第2話 出会い

 私が恋愛性性転換病にかかる1ヶ月半ほど前、入学式の日、私は初めて先輩と出会った。

 先輩は、生徒会役員で新入生歓迎の挨拶をしたという訳でもなくて、入学早々迷子になっていた私を助けてくれた人だった。

 中学までは田舎の小さな学校だったのに、高校は都市部の電車で片道1時間程かかる場所で、敷地も広く、知らない子達で沢山溢れかえっていて、人波に酔っていた。

 人の少ないところへとフラフラ歩いていると、どこにいるのか、どこに行くべきなのか、分からなくなってしまった私を、先輩は助けてくれた。

 先輩も人混みは苦手らしく、新入生の私達がごった返している場所を避けて、同じ場所に来たらしい。

 クラスは確認したけど、教室の位置も分からず、焦ってオドオドする私に、先輩は優しく声をかけてくれた。


「新入生の子? 大丈夫?」

「え、あの、えっと……」


 焦りで周りが見えていなかった私は、不意にかけられた声に驚き、挙動不審になってしまう。

 先輩はそんな私を安心させるように、笑顔で、丁寧に、柔らかい声で言葉を続けた。


「クラス、分かる? 教室まで案内するよ?」


 冷静を取り戻すより早く、私は返事をしていた。

 多分、あの時の私は早く教室で1人でゆっくりしたかったのだと思う。


「6組です。すみません」

「何謝ってんの。行こっか」


 笑顔で、こっちと手を引いてくれた先輩は、とても綺麗な目をしていた。

 目は口ほどに物を言うって言うけど、先輩の目からは、困ってる人がいたら助けなきゃって気持ちが伝わってきた。

 優しい目だった。

 先輩に引かれるまま教室へと着いて、私はやっと我に返った。


「あの……ありがとうございます」

「いえいえ! 新しい高校生活、楽しんでね!」


 私は、そう言って去って行く先輩を、背中が見えなくなるまで見送り続けた。

 教室に入ると、みんなも緊張しているのか、大体の人が静かに着席していた。

 一部、同じ中学校の子達でワイワイ話している集団が2.3個あったけど、そんなこと気にしていられないくらい、顔が強ばっている人達が大半だ。

 同中の子がいる子達が羨ましくないと言えば嘘になる。

 でも、その時の私の頭の中は、高校という新しい環境での生活への不安と、あの先輩のことが大部分を占めていた。

 先輩の目に、勇気をもらえた、そんな感覚に気持ち良さを感じながら、チャイムがなるまで待った。


「担任の先生、どんな人だろね~」

「高校って言っても中学と大して変わらないでしょ」


 少し離れた位置から、そんな会話が聞こえてくる。

 優しい人だといいなぁ、高校の方が厳しそうだと思うけどなぁ、なんて心の中で勝手に相槌を打っていると、噂の担任の先生が教室に入ってきた。

 先生の存在を認識すると、さっきまで喋っていた子達は各々席に着く。

 チャイムが鳴る。

 1人、まだ来ていない子がいたけど、来てる子達が全員着席しているのを確認し、担任の先生が挨拶を始めた。


「まだ1人来てないようだが朝のHRホームルームを始める。初めまして、今日からこのクラスの担任になる、戸羽とば 挟木はざきだ。よろしく。高校生活という新しい環境に最初の頃は慣れないかもしれないが、徐々に慣れていくはずだ。あと、中学のノリでいると痛い目見るから注意するように。最初の挨拶はこれくらいにしておく」


 よくあるような最初の挨拶を済ませた戸羽先生は、次に自己紹介をするように促した。

 出席番号順前から自己紹介をしていく。

 1番の人が言う内容によって、あとに続く皆の自己紹介の内容が決まると言っても過言ではない。

 出来るだけ、簡単な内容であってほしい。

 1番の子が渋々といった雰囲気で立ち上がろうとした。

 その時、戸羽先生が自己紹介の仕方を少し決めてきた。


「そうそう。自己紹介は前に出て、名前を黒板に書いてから始めてくれ」


 えぇ……とか、マジかよとか、そんな声がいろんな場所から聞こえてくる。

 私も同感だ。勘弁して欲しい。

 1番の子は、少し顔を引き攣らせたが、真顔に戻り、先生の指示に従って前へと歩み出る。

 カッカッカッとチョークの音が教室に響き始め、愚痴を零していたクラスメイト達の声が静まり返っていく。


逢蒔あいま 光留みつる邉沢あたりざわ第2中学から来ました。趣味は読書とピアノです。よろしくお願いします」


 パチパチパチと拍手が送られる。

 名前、出身学校、趣味のみで十分なようで、戸羽先生が何か言ってくる気配はない。

 逢蒔君に続き、2番、3番と順に自己紹介していく。

 5番になってやっと女の子が出てきた。


伊予いよ 遥香はるかです。駒道中学出身で、バイオリン習ってます。趣味はショッピングです。よろしくお願いします」


 綺麗な顔立ちをした、可愛い、大人しそうという印象を与える女の子だった。

 何となく、仲良くなれそうな気がした。

 その後も淡々と自己紹介は続き、出席番号14番、私の番が来た。

 初めて見る顔で埋め尽くされた教室。

 去年までは28人1クラスのみという子供の少ない地域特有の学校に通っていたせいで、知らない顔なんて無かった。

 だからこそ、この新しい雰囲気に、圧力に、押し潰されそうな気分がした。

 でも、ここでもたつくと今後に影響が出そうだ。

 だから、頑張る。

 足の震えを無理矢理止めて、教壇に立ち、チョークで名前を書く。

 チョークの音が妙に教室内で響いているように聞こえる。

 みんなの視線を一斉に浴びているのが分かる。

 自分の字、汚くないだろうか。

 名前を書くのでさえ長い時間がかかった気がした。

 名前を書き終え、前に向き直る。


「如月 南乃花です。菓西山このみにしやま中学出身です。趣味はSNSと映画鑑賞です。1年間よろしくお願いします」


 顔が赤いのがわかる。

 とても暑い。

 大丈夫だっただろうか。

 そんな心配をよそに、皆から拍手が送られてきた。

 ホッとひとまず安心し、素早く席に戻る。

 やっぱり少し不安で、周りをちらっと見てみるが、特に変わったことは無さそうで、今度こそ緊張が解ける。

 私の後も淡々と自己紹介は進んでいった。

 途中、同中の子達で茶化しが入ることも少しあったけど、特に問題が起こることも無く、順調に自己紹介は終わっていった。


「結局31番はまだ来てないが、今年度中は31番を含めた45人、先生も入れて46人でこのクラスをやっていく。皆仲良くするように。っとそろそろ入学式だ。これから体育館に移動する。上履きのままで良いからな」


 自己紹介が終わると、次の予定、入学式だ。

 先生の指示に従い出席番号順2列になる。

 と、隣の子が話しかけてきた。

 出席番号13番の確か……


紀孔きあな けい、よろしく! 確か南乃花、だったよね?」

「あ、うん。よろしくね」

「趣味がSNSって面白いこと言うね」


 屈託のない笑顔で言ってくるから悪気はないのだろう。

 でも、何となく馬鹿にされた気分になった。

 だからといって顔には出さないけど。


「そ、そう?」

「うん! ところでSNSって特にどのアプリ?」

「Twittar、かな」

「俺もやってるよ! 垢教えてよ!」


 まずい。

 これは非常にまずい。

 Instantgramならアカウントを教えても別に問題は無いけど、Twittarは趣味全開のアカウントしか持ってない。

 どうしよう。


「こらーそこうるさいぞー」

「あ、すみません! 怒られちゃったな」

「うん、静かにしなきゃね」


 先生よ、ありがとう。

 それっぽい口実を作ってくれて。

 先生の注意を受け、静かに並び直し、いざ体育館へ出発した。

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