第3話 入学式

 少しざわつきのある廊下を列になって進んで行く。

 私達の教室は北館2階の西側から2つ目の部屋で、階段は東側にしかないため少し手間がかかる。

 階段を降りて外に続くドアをくぐれば、北館のさらに北に位置する体育館のドアがすぐ目の前にある。

 既に他のクラスの子達もクラスごとに並んでいた。


「えー、合図があったらクラス順に入る。後は進行の言葉通りに動いてくれ」


 先生の大雑把な説明に苦笑してしまう。

 体育館内からは何かマイクを通したような声が聞こえてくる。

 2.3年生の先輩達が既にいるのだろう。

 耳を澄ましていると……


「それでは、新入生の入場です」

「1組から入るぞー」


 どうやらもう合図が来たらしい。

 1組の担任らしい人が生徒達に声をかける。

 これから同じ場所で時を過ごす仲間たちは私同様顔が力んでいた。

 自己紹介を先に済ませてくれたおかげで、少しは気が楽な気もするが、やはり緊張する。

 ふと助けてくれた先輩のことを思い出す。

 ――あの先輩、どの辺にいるんだろ。

 気が落ち着いていなかったせいもあって、既にハッキリとまでは顔が思い出せないけど、なんとなく、見たら分かる気がした。


「俺達ももうすぐ動き出すからなー」


 戸羽先生が私たちに声をかける。

 戸羽先生の後に続くように私たちも体育館へと入っていくと、沢山の先輩達が拍手で迎え入れてくれた。

 私たち6組に続いて7組から10組までも入ってくる。

 全クラス入ると、進行係の先生が話を始める。


「それでは、校長より式辞です」


 進行の言葉に続き、少し小柄で白髪まじりの校長先生が挨拶を始める。


「えー満開の桜と木々の新緑、美しい草花がうららかな春の日差しに映えております。えーこの生気がみなぎる春の日に、多くの来賓の皆様、さらにえー保護者の皆様にご臨席をいただき、ここにえー本校第三十二回入学式を挙行できますことは、新入生はもちろん、えー私たち教職員、在校生にとりまして、大きな喜びでございます。えーご臨席の皆様に心からお礼を申し上げます」


 よくある典型的な入学式の挨拶だ。

 少し「えー」が多いのが気になるけど。

 長々と式辞は続き、眠気が襲ってきた頃、ようやく終わった。

 と思ったら、PTAの会長やらなんやらの挨拶が続く。

 大人達の挨拶の後は、在校生代表と新入生代表の言葉だ。

 ふと、今朝の先輩の姿を探してみようと思い、周りを少しばかり見てみる。

 いまいち覚えていない、はずだったのに、右斜め前方向に、結構遠い所に、見つけた。

 間違いない。

 顔を動かさずに目だけを動かして見える位置に、うまい具合に人と人の間から見える位置に、いる。

 ――また話したいな。

 そんなことを考えて見つめていた、その時。


「国歌斉唱」


 進行の声が体育館に響く。

 ピアノの音に合わせ歌うのだが、新入生で歌っているのはほんの僅かだったと思う。

 私もすごい小声で歌ったから、歌っていないに等しかった。

 国歌斉唱の次は校歌斉唱。

 初めて聞く校歌に新入生はだんまり。

 先輩達の声が体育館に響いていた。

 先輩の方をちらと見たけど、流石に歌ってるかまでは分からなかった。

 校歌斉唱が終わって、やっと入学式も終わりだ。

 今度は10組から順に教室へと戻っていく。


「はー疲れたなぁ」

「そうだね」


 教室の席順も出席番号順だから、私の前には紀孔君がいるわけで、教室に戻るなり話しかけてきた。

 同中のいない私からしたらありがたい話ではあるのだけど、さっきの話をされるとどうしようか困る。


「今日ってこの後なんだっけ」

「えっと……確か、明日からの日程連絡して終わりじゃなかった?」

「マジ?」


 どうやらさっきの趣味の話の続きはしなさそうで一安心。

 紀孔君は前の席、出席番号12番の上代かみしろ 羽奈はなちゃんにも確認をとり始めた。

 出席番号が近い女子の名前はちゃんと覚えている。


「ねぇねぇ、この後って何すんの?」

「え、えっと……」


 急に話しかけられた羽奈ちゃんは戸惑った様子で紀孔君のことを見ている。

 羽奈ちゃんも大人しそうな雰囲気の子で、多分だけど、男子慣れしていないんだと思う。

 ここはひとつ頑張るか……


「あのー、次って日程連絡で終わりじゃなかったっけ?」

「あ、うん。そうだったと思う」

「マジか、今日もう終わりか」


 ちぇーとボヤいている紀孔君を挟んで、羽奈ちゃんはありがとう、と言うように微笑んでくれた。

 これはチャンスだ。


「私、如月 南乃花。よろしくね」

「上代……羽奈です。よろしく」

「羽奈ちゃんって呼んでもいい?」

「いいよ。私も南乃花ちゃんって呼んでいい?」

「いいに決まってんじゃん」


 初日から話せる人が2人もいるのはすごく心強い。

 趣味の話でもしようかと思った時、先生も皆より遅れて教室に戻ってきた。


「静かにー。ほら座れー」


 戸羽先生の言葉に従って、立っていた子達は座り、私を含めた喋っていた子達は黙る。


「入学式お疲れ様。えー今から明日、明後日の日程を説明する。明日は身体測定、委員・係の決定、学年アセンブリをしたら終わりだ。そして明後日だが、早速授業を開始する。今からプリント類を配るが、その中に今後の時間割も入っている。その時間割通りに授業を行うので気を引き締めとけよ」


 なんということだろうか。

 明後日から早速授業だなんて。

 いや、学生の本分は学業だけど……


「それじゃ、このプリント類配り終わったら今日は解散だ」


 そう言い、戸羽先生は沢山のプリントを配り始める。

 大体のものが保護者宛で、生徒宛と言ったら時間割や保健だよりくらいのものだ。

 大量のプリントを配り終え、無事解散の運びへとなり、先生が教室を出ていった。

 早速羽奈ちゃんと交流しよう。


「羽奈ちゃん、RINE交換しよ」

「いいよ」


 秀高高校は休み時間の携帯の利用が許可されているため、堂々と連絡先を交換できる。

 羽奈ちゃんは同中の子がこのクラス内に居てるようだし、クラスグループができた時にも大丈夫だろう。


「お、RINE交換してんの? 俺ともしようぜ」

「どーぞー」

「ど、どうぞ」


 羽奈ちゃんとRINE交換しているのを見つけた紀孔君も交換に交じってきた。

 ちょうどQRコードを表示していたから、それを読み込ませ、追加完了。


「あ、クラスグルできたみたいだから招待するなー」

「「ありがと」」


 どうやら紀孔君はクラス内に既に多くの友達を獲得しているらしい。

 クラスグループに招待してもらえてよかった。


「そういえば、羽奈ちゃんもう帰る?」

「うん。仁亜にあちゃんと一緒に帰ろうと思ってたとこ」


 仁亜ちゃんというのは羽奈ちゃんと同中のクラスメイトだ。

 同中の子がいるのはやっぱり羨ましい。


「私も途中までだけど一緒に帰っていい?」

「いいよ! 一応仁亜ちゃんに聞いてみる」

「ついでに仲良くなれたらいいな」

「なれると思うよ」


 仁亜ちゃんは苗字が真方まがたなので少し出席番号は後ろの方だ。

 仁亜ちゃんの席へと2人で行く。


「仁亜ちゃん、南乃花ちゃんも途中まで一緒に帰ってもいいよね?」

「? 全然いいよ? えっと、真方 仁亜です。よろしくね」

「如月 南乃花です。よろしく!」


 これで3人目。

 朝はどうなるかと思ったけど、みんな優しそうで一安心だ。

 帰っている最中、羽奈ちゃんと仁亜ちゃんは私に気をつかってくれてか、趣味の話など、私がついていける内容の話をしてくれた。

 途中で羽奈ちゃん達と別れて、1人になる。

 秀高高校の最寄り駅に着き、ふと今日のことを思い返す。


「はぁ、とうとう高校生かぁ」


 今になって実感する。


「いい友達出来て良かった」


 結構気さくな感じで話せていたつもりだけど、だいぶ緊張してたから、一気に気が楽になる。


「明日からも、頑張ろ」


 そう呟き、電光掲示板で次の電車の発車時刻を見ようとした。

 ちょうどその時、今朝の先輩が、またいた。

 先輩も私に気づいたようで、微笑んでくれる。

 自分はちゃんと笑顔で返せただろうか。

 先輩の笑顔に見とれる内に、いつの間にか電車が近づいてきていて、何か私が行動を起こそうとする前に、電車はホームへと到着した。

 違う車両へと乗ってしまったせいで、わざわざ会いに行きにくくなる。

 ――先輩、同じ方面なんだ。

 何だか、明日からの楽しみがまた1つ増えた気がした。

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告白転機 風見 坂 @kazamisaka

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