疑問

 そこまで説明されて、俺にはひとつの疑問が浮かんだ。

 「ちょっとまてよ。なんでアイさんが復興をしないんだ?」

 「はい?」

 アイは首を傾げた。しかし俺は続ける。

 「人間がバカになっても、アイさんはロボットとかAIみたいな存在なんだろう?じゃああんたが世の中を良くすればいいじゃないか。よく映画であるロボットの地球侵略みたいな感じでさ」

 

 そこまで言われてアイはため息をついた。言われなくても出来るならそうしている。そんな言葉が聞こえそうになるほどにため息は深い物だった。

 「それが出来ないからあなたを起こしたんです。私や、他の人工知能やロボットもそうなんですけど、原則として人間の決定には逆らえない様に、そして人間という種に対してどのような形であれ、傷つけたり意に反した行動をとったりできない様になっているんです」

 「人類と言う種を守るために、ルールを破るなんてことは」

 「もちろん駄目です。多数を守るために少数を切り捨てることはできません。唯一可能なのは民主的に多数を取った為政者による命令だけで、それも人命にまでは危害が及ばないことを前提としています」

 「つまり、どれだけバカでも人間に従うしかなくて、そのうえ機嫌を損ねる行いすらできないと」

 「はい。何を言っても機械のくせにで取り合ってもらえないので、こうやって見ているほかないんですよね」

 うんざりしたように、アイは答えた。

 どこからか爆音が鳴った。ヒトの腕が煙の尾を引き飛んできて、アイのすぐ傍に落ちた。


 「大変なんだな……」

 俺はしみじみとそう言った。

 「10年もすれば慣れますけどね」

 アイの表情はどこか達観していた。

 そこで俺は話を切り替えた。

 「で、俺にどうにかしてほしいのは分かった。でも見返りは?いきなりこんなところに放り込まれて世直ししろなんて無茶苦茶だとは思わないわけじゃないよな?」

 「それに関してはもちろん用意していますよ。その名もズバリ、タイムマシンです」

 「タイムマシン?」

 「分りませんか?説明しましょうか?」

 「流石にそこまで馬鹿じゃない。でも、実現してるのか?」

 「私のデータバンクによるとそのようですね。完成品の場所は分かりませんが、筑波研究学園都市にそのプロトタイプがあるそうです。私はあなたをそこまで案内できます」

 筑波とはまたそれらしい。にわかに現実味が湧いてきた。

 「つまり、俺のいた時代に帰れるってことか?」

 「私の知っていることが正しければ、そのようですね。……もっとも、フェアな取引じゃないことは分かっています。寝たままのあなたを無理に起こしたのは私ですから」

 申し訳なさそうに、それでいて切実に、アイはそう言った。

 俺は口元に手を当て、考える仕草をした。

 目の前にいる電脳少女の言葉に嘘偽りが無いとは言えない。しかし他に寄る辺が無いのも事実であった。今のところは一緒にいるほかないだろう。

 「分かった。それなら協力しよう」

 「ありがとうございます!」

 と、アイは笑ってぺこりと頭を下げた。それから歩き出す。

 「ではとりあえず、ここを移動しましょうか。私についてきてください」

 言葉の通り、俺はアイの背中を追った。


 アイと共に丘を降りると、そこには小さな町があった。

 建物はボロボロ、道路のアスファルトにもひびが入り、様々なゴミが路上に放置され、そこからは異臭も立ち込めている。

 電柱などはななめに倒れているのが当たり前で、道路を挟む建物の壁にめり込んだうえ、そこにガムテープをべたべたと貼られて固定されている始末。

 暴走した車が俺の目の前を通りすぎ、人家のブロック塀に激突した。

 家から飛び出してきた5人の家人は酒の瓶を片手に車を殴りつけ始めた。

 音を聞きつけた隣人はそこへ群がり、手にした携帯電話で一斉に写真を撮り始めた。その半数は明らかに日系人ではない顔つきだ。帰化した移民なのだろうか。

 「それにしても、昼なのに人が多いな。失業者ばかりなのか?」

 と問うも、アイは首を横に振った。

 「子ども手当が歪な形で支給されているので、働かない家庭も増えたんですよ。それで昼間からテレビやネット配信ばかり見てうだうだと時間を潰しているんです」

 窓の空いている部屋を通り過ぎる。そこでは一人の男が椅子に座ってテレビ番組を見ていた。だがちらりと見えた椅子は便器だった。

 「……気のせいかな、いまの家、リビングにトイレがあったような気が」

 「ええ、ありましたよ。糞尿垂れ流しの人も多いので基本的には椅子はトイレの機能を有しています。出歩くときはオムツを履きます。こればかりは本能的に汚いと感じてくれたのか、多くの人がどうにか従ってくれましたよ」

 町の中を眺める。壁に描かれたラクガキも「○んこ」「●んこ」「うんこ」の三つだけ、それも平仮名で書かれているものだけしかない。間抜けなことこの上ない。

 かつて見た極彩色のサイケデリックなラクガキの方がまだ品性もあったし、隣に置けばきっと稀代の芸術作品に見えるだろうな、と俺はげんなりしながら思った。

 「で、どこまで付いていけばいいんだ?」

 「そうですね、とりあえずはこの地域一帯に起きている問題の解決を手伝ってほしくて」

 「問題?」

 「ええ。この地域を統括している族長とでも言いますか、自然派ママ一族をどうにかしてほしいんです」

 「自然派って……いいことじゃないの?」

 「そうでもないんですよ」

 今度はアイがげんなりしながらそう答えた。

 

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さよならダーウィン ~バカによる自然淘汰が起きた世界~ 芝下英吾 @Shimoshiba_0914

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