戦いのひみつ

三池ゆず

1 鎖国国家「桜花教王国」

 幼い頃、おれは桜花教王国の外に出てみたいと思っていた。

 小説「さくらさんの通り道」に出てくる剣士、はちすに憧れていたからだ。異世界を放浪するこの物語は、幼かったおれの冒険心をくすぐった。

 蓮は、主人公で元貴族の桜の護衛役だ。優しくて強くて、いつも弱者の味方だった。桜に振り回されても、厄介ごとに巻き込まれても穏やかで文句を言ったりしない蓮は本当に格好よく見えた。

 憧れたらまねをしたくなる。幼い頃は冒険ごっこと称して出歩くだけでも楽しかったが、この国はあまりにも狭い。大人の足であれば一日もかからず領土の端まで行くことができる。桜と蓮の様に旅をすることが不可能なのである。

 そこで、外での任務もあると聞いていた教王の騎士団に入団するため鍛えた。父さんが騎士団なんかやめておけと言っていたけれど、聞く耳をもとうとは思っていなかった。父さんも騎士団にいるのになんでだろうと不思議に思ったぐらいだ。

 そんなことを思いながら十七歳でなんとか入団したおれに突き付けられたのは、「鎖国」という言葉だった。

 昔から桜花教王国は国外に出ることを制限していた。教王から許可が出ないと貿易はできなかったし、国外の人が国内に入るにも審査が必要だった。それでもよほどのことがない限り、許可が下りないということはなかったはずだ。

 それが、突然の鎖国命令である。

 騎士になったところで外に出ることができなくなってしまった。

 絶対に出ることができないわけではない。出ることができるのは、王宮薬師の中でもとりわけ名高い、ひいらぎおじさんのような、どうしても国にとって必要な人物が外に出たいと申し出た場合。それから、教王からの任務でどうしても外に出なければならない場合。実績を残そうがなんだろうが、おれみたいな下っ端団員は外に出ることはできない。

 いっそこの国を捨てて出て行ってもいいのではないかと思ったが、おれは未熟だ。せめて、憧れの蓮のような強さがあれば。

 そう諦めていた。せめて、蓮のように優しく弱い者の味方でいようと思っていた。




「お願い! どうしても護衛が必要なのよ!」

 ここは、幼なじみの柚の家だ。

 半年前までぴくりとも動かなかった左手を治してから、十日に一度通っている。いや、治したでは語弊がある。柚の興味の為に神経を修復する薬を飲まされた。そして、強制的に左腕を動くようにさせられたのである。そのおかげで生活は楽になったのだが、よく左手が痛む。その上、柚に金を払い続ける関係になってしまった。

 今日も痛み止めの薬を貰って帰ろうとしたのだが、突然腕を引っ張られたから、驚いて振り返ったのだ。

 ゆずがなぜか土下座をしていた。

 おれの目はきっと文字通り丸くなっていたと思う。いつも高圧的で理屈でねじ伏せる柚が土下座だと。

「な、なによ。そんな目をして。あんたにしか頼めないのよ」

 困った。いや、驚いたが正しいのかもしれない。おれは夢でも見ているのだろうか。

「いや、だって。おれ、その、騎士団の中でも下っ端だし」

「何よ、隻腕の英雄様が」

「それとこれとは関係ないだろう!?」

「私だって必死なのよ。あのクソ柊のせいで!」

 柚曰く、どうしても作ってみたい薬があるのだが、数年前までは多く取れていた満草みぐさが全く取れなくなったらしい。それで調べたいと彼女の父である柊おじさんに相談したら外に出て見てこいと言われたらしい。その日のうちに護衛を付けて外に出る許可を勝手に取られていたようだ。出発も三日以内。出発してから三十日間で戻ってくればいいらしい。

「外に出たいなら、騎士何人か護衛をつけてもらえるよな」

「王宮の騎士団長のおっさんなんて絶対嫌」

「女性の騎士だって」

「女社会なんてもっと無理。だいたいさ、あんた、蓮大好きすぎてそらくじら見たいんでしょ?」

「いつの話をしてんだよ!」

「とにかく。顔見知りの騎士はあんたしかいないのよ」

 真剣に柚がおれをみつめている。外に行けるものであれば行きたい。行きたいのだが、自信がない。

 外の世界は子どもが憧れるような場所でもないと思う。一度だけ外に出たことはあるのだが、それは戦争の時だけだ。あんな殺伐とした世界に繰り出したいとは思えない。

 分かっている。今は戦争しているわけではないし、柚だって魔法を使うことができるし、おれも騎士になれるぐらいには鍛えてきた。しかし、蓮のようないつでも弱者の味方になれるだけの強さをもつ剣士になることは、難しいのだ。

「おれの父さんだって」

「嫌よ」

「とにかく、あんたしか頼めないのよ。決定事項よ。そもそもあんた、その左手を診れるのは私だけなのよ」

「そうだけど」

「最悪、また動かなくなるわよ。そうでなくても酷く疼く腕で、まともに仕事ができるわけ?」

「わ、分かったよ」

 柚は決まりね、と言ってにっこりと笑った。

 こいつ。

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