第四話「人参色も夕焼け色も朝焼け色も赤毛です」
「エリー、何かお気づきに?」
「ああ、いつからいたのか知れないが、ヴェンシナが――、近衛二番隊の同僚が、いる。三番降車場の標識の付近に」
エリーの指される方向へ目をやりますと、わたくしにも、探すお方はすぐに発見できました。
「まあ本当! ヴェンシナ様です」
艶々とした栗色の髪をなさった、永遠の十六歳。わたくしの目には、真っ赤な林檎のように映りますヴェンシナ・ビュセザレイジヤ様は、平服姿でいらっしゃると街角によく馴染み、近衛騎士様でいらっしゃるというのがまるで嘘のよう。
紅顔の美少年といった形容がよくはまる、お歳よりもお若く見えますお可愛らしいご容貌もさることながら、先日の行進の時とはまるでお違いになられる柔らかな表情に、見ているこちらの唇も綻んでしまいます。
「ずいぶんと嬉しそうなお顔をなさっていらっしゃいますね。旅客駅の、それも降車場においでになるなんて、どなたかとお待ち合わせなのでしょうか?」
「確か、ヴェンの休みに合わせて、近々故郷の村から妹が上京して来ると――。今日だったのか」
「まあ、妹さん!」
思わず声を上げてしまいながら、ぴんときました。
「ねえ、エリー。面白いものってひょっとしたら、ヴェンシナ様ご
「自分もそんな気がしている。キーファーが面白がりそうなことだ」
「今であのお顔でいらっしゃいますものね、妹さんをお迎えになられたら、どれだけ笑み崩れられるのか……! ヴェンシナ様の妹さんならきっと愛らしい方でしょうし、確かに運良く見られれば、幸福な気持ちになれそうなのです。……なのですけれど」
「うん?」
「お二人がお会いになられるまで、こちらからこっそりと拝見していてよろしいものでしょうか? あの、すごく、見たい気持ちはあるのですけれど……」
人様の私生活を覗き見することに、ちょっぴりと気が引けておりますわたくしに、エリーは、
「昼食中に、風景の一部として、自ずと目に飛び込んでくるものは仕方ない」
残り半分になったお茶のカップをもたげながら、しれっとそうおっしゃられたのでした。
ごもっともなご意見です――ということに致しましょう。
*****
ということで、食後のお茶を飲み飲みわたくしは、人待ち顔で旅客駅においでのヴェンシナ様を観察中です。一方のエリーは、と申しますと、わたくしと一緒になって野次馬を楽しまれているというよりも、わたくしの好きにさせて下さっている、というのが正解のよう。
それを察してしまいますと、あちらよりもこちらをむしろ見守られている気がするのです! という落ち着かなさもありまして、思いつくままべらべらとおしゃべりを続けてしまいます。
「ヴェンシナ様の故郷というのは、昨年王太子殿下や、ランディ・ウォルターラント様絡みの出来事で、一躍有名になりましたシュレイサ村なのですよね?
「物見遊山に来るわけではなく、王都で良い奉公先を得られることになったからだと聞いている」
「まあ、ご奉公でのご上京! ヴェンシナ様の妹さんはお幾つなのでしょう?」
「よくは知らないが、サヴィよりも年下だ」
「よく知らないことをエリーは、どうしてご存知なのでしょう?」
「本人に面識がある。殿下が御自ら乗り出された、シュレイサ村での事件の折に、ヴェンシナの家族とは全員と会っている。……ヴェンの姉はヴェンにそっくりだ。ヴェンより年が上な分、弟以上に年齢不詳だ」
「そうなのですか! それでしたら妹さんも実は――ということは?」
「いや、それはない」
どういった根拠がおありなのでしょう? エリーがきっぱりと断言されたところで、三番降車場に駅馬車が止まりました。ぱあっとお顔を輝かされ、数歩そちらに近寄られたヴェンシナ様の前で、車掌さんが開いた扉から、長旅を終えた乗客の方々が次々と降りて来られます。
「いよいよですねっ」
「ああ」
「妹さん、早く出て来られるといいですね。わたくしにもわかるような特徴はおありでしょうか?」
「目立つ赤毛をしていたように思う。人参、のような」
「にん……、エリー、人様のお言葉に、簡単に傷つけられてしまうのが乙女心でございます。女の子の髪色を、人参というのはいかがなものかと」
世間一般の殿方が、目鼻のついたお野菜に見えるわたくしではありますが、あなたは胡瓜さん、じゃが芋さんと、面と向かって口に出さない自重ぐらいはしております。心に浮かべるだけでもたいがいに失礼かとは存じますが、そのようにしか認識できないのですもの……、今目の前におられるエリーのせいで。
「それは不味い。以後、気を付けよう」
わたくしの殿方基準値を狂わせて下さった、涼しげに整った目鼻立ちを顰められ、エリーはご自戒なさいました。このような秀麗な騎士様に、野暮ったいように言われたら、傷つくなんてものではございません。本当にやめていただかないと!
「ええ、僭越ではございますが、女性のご容姿に関する事柄を、もしも何かにお譬えになるならば、その方をいかにお褒めになるかということを、ご念頭に置かれるとよろしいかと。
例えば赤毛ですと北方のお国には、『黄昏の美姫』とお呼び称されるお姫様がいらっしゃって、黄昏時の空の色を閉じ込めた菫色の瞳に、朱に金を溶かしたような夕焼け色の髪をなさっているそうなのです。どれほど麗しい姫君でいらっしゃるかと想像が膨らみません?」
「夕焼け色……。『黄昏の美姫』は、
「あ。そういう解釈だったのですね」
「だが、不快に受け取られては意味がない。君の助言に従って、朝焼け色と改めよう」
「朝焼け色」
「似たようなものかもしれないが、夕よりも朝の方が健康的だ」
「……いいですね」
「いい?」
「あっ、いえ、わたくしは、髪の色も瞳の色もありふれた茶系でございますから、そうやって褒めて頂けることはないのでしょう、と……。エリーに朝焼け色の髪と譬えてもらえるヴェンシナ様の妹さんが、ちょっぴりと羨ましくなってしまいまして」
自分の顔立ちにはしっくり合っていると思います、ごくごく普通の色味を嫌っているわけではありませんけれど、金髪だったり赤毛だったり黒髪だったり、お義姉様の青い目だったり、エリーのように吸い込まれてしまいそうな藍色の瞳だったり……、そういう魅力的な褒め要素をお持ちのお方には、小さな頃から羨望がございます。平凡なわたくしではございますが、一生のうちに一度や二度は、詩的な譬えで褒められてみたい願望はあるのです。
「サヴィの、髪も瞳も、大地の色だ」
一言一句を言い聞かせるように、まっすぐに瞳を覗き込んで下さるエリーの目が真剣で、わたくし息もつけぬまま、釘付けにされてしまいました。
「安心と、温かみを感じる色だと自分は思う。これで褒められているだろうか?」
「じゅっ、十分、なのですっ……!」
切れ切れに、そうお答えするのがやっとでした。
さほど洗練された表現ではなかったのかもしれません。例えば日々商談の席で吹いて回っていらっしゃる、不肖の兄様でございましたらもう少しお上手なのでしょう。
ですが、巧言令色とは無縁のエリーが、しょげたわたくしを励ますためにと、真心込めて紡いで下さった褒め言葉なのですもの……、感激せずにおれましょうか?
疑似的に口説いて頂いたような気分になりまして、嬉しいようなくすぐったいような気持ちに浮かされながら、お茶の最後の一口を啜ったところで、わたくし、あっとなりました。
「そういえば、ヴェンシナ様は?」
「ん?」
エリーとお互い完全に失念していましたね、というお顔を見合わせてから、わたくしたちは大急ぎで窓の向こうを見やりました。今日の二人の運勢を、勝手に掛けさせて頂いていた童顔の騎士様は、まだ旅客駅においでになるのでしょうか?
非常に残念なことですが、妹さんと再会なされた瞬間は、すっかりと見逃してしまったことでしょう、と思いきや――。
降車が終わったらしい駅馬車の前、ヴェンシナ様は車掌さんを捉まえて、身振り手振りを交えて何やら懸命にお問い合わせ中の模様でした。
「ご様子がおかしいですね。どうされたのでしょう?」
「ヴェンの妹らしい姿が見当たらない。あれだけ近くで待っていて、兄が見落とすものではないと思うが……」
そうエリーがご指摘なさった通りに、ヴェンシナ様のお傍に朝焼け色の髪の娘さんはおいでになりません。遠目にもひしひしと伝わってまいります、ヴェンシナ様の焦燥感はもちろんのこと、お仲間のご心情を慮られるエリーの横顔も険しくて、わたくし、
「エリー、ヴェンシナ様に、お声を掛けに行かれますか?」
「構わないだろうか?」
「ええ、わたくしも気になりますもの。お力になれるかどうかわかりませんけれど、行ってみましょう」
伝わっていますから! 桐央琴巳 @kiriokotomi
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