れないようにする必要がある。そこで歳星はころなに挑発を指示し、韋駄天から戦闘を仕向けるようにした。


「我が力は加速! 狂おしいほどの超々速度! 風を切り光すらも置き去りにする! 覚悟しろよ、サンシャイン。テメェじゃあ俺に、指一本たりとも触れることはできねぇ!!」

「うわーん! かなり怒ってる~っ!?」


 挑発で完全にスイッチが入ってしまった韋駄天を見て、ころなは泣き言を漏らす。

 戦闘まで持ち込んだはいいが、この状態の韋駄天を相手取るのは些か骨が折れるだろう。


『大丈夫だ、ころな。今までやってきた特訓を思い出せ』


 狼狽えるころなを諫めるように、歳星は迷いのない口調で言い放つ。

 揺るぎない自信によって裏付けされた言葉には、パートナーへの信頼が溢れている。


「さあ、せいぜい楽しませろよ。振り切られねぇように、みっともなく踊(ダンス)ってなァ!!」


 加速の異能を発動し、驚異的な速さで接近してくる韋駄天。

 ころなは覚悟を決めて、歳星との特訓を思い出すのだった。

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