ターニングポイント

大臣

「祥子先輩に告白しようと思うんだ」


 幼馴染の松下圭吾が、帰り道にそんなことを口走るものだから、私は思い切りズッコケてしまった。


「ちょっ、あかりちゃん、大丈夫?」


 幸い、転ぶことはなかったので、


「う、うん。大丈夫」


 と、一応まともな受け答えができた。


「へ、へー。祥子先輩にねー。すごいじゃん、応援するよ」


「……灯ちゃん、バカにしてる?」


 どうやら顔が引きつっていたようで、それをバカにした笑みと勘違いしたらしい。


「全然!」


 そう言って私は両手を振る。


 引きつっていたなんてバレていたら、あまりに辛い。


 ————————————————————


 ここ村野学院には、全国有数の設備と実績を持つ地学部がある。


 砂金取り大会の優勝経験もあるし、モデルロケットの大会もまた然りだ。


 特にすごいのはプラネタリウムがあること。これを目当てに来る学生もいるぐらいだ。


 もちろん、プラネタリウムの維持費はバカにならず、そこには学校の援助がある。


 それ故に、村野学院地学部の部長に求められる技量は半端ではない。


 その部長を務めているのが、君野祥子。今私たちの目の前で、冬休みの計画に関して話している気の強そうな先輩で、松下の思い人。


 私たちの目の前で話している彼女の姿は、はっきりとわかるけどカッコいい。威厳があるとか、凛々しいとかではないけれど、なんとなくカッコいい。


 そんな人と、私は戦わなければいけないのだと思い、すこしため息をついた。


 勝てるわけ、ないじゃない。それに私は、勝てない勝負はしないタイプ。だから今回も、素直に身を引くつもりだった。


 ———なのに


 胸の中で渦巻くこのモヤモヤは、何?


 私は一体、どうしたらいいの?


 ————————————————————


「じゃあ、また」


 村野学院には、二つの路線が違う最寄駅がある。私たち部員のうち、部長だけが、ひとり、別の最寄り駅をつかうので、松下にとっては都合が良かったのだろう。


「それで、どうやって祥子先輩に告白しましょうか」


 どうやら私に話が来たのは一番最後らしく、異議を挟むやつはいなかった。


 それが、少しだけ悔しいと思うのは気のせいだろうか。


「やっぱりプレゼントとかですかね」


 と、松下は言うけれど、それにはすぐに反論が来た。


「それは微妙では? なんとなくですが、物で釣られるタイプじゃないかと、あの人は」


 彼女の名前は高城涼、空手部との兼部のため、普通の活動の日に顔を見かけるのは稀だ。


「それはそうだな、あの人は多分、即席で用意したものより、しっかり準備したものを好む」


 そう口を挟むのは河埜健介と言って、私達の中で、唯一、中学時代に地学部を経験している。


「でも、誕生日まで日がないですよ。そんな準備は……」


 そんな風に、悲しげに言う松下の顔を見ていたら、なんの悪戯か、逆転の一手を思いついてしまった。


 いいの?


 これは私自身を邪魔してしまうのよ?


 でも、そんなことより、


 私は、


 松下に笑っていて欲しい。


「ねぇ……」


 私が話したことは、みんな笑って受け入れてくれた。きっと彼の告白は成功するだろう。


 これでいいんだ。


 これでいい。


 そのはずなのに、私のモヤモヤは消えない。


 そんなままで私は、決行日の前日を迎えてしまった。


「灯ちゃんまたね!」


 そんな風に言ってくれる友達がいるのだから、私はまだ幸せなはずだ。


「またね!」


 大丈夫、まだ笑える。


 なのに、


「いいのか?」


 そんな風に、私をかき乱す声がする。


 声がした方を振り向くと、そこには河埜が立っていた。


「何がよ」


「だからさ、松下のこと」


「え?」


 驚いて、表情が凍りつく。河埜は呆れた故にため息をついた。


「気づかれていないと思ってたのか? 池の魚は池の形を知ることはできないとは、このことだな」


 そのことわざ風な何かを言われて、少し冷静になれた。


「何それ。それに、私は負ける勝負はしないの」


「そんな表情でよく言えるな。もどかしさがでてるぞ」


 え、と思い、顔を手をやるが、特に変化はない。でも、自分自身の反応で、自分の感情がわかった。


「……あんたにわかる?」


 この辛さが、あんたにわかるのか?


 好きな人に笑っていて欲しいのに、それをするのが自分じゃなくて、どうすればいいかわからなくて……。


「わかんねーよ。僕は恋したことも、恋する気もないからな」


 でも、これだけは言える。そう彼は断言する。


「今ここで逃げ出せば、一生後悔するぞ」


 その目には、嘘とか、虚飾のまじりっ気はなく、ただまっすぐな光があった。


 それを見てられなくて、私は顔を背けた。


 また、ため息が聞こえる。


「マジックアワーが始まるな」


 え?


「今なんて?」


「マジックアワーだ。光の入り方が美しく、綺麗なシーンを撮るには最適な瞬間。知らないか?」


 私は首を横に振る。河埜はそれを鼻で笑うと、


「もしかしたら、魔法にかかるかもな」


 そう言い残して去っていった。


「魔法、か」


 そう呟いた瞬間、私は隣のクラスに走っていた。


 そう、まだいるはずだ。


「圭吾っ!」


 久々に名前で呼んだ。中学生ぐらいから、なんとなく気恥ずかしくて呼んでいなかった、彼の名前。


「灯ちゃん!? どうしたの?」


 突然の来訪に驚いたようで、彼は目を白黒させている。


 あ、やばい。マジックアワーなんかにつられたから、なんも考えてない。


 でもその瞬間、夕日があまりに綺麗に、私達を照らした。


 仕方ないよね。


 私は息を吸い込んだ。


「好きです。幼馴染としても、一人の異性としても、好きです」


 いつか、どこかで考えていた、ロマンチックさなんてない。単なる直球だ。


 答えもわかりきっている、負け戦だ。


 でも、後悔はない。


「……ごめんなさい」


「ふふっ、だよねー!」


 思わず笑いがこぼれた。もう、胸のなかのモヤモヤはない。


 そうか。


 魔法にかかるかもしれないのは、彼ではなく


 何も言い出せなかった私か。


 私はまたふふっと笑う。


 あの魔法使いには感謝しないとな、そんな風に思いながら。











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