マスクで顔を隠して〜サボる蟻って、なに?
マスクがウザい。
ずり落ちるし、カッコ悪いし。
新型コロナで毎日たいへんだ。
見えない相手と闘い続けている。
自分の手にウィルスがくっついていないか、常に心配。
社会がどうなってしまうのか不安。
終わりそうにない灰色の抑鬱。
「コロナにかかっても大丈夫でーす。病院にはベッドが豊富にあって、たくさんの優秀な医者がいて、十分な器材や薬剤があって、あなたはちゃーんと治りますよ! 安心してコロナに感染して抗体を作ってください!!」
なーんて状態ならまったく怖くないのに、実際は正反対。
病院には余裕がないのだ。
大都市の病床に、もう空きがないのだ。
肺炎になって苦しくても、酸素をもらえないかもしれないのだ。
重症になってもICUに運んでもらえないかもしれないのだ。
だから、どんどん増える感染者数を抑え込まなければならない。
感染していないひとは、感染者と接触してはならない。
感染者から出た唾液を手につけてはならない。
だから外出しない。
外出しないと → 経済がダウン。
→ 給料がダウン。
→ それどころか、失業。
→ 日本の国力が、↓↓↓ (外国も同じ)
ここで、マコトは思った。
「病院にベッドの空きがたくさんあったらよかったのに」
さらに。
「手の空いている医者がたくさんいたらよかったのに」
でも、すぐに自分をバカだと思った。
なぜなら。
空きベッドが10%もあるような病院は、赤字経営だ。
20%もあれば、大赤字だ。
入院患者で埋まっていないそんな病院は、新型コロナ出現以前につぶれてしまっている。
仕事のない医者が遊んでいるような病院も、とっくに淘汰されてしまっている。
病院の経費で大きいのは人件費。
給料なしでもいいよという医者はいない。
普段は別の仕事をしていて、イザというとき医者になるなんてひとはいない。
マコトは、ふと思い出した。
「蟻って、スゴいよね」
蟻さんたちは、なんと、常に余剰の戦力を温存しているのだった。
ひとつの巣で働いている全員の蟻の構成は以下の通りだという。
よく働く蟻が20%、普通に働く蟻が60%、全然働かない蟻が20%。
2割の者が手が空いている状態。
このサボっている2割を巣から取り除いたら、残りの蟻たちは同じように働き続けるかというと……。
残った働き者たちの中の2割がサボりはじめる。
2割がよく働く。
6割が普通に働く。
やっぱり、2:6:2。
そこで、サボってばかりいる蟻だけでコロニーを作ると。
2割よく働き、6割が普通、2割がサボるようになる。
2:6:2。
どうやっても、2割がサボる!
よく働く蟻は、疲れてしまって休むこともある。
全員が一斉によく働くと、同時に弱くなったり、いっぺんに休んだりするので都合が悪いのかもしれない。
あるいは、緊急の事態に追加勢力が必要になることもある。
また、任務で外に出払った蟻たちが全滅した時に、巣にいたサボり蟻が生き残ってコロニーを存続させる可能性もある。
そうやって、サボる2割がいるコロニーが生き残った結果、淘汰を免れてここまで来たと考えられるのだった。
何億年をかけて。
人間の歴史は、たかだか数百万年。
これから何度も何度も淘汰の機会が訪れるだろう。
神様に試されるだろう。
新顔のウィルスや細菌などの病原体が、呼びもしないのに挨拶しに来るだろう。
サボってばかりで憎たらしい給料泥棒を、常に雇っていたほうがいいのだろうか。
赤字の病院を、巨額の税金で助け続けるのが利口なのだろうか。
けれど、自分もサボっていいんだと思うひとが増えたら、真面目に働くひとが減ってしまわないかな。
赤字でもいいのなら、経営努力しなくならないかな。
ほかの黒字のところは不満に思うだろうな、頑張らなくなるだろうな。
みんな完全に援助されている社会になれば、全員が安穏として、競争もなくなって平和になるけど。
でも、一生懸命に努力するひとが減りそうだよね。
ここに至って、マコトは疑問を抱いた。
「人間を生き残らせるのは、何のため?」
人間社会を存続させるため?
種を絶滅させないため?
自分の遺伝子を後世に残したいから?
人類をもっと繁栄させたいから?
マコトは思いついた。
人間にとっては、生き残ることだけが至上のものじゃないよね。
ひとりひとりにとって一番大切なのは、幸せになることだよね。
自分と誰かが。
「なら、それほど怖くないじゃん、新型コロナ」
なぜなら。
マコトにとって、幸せになる方法はいくらでもあるのだった。
よし!
と、マコトは決意する。
「幸せのために、ぜったいコロナから逃げるぞ、とりあえず」
マコトは、ずり落ちたマスクを指先でチョンとつまんで直した。
ほんとはその指を消毒しないとダメなんだよな〜、と思いながら。
マコトが考える、世界のなぞ 瀬夏ジュン @repurcussions4life
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