クレペリン差別
詩一
クレペリン差別
私は絶望した。
理由は簡単。一流企業の入社試験に落ちたからだ。
不合格通知が来た時は目を疑った。
私にはその会社に合格する自信があった。それは絶対的だった。その会社は確かに一流企業だが、私とて一流大学の新卒者だ。その上、本来その企業に入社してから取りに行くはずの電気機器組み立て技能士や
だからスタートラインで以って私は他の入社志願者よりも抜きん出ていた事は間違いない。
筆記試験は言うまでもなく楽勝で、解けない問題など一つも無かった。
面接にも手応えはあった。面接における礼儀作法は何度も復習したし、それを本番で間違いなく行う事が出来た。受け答えもハキハキとしっかりした口調で出来たし、面接官も終始笑みを浮かべていた。
今更だが履歴書に不備があったとも思えない。どころか、面接官は履歴書に書かれた資格を見て、即戦力であると明言していた。
簡単な実技試験も受けた。これは配属される部署によっては全く関係の無い実技なのだが、どうやら重要なのは実技の内容
その人の父親はその会社の重役であり、彼は大学のネームバリューと父親のコネを使い、鳴り物入りで入社した。先輩と私はとても仲が良かった。だから実は先輩の父親のコネが私にも効いているはずであった。
学歴、資格、面接、コネ。
全てが申し分ない内容だった。
落ちる事など有るわけがなかった。
だから思い当たる節があるとすれば、たった一つ。
――クレペリン検査。
クレペリン検査とは、一列に並んだ一桁の数字を左から右へと足していき、答えの下一桁を数字と数字の間に書き込んでいくと言うもの。
監督官の指示で次の列に移ってまた同じことを繰り返すと言うものだ。
これでどうやら、計算する技能だけでなく、性格まで判断する事が出来るらしいという事を、後々別の企業で働いている知人から教えてもらい、知った。
企業はこの結果によって、どちらかと言えば性格の部分の良し悪しを判断しているようだ。
性格。とオブラートに包んでいるが、要は反社会的でないかどうかと言う、もっと踏み込んで言うなら犯罪を起こしそうではないかと言う事を見ているらしい。なんと、犯罪に手を染める人間は検査の結果が似たような結果になるらしいと言うのだ。
何とも馬鹿馬鹿しい。
犯罪を起こしそうな性格の判断を数字の足し算だけで下せるのなら、全人類にやらせてみてそうだと思える人間全員を捕まえてしまえばいい。国家がそうしないという事が、このクレペリン検査というものが酷く曖昧な検査方法であるという事の証明になっている。
だいたい、仮に先天的に犯罪を起こしそうな脳であったとして、必ず犯罪に手を染めると未来を言い切る事などできるわけがない。周りの影響というものもあるのだ。いくら悪人として生まれてきても死ぬまで一切ストレスの掛からない環境で暮らせば犯罪を起こすとは思えない。逆に善人として生まれてきても周りの環境に追い詰められたら罪を犯す可能性もある。
それだと言うのに、脳の作りだけで犯罪者と決めつけて不合格の判断を下すのはあまりに頭の悪い判断である。
これは間違いなく差別だ。クレペリン差別。
それに、この脳は罪を犯しやすいと断定できると言うのなら、それはつまり
であれば、これは障碍者差別と言っても過言ではない。
実際私が試験を受けた会社も障碍者への労働枠を設けていると言うのに、解りやすく救いやすい障碍者だけを救って、我々のような解り辛い障碍者には門を開けないと言うのはおかしな話ではないか。
これが日本のトップ企業だと思うとこの国の未来は暗い。
要はブラック企業がこの国のトップだと言う事が解ったわけなのだから。
私はこれまで一流の企業に入る為に努力に努力を重ねてきた。ただ学歴が高いだけだと
だからそう、この企業に最も
それなのに、クレペリン検査と言うわけの分からぬものの所為で。
今までの努力が水の泡。
こんな会社は間違っている。
こんな会社がトップに居る社会は間違っている。
その社会を許すこの国も、世界も、何もかも間違いだらけだ。
私はこの間違いを正さなくてはいけない。
何が何でも。
だがしかし、私は入社できなかった身である故、内部から間違いを指摘する事は出来ない。残された手段としては……。
私は、私が入るはずだった会社の中の人気の少ない場所に身を潜めていた。
「よし、セット完了だ」
最後の仕上げにボタンを押すとデジタルタイマーに30:00と赤い数字が表示された。この数字がゼロになる前に逃げ切れば私の作戦は成功する。
――29:59、
――29:58、
――29:57……。
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