あの日、残してきたもの

「さて、と」


 俺はギアへと振り返る。セレンもダマスカスもほっとした表情で俺に微笑んでいた。ルビーだけは不完全燃焼らしく不満そうな顔をしているが。


「今回の作戦はお前がいなければ成功しなかっただろう。それ相応の礼は用意するつもりだ」


「あぁ。こっちも欲しいものは決まってるからちょうどいい」


「わかった。では後日にでも」


 そう言って踵を返そうとしたギアを睨みつけながら、マギノワールを発動する。


「次なんて待ってたらおもしろくねえだろ。ここでやろうぜ」


「どういう意味だ?」


 表情は少し焦ったものだったが、剣を抜いて構えをとる。前は見下すような視線でふんぞり返ってたくせに変わるもんだな。


「魔王がいたせいでてめえとの勝負がお預けだったろ」


「お前はそんなことを本気で言っているのか?」


「当たり前だ。魔王を倒してもてめえに勝たなきゃ、俺はあの日を完全に清算することはできねえんだよ」


 魔王を倒した今ならはっきりとわかる。俺はあのとき、勇者になるパーティから追い出されたことが心残りなんかじゃない。ギアに負け続けている自分が許せなかったんだ。


 だから三年前の因縁は、ギアの顔を思いっきり殴ってやらねえといつまでも終わらねえ。


「昔はてめえが、今日は俺が魔王にトドメを刺した。格が落ちるってことはねえだろ。ごちゃごちゃ文句つけねえで本気で来いよ!」


「この大バカ野郎が! おい、お前の部下だろう。早く止めろ」


 ギアが俺の後ろに立つモンドに叫ぶ。だがモンドからはそれより大きな笑い声が返ってくるだけだ。


「ハッハッハー! ユーマが戦いたいって言ってんだ。どうして止める必要がある?」


「クソ。相変わらずおかしな物言いを」


 そう言って今度は自分の背中に立つ仲間に助けを求めるように振り返るが、セレンは呆れたように微笑んで首を振るだけだ。


「治療はしますわ。思いっきりどうぞ」


「諦めろ。ユーマの足からは逃げられない」


「ギアなら余裕っしょー。やっちゃえ!」


 どうやら向こう側にも味方はいないらしい。さぁ、逃げ場はねえぜ。


「どいつもこいつもバカばかりだ。致し方ない」


「そんなに気を抜いてると一瞬で終わるぜ」


 殺すつもりはない。だが加減もなしだ。剣を持っているならリーチで勝るなんてまさか思ってないだろうな。俺にとっちゃないのと同じだ。


 開始の合図はいらない。目が合った瞬間にお互いにわかった。


 ギアの横に回り込んでこめかみの急所を狙う。伸ばした拳が刀匠の打った業物の剣に阻まれた。


「お前こそ気を抜いているんじゃないのか?」


「やるじゃねえか」


 いくら業物でも真正面から俺の拳を受ければ薄い刀身は折れてしまう。あの速さの拳をガードしながら、力を外に逸らしている。とっさの守りじゃない。見えている。


「魔王がマギノワールを使ったのが初めてだと思うか? 俺はあれを一度破っている」


「それもそうだな。てめえが相手なら出し惜しみしてる余裕はなさそうだ」


 俺とペントライト。二人がマギノワールで強化したさっきの高速の戦闘にもギアは割り込んできたのだ。見えない道理もない。


 俺の口は自分でも知らないうちに笑みをこぼしていた。俺が勝ちたいと願っていた男は、紛れもなく世界最強の剣士だったのだ。そこを目標に積み上げてきた俺に間違いはなかった。


「俺はあいつと違って格闘の素人じゃねえぜ!」


 俺の武器はマギノワールじゃない。これはあくまでも俺の拳を支える補助でしかない。俺の武器は過去も今もこれからも信じて疑わないこの拳を相手にぶつける格闘の技術だ。


 左のまっすぐ、右を脇腹に伸ばし、体の捻りを加えてもう一度左を振り回す。


 どれが当たっても無傷では済まない。適当に受け流してなんて楽をさせるつもりもない。


 黒い連撃が剣を打つ。そのたびに刀身から悲鳴にも似た高い音が何度も響いた。


「守ってばっかじゃ勝てねえぜ!」


「なめるな!」


 剣を滑らせてのど元に突き刺す。刺さらないと分かっていても恐ろしいことをしてきやがる。危うく体をのけ反らせてかわす。それを読んでいたギアが空いた腹に左の掌底を伸ばしてくる。


「俺が剣しか使えないと思うなよ」


「知ってるぜ。よーく、な」


 俺より手札の数は多い。剣だけじゃなく空いた手からの突き、蹴り、体当たり。


 さすがに噛みついたりするようなラフなことはしてこないが、それでも俺より多彩であることには変わりない。


 そして冷静な判断ができる頭もある。考えれば考えるほど弱い理由が見つからない。


「降参はいつでも受け付けてやるぞ」


「はん、その余裕がいつまで持つんだろうな」


 ギアは強い。だが俺が負けるとは言ってねえ。


 あいつがいろんな技を身に着けている間、俺はぼさっとしていたわけじゃねえ。


 ただひたすらに、この握っただけの塊が世界で一番強くなると信じてきた。てめえがどんな技を使ってこようが、最強の技が一つあれば全部打ち砕けるはずだ。


「てめえの技が何個あろうが、これに勝てるやつがなきゃ同じ話だ!」


 俺はたとえ相手が魔王だろうが勇者だろうが、こいつを信じて殴りつけるだけだ。


「いいだろう。試してみろ」


 前に前にとお互いにぶつかり合っていた勝負から、ギアが大きく飛び退いた。逃げたんじゃない。剣に有利な場所に俺を誘いこもうとしている。だけど関係ねえ。


 俺が駆け引きなんてやったところで、ギアに勝てるはずないんだ。だったらまっすぐいって全力でぶっ飛ばす方がいい。


 拳を強く握る。


 ギアは剣を背中に隠すように構えている。どっから斬ろうが同じことだ。どっちがより強いか。結果を決めるのはそれだけだ。


「おっらぁ!」


 担ぐように振り下ろされる剣。全体重と踏み込みを乗せた全力の一閃。ギアらしくない。考えなしの力任せの攻撃。だが、こいつは真正面からやっても弱いやつじゃねえ。相手は勇者だ。全力で応える。


 切っ先と拳が交わる。硬化した肌にぶつかって火花が散った。高等モンスターも切り裂く一振りをごまかしもせず受けてたつ。


 均衡が破れる。勝ったんじゃない。ギアが力を抜いただけだ。これだけ派手にやっておいてフェイントなんて。


「てめえはあいかわらずだな!」


「なんとでも言え、バカが!」


 俺の体勢が大きく崩れる。つんのめるように体が前に傾く。そこに狙いすましたギアの拳が伸びてきた。


 なめんじゃねえぞ。拳は二つあるんだよ。体を強引にひねる。お互いの拳が相手を捉えたのはまったくの同時だった。

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