ムラマサの鉈(村正の鉈:改稿版)
れなれな(水木レナ)
ムラマサの魂
村正の刀は人の血を吸わずにいられねえ、妖しい刀だって、当時の人は言った。
だが、本当にそうだべか。
これは、世論に真っ向から立ち向かう、村正の魂の話だ。
時は
このあたりでは
都でそのころ、もっとも人気を集めた鍛冶屋が
まっつぐに言えば、村正の刀は人斬り包丁のなかでもとでも優れた逸品でな。
なんでもスパッと切っちまう。
だが、いつしか切れ味のすごさを物語る妙な噂が立ち、村正自身を都から押し流したんだべな。
この
村正は――もの思うとごろさあったんだろう。
ところがある日、近所に住む貧乏なきこりのじいさんがやって来た。
じいさんの鉈はボロボロでな、新しい鉈を買う金もねえっていう。
なあに、貧乏なのは誰もがそうだった。
じいさんは思い切って言っただ。
「村正さま、金のかわりに毎日一束ずつ薪を一年間届けるから、鉈をこしらえてくだせえ」
村正は承知してな。
正直、当時の生活に薪は必要だったとはいえ、あの村正の逸品を納めるにはちと魅力がねえ。
ところが村正はこの上なくよく切れる鉈をつくってよこした。
その心意気にじいさんは感動してな、毎日仕事に精出したと。
その鉈は、太い木も切れる。
かたい枝も切れる。
大根みてぇにスパスパッと切れる。
とにかく信じられねえほどの切れ味だ。
じいさんも大事に大事にしてな。
上手に手入れして、肌身から離さなかったってさ。
じいさんその日は
その下にはな、近所では有名なもりっこ
そんなところで、崖っぷちに腰かけて一服してたら、なんとじいさん眠気がさして、鉈を枕元に寝入ってしまっただ。
こりゃあたいへん。
なんでって、もりっこ渕には一抱えもある木の幹ほどもある太さの大蛇が棲んでいたんだよ。
それが、じいさんめがけて崖をのぼってくる。
ぬぬうって、鎌首もたげてよう。
大蛇はじいさんを一飲みにしようとしたんだと。
ところがそのとき! ピカッと不思議な光がその目を射た。
大蛇はググっと口開けて赤い舌出した。
けれどもじいさんに近づくことはできねがった。
じいさんのそばで鉈がピカピカッて光るんだ。
なんども大蛇はじいさんを飲もうとした。
そのたんびに、鉈はピカピカッって光る。
その光はゆうげい山を見ていた、
大蛇か、そんなものはピュッと逃げてもりっこ渕の底に隠れてしまっただ。
それよりも佐竹の殿様の放った物見の者が、あれはじいさんの持ち物で、村正の鉈だって見抜いちまった。
村正のこしらえるもんは、目利きには一目でわかってしまうものだったんだな。
それから佐竹の殿様が、じいさんを訪ねてくるようになった。
殿さまは何べんも来てな。
じいさんに、鉈を譲ってくれって言う。
佐竹の殿様は村正の魂を見た心地がしたんだろう。
どうにかして行方をくらました村正を探し出して、新しい刀をこさえさせようとはせなんだった。
噂に耐えかねて姿隠した村正を、ことさら探ることもしねがった。
村正の刀は、妖しい刀だって、誰しもが言う中、その真の価値がわかっているのは持ち主だけだった。
この鉈は、主人を助けようとしただ。
これがただの鉈であるわけがねえ。
そこに宿った村正の魂が、じいさんを護ったのに違いないだ。
「その鉈は、村正さまが親切に鍛えて下さった大切な鉈だ。よそ様におゆずりしたんじゃ申し訳ねえ」
って、じいさんはがんとして聞き入れない。
大事な商売道具を手放すきこりがいるもんか。
だが、感じ入った殿様は、まさしくこれが真の村正の魂の力よと思いこみ、
「しからば、その鉈と一緒にそちのことも召しかかえよう」
って言っただ。
「ええ!? きこりのわしがお侍になるのか?」
じいさんは驚いたが、殿様にそこまで言われて容易に逆らうことはできなんだ。
そしてじいさんは佐竹藩のお侍になり、鉈は殿様のものになった。
鉈は桐の箱に大事におさめられてな、いつも殿様の傍らにあった。
外出のときは、村正の鉈はおかごに乗せられて、お供したんだと。
天下の逸品とは、村正の魂よ。
了
ムラマサの鉈(村正の鉈:改稿版) れなれな(水木レナ) @rena-rena
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