青の追憶( 終 )

 私をソファに残し、「すぐ戻るから」と言って、アオイは何処かへと出て行った。言葉の通り、数分で戻ってくる。手元には、青いトレイの上に、透明なカップが2つ。その中には、青い液体が並々と注がれている。まだ淹れたばかりのようで、ゆらゆらと湯気が立っていた。


「そ、それは、何?」


「紅茶よ。まずはのんびりお茶会でもしましょう」


 ──アオイに会うまでは、もう今すぐにでも消えてしまいたいと思っていた。しかし、何故か、彼女が笑う度、その気持ちが消えていく。


 私は勧められるままに、紅茶を1口、口にいれる。紅茶の味など分からないが、徐々に気分が落ち着いていくのが分かった。熱いのでちまちまと飲んでいると、アオイは私を見つめて言った。


「この紅茶の名前、知ってる?」


 そんなの、勿論知るはずがない。私は、彼女を見つめ返すのがやっとだった。アオイは、私の隣に座って、くすりと笑う。


「後で、教えてあげる。とっても素敵な名前なのよ」


「後って、いつ。だ、だって、私達は、もうすぐ……」


「──青色は、死の色よ」


 突然に私の声を遮ったのは、アオイの、透き通った声だった。先程までとは別人のような、冷たく磨かれた声が私を突き刺す。彼女の瞳だけが、今までと同じようにきらきらと輝いている。


「何でも、死ぬと生物は青い光を発するそうよ。冗談みたいな話でしょう? でも、私は、確かめてみたいと思ったの。その“青’’は、この部屋を、もっと、もっと青く染めることができるものなのかしら?」


 アオイの、真っ青で透き通った、ブルートパーズの瞳が、私を突き刺す。真っ白な細い腕が、体に伸びてくる。体に力は入らない。そのまま、アオイは私の上に覆い被さる。もう片方の腕が、私の視界を塞ぐ。


 どうやら、ソファの上に押し倒される形になっているようだ。しかし、抵抗する気は起きない。──私は、青にのだから。


 ふと、視界が開ける。大きな窓の向こうに見える景色は、相変わらず真っ青だ。アオイは、何かを手に持って戻ってきた。私に見せてくれる。


「見て。綺麗でしょう」


 それは、大きな青い宝石の結晶だった。先程のブルートパーズよりも、深い青色に染まっている。


 すると、アオイは、その腕を大きく振りかぶって──そのまま、宝石を、床に叩きつけた。ガラスが割れるような、耳障りな音が響く。


「ああ、綺麗な青色!なんて素敵なのかしら」


 青空を背中に抱えたアオイは、満足そうに嗤った。そして、宝石の小さな破片をひとつ拾い上げ、ティーカップに投げ入れる。ぽちゃん、と音が聞こえた。そして、スプーンを手に取り、微笑みを浮かべながら、くるくるとカップの中身を回す。


「チトセは、これを望んで此処に来たのでしょう?」


 彼女の瞳はどんどんと青く染まるばかりだ。


「この宝石は毒よ。宝石を飲んで死ぬなんて、おとぎ話みたいで素敵」



 一息に言い終えると、アオイはカップの中身を1口、口に含んだ。


「ま、待って」


 ──置いていかないで。私も、青の世界に連れて行って。


「そんな顔しないで。大丈夫よ」



 突然、アオイの瞳が近づいてくる。私の視界はどんどんと青く染まっていく。




 そして、アオイの唇が私の唇に触れた。彼女の瞳は眼前まで迫っている。青、青、青。




 私に青が入り込んでくる。彼女の瞳は青く揺らめく。




 まるで、指の先からどんどんと青く染まっていって、それは心臓にまで達し、いつしか私の全てが、青になっていくような。






「──ごめんね」




 アオイが何かを呟いた気がしたが、意識は薄れてゆき、





 私は、青に溶けていった。

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青の追憶 月乃 @tsuki__

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