途切れた轍の続きを
「さてと、準備はこんなもんか」
ここにいたのは三年と少し。その間に俺の私物もこんなに増えていた。とはいえこれからは役に立たないものも多い。ほとんどはみんなにやることになるだろう。
「こいつは、こんなとこに置きっぱなしだったのか」
ミスリル製の脛当て。俺が勇者候補生だったときにつけていたものだ。魔王城に乗り込む直前だったから、ウェルネシアの鍛冶職人が願いを込めて作った間違いなく一級品の装備だ。
軽装の格闘家は剣士や騎士のように鎧を着込むようなことはない。戦闘の邪魔にならない場所に少しでもマシになるようにこうして装甲をまとうことになる。
ここに来てからは周りよりいい装備をするのはなんとなくためらわれて使っていなかった。一人だけ硬い防具をつけていたら、まるで自分が弱く見えるっていうのもあった。黒い風を受けてからは防具なんていらなくなったしな。
「ユーマさん、準備はできましたか?」
「あぁ。そんなに面倒なものはない。必要なものはわかってるしな」
「ユーマさんはそういうところは慎重ですよね」
そういうキラはずいぶんな大荷物だな。消耗品は基本的に街によるたびに補給するから少なくていいぞ。
「乙女はいろいろと大変なんですよ。荷物も増えるんです」
「何も言ってないだろ。それに大変ならついてこなくていいんだぞ」
「それは別の問題です。お目付け役がいないと困りますから」
そのお目付け役とやらがついて困るのは俺なんだが。どうしてこんなことになっちまったのか、なんて振り返ってみると、もとをただせばこいつを拾ってきたのは俺自身だ。最後まで付き合ってやらなきゃならないんだろうな。
部屋を出ると、いつもの三人が待っていた。チタン、マンガン、テルル。同室のチームとして一番長く一緒にいたやつらだ。
「部屋をひっくり返しちまって悪いな」
「本当に行くのか。なんだかんだユーマは頼りになったのになぁ」
「それ書類整理の話だろ」
「いや、そんなことないぜ」
目が泳いでるぞ、チタン。これからは自分の書類は自分でまとめろよ。
「いやいや、ホントに兄貴がいない間アジトがなんとかなったのはユーマのおかげだと思ってるぜ」
「もう兄貴はどこにも行かないだろ。大丈夫さ」
「俺様は金剛義賊団のモンドだからな!」
「その義賊団を何年ほったらかしにしてたんだよ」
政府でしっかり働いてると思ってたのに、絶望して牢屋の中に入っていたなんてあいつらが知ったらなんて言うか。
「ハッハッハー! そんなことはもう忘れたな」
「忘れんなよ。今度は何も言わずに出ていくなよ」
荷物を抱えて外に出る。見送りなんて恥ずかしいことしなくても、と言ったんだが、団員は全員揃っていた。
「次の町までご一緒していいのですか?」
荷馬車の鞭を携えたセレンがアジトの下で待っている。俺のせいで足止めされて、今は待たせているんだから悪いのはこっちなんだがな。俺はケガとは無縁だし、キラも法術は使える。法術師ばかりのパーティじゃ仕事がかぶって面白くないだろう。
それでもセレンがいてくれるのは助かる。なんてったってこっちは義賊といっても世間じゃせいぜい便利屋にしかならないはみ出し者だ。昔助けた商人でもいてくれればいいんだが、そう都合よく行く時ばかりじゃない。
セレンの名前があればそれだけでいくつかの町は俺たちを友好的に見てくれる。
「あぁ、どうせ目的もないしな」
「でもどうして急に世界を回るだなんて」
「俺にしかできないことがあるかもしれないからな」
魔王ペントライトは今度こそこの世界から消えたはずだ。だが、あいつは生まれた瞬間から魔王だったわけじゃない。世界のどこかに今も魔王の種はまかれているかもしれない。
だったら俺の仕事はそいつらに楽しい生き方を教えてやることだ。俺の命が持つ間は一つでも多く救ってやる。
「ふん、お前はいつも考えなしに行動するな」
「なんだよ、ギア。てめえもいたのか」
「俺は必要がなければこんなところには来ないがな」
セレンの法術で回復した体に傷はない。体勢が崩れていたとはいえ、俺の拳を受けてもピンピンしてるこいつがやはり勇者にふさわしいんだろうな。
「んで、何の用だよ?」
まさか見送りなんてことはないだろう。こいつはそんな気遣いなんて無意味の一言で片付けるだけだ。
「これを渡しに来た」
「なんだよ、これ。腕章?」
ウェルネシアの国章が描かれた緑色の腕章はどこかで見たことがある。ギアがつけているのは政府の赤の腕章。緑は衛兵たちがつけているものだ。
「政府の直属衛兵の腕章だ。これは政府の命令で動いている人間に与えられる」
「俺は政府とは関係ないんだが? まさか衛兵として雇いたいなんて言わねえよな?」
だったらもちろん断らせてもらう。そんなもん、俺の生き方には窮屈すぎて似合わない。
「お前は本当にバカだな。これがあればいくらかの無理は通る。必要な時に使え」
何かと思えば。ペントライト退治の礼のつもりか? っていうか俺は嘘でも政府の衛兵になるつもりなんてない。たとえここを離れたとしても、俺は金剛義賊団。あくまで義賊だ。
「いらねえよ。なんかてめえに顎で使われてるみたいで
「生き方が不器用なやつだ」
てめえは変に考えすぎるからときどき失敗するんだよ。それでも押しつけられた腕章をしかたなく受け取る。こいつと押し問答をしている時間はないからな。
「とりあえず目的地はどこですか?」
「荒野を越えた先。砂漠の町だな」
そこを選んだ理由も特にはない。ただ一番近い場所だったってだけだ。今は勇者候補生が旅をしていた頃と違って、平和だからな。どこにでも問題があるってわけじゃない。なければ次に行くだけだ。
「エルフの集落に置いていってやってもいいぞ」
「そうしたら一人で追いかけますからね」
恐ろしい脅し文句だな。俺が助けた命なんだ。もう少し大事にしてくれよ。
「んじゃ行ってくる」
「おうよ。気をつけろ、ってのはお前には不要な言葉だな」
「あぁ。土産話に期待しててくれよ」
荷馬車に乗り込む前に空を見上げる。晴れやかな旅立ちとは正反対の曇天。だが、厚い雲に覆われて真っ黒になった空は、まるで俺の一部のようで。俺は悠々と三年前に途絶えた旅の続きを今、歩み始める。
勇者失格と言われても、格闘家《モンク》は世界を救いたい 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka
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