第10話
「おーっす、今日も相変わらず死んでんねぇ。大丈夫ー?」
「ア……ビメ、ヂャン……」
教室で織姫に声をかけられると、机に突っ伏していたころなは顔を上げて視線を向ける。
その表情は疲れ切っていて、身体も疲労を体現するようにグッタリとしていた。
「うん、なんとか大丈夫……と思いたい、かな」
「早朝マラソンだっけ? あれ、まだやってんの??」
「うん……流石に二週間以上は続けてると少しは慣れるけど、やっぱり朝は辛いよぉ……」
「いやー、よくやってんなぁと思うよ、マジで。あたしだったら、初日から脱落だわー」
からからと快活に笑うと、織姫は冗談っぽく肩を竦めてみせる。
「でもさ……今のころなって、なんか楽しそうだよね。充実してる、っていうかさ」
「え、そうかな?」
「前のころなはさ……やる気はあったんだけど、それを持て余してる感じがあったのね」
うーむと腕組みして、どうにか言葉をひねり出そうとする織姫。
「でも今は、やる気を発揮する方向性が見つかって、なんかスッキリしたみたい」
「すごいね、姫ちゃん……本当にその通りかも」
「ふっふっふー! あたしが何年、ころなの親友をやってきてると思うのだね、きみぃ~」
内心を見透かされた心地になったころなは、感嘆するように声を漏らす。
今までの彼女は、努力の方向性が分からずに、手当たり次第全力で臨んでいた。
しかし、今の彼女には歳星がいる。
何が足りないか指摘し、それを補うように適切なトレーニングメニューを提案する彼の存在は、ころなをより高みへと導いてくれている。
彼女は何に頑張ればいいのか迷うことはなく、それまでの迷いは断ち切ることができた。
「よかったね、ころな。パートナーの人と、打ち解けられて」
「姫ちゃん……」
優しく笑いかける織姫を見て、ころなは感極まったように涙ぐむ。
「まあ、それは置いといて――」
物を横にどかすジェスチャーをして、織姫は話を切り替えた。
「あたしのころなたんをここまでヘトヘトにするなんて、これは由々しき事態ね」
「……え? ころなたんって、わたしのこと??」
キリッと表情を険しくして言葉を続ける織姫に、ころなは面を食らったように尋ねる。
「その通り! マイッスウィーット・エンジェル・ころなたんッ!! 通称、あたしの嫁」
「ちょっと待って、初耳なんだけどっ!?」
「えー、昔に結婚しようって誓い合ったじゃんかー」
「それ、幼稚園の頃の話だよねっ!? まだ本気にしてたの……」
「思えばあの頃から、あたしはころなを幸せにするって誓ったんだよねぇ……」
「落ち着いて、姫ちゃん。わたしたちは女の子同士だし、そもそも結婚はできないから」
「卒業後は二人でオランダに移住するって言ったじゃんかー!」
「言ってないよっ!? わたし、魔法少女の仕事があるから、海外に行く気ないし……」
「いいじゃん、幸せに暮らそうよー。イチャイチャラブラブして暮らそうぜー」
この心根の良い幼なじみの数少ない難点は、愛情表現が過剰なことだった。
「八咫歳星さん、だっけ? 良い人っぽいのは分かるけど……ころなにはまだ早いからね。お母さん、認めませんよ?」
「さ、歳星は、そんなんじゃないからっ!」
「キィィィッ! 名前の呼び捨てで言われても、説得力ないザマス!」
「あれ、補助端末(スマートデバイス)が……もしかして――」
織姫とのやり取りの最中、ポケットに忍ばせた補助端末が電子音を鳴らす。
この携帯電話(フューチャーフォン)型の端末は、魔法少女の魔法運用を補助する機器だ。
通常の携帯電話と同等の通信機能も有していて、有事の際はこうして端末に連絡が入る。
『ころな、商店街に怪人が出現した。今はまだ学校か?』
端末越しに聞こえてきたのは、切迫した歳星の声だった。
「うん。これから学校を出ようと思ったところ」
『それなら丁度いいな。座標を指定するから、今すぐに来い』
「でも、いいの? 基礎が固まるまで、出撃はするなって――」
彼女は歳星に基礎を鍛え直すまで、怪人との対峙を禁止されていた。
それが頭を過ぎり、ころなは不安そうに歳星へと問いかける。
『今のお前なら大丈夫だと判断した。自信を持てよ、相棒。お前ならきっと大丈夫だ』
「――うん!」
予想していなかった答えに、ころなは思わず目を丸くする。
やがて言葉を噛み締めるように心に留めると、万感の思いを込めて力強く答えた。
「ごめん、姫ちゃん。わたし、行くね!」
通話を切るところなは、端末に送信されてきた座標データを確認する。
指定座標までの転移魔法を発動させる準備をしながら、織姫に別れの挨拶を告げた。
「おう。頑張ってきなよ、ころな。あたしも応援してるからさ」
「ありがとう、姫ちゃん。 わたし、頑張ってくるっ!」
ころなの足元に魔法陣が展開されると、淡い光が彼女を包み込んでいく。
クラスメイトも最初は目をやるが、いつものことなのですぐに興味をなくしていった。
ころなも織姫に笑顔で答えると、眩い閃光と共に彼女の姿は消えていく。
「はぁ……まったく」
完全にころなの姿が消え去ると、織姫は溜め息混じりにひとりごちる。
「あんな顔されたらさ、応援するしかないじゃんか」
最後に浮かべていたころなの笑顔を思い出し、織姫はやれやれと肩を竦めるのだった。
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