戦場の騎士
それからしばらく、ツクモ屋の工房にて。
「これがさっきのと同じ素材……」
ムラのある翡翠色の、ぐるりと斜めに揺れるフリルとドレープの美しいワンピースドレス。
背中、そして右肩から胸元の大きく開いたワンショルダー仕様。お腹の辺りが透けていてかわいらしいおへそが覗いている。
シャロンがくるりと回ればふわりと裾が膨らみ、ゆっくりと落ち着いていく。
「さっきより動きやすくて、随分と軽い気がします」
「エルフの民族衣装をイメージしてみた。軽く感じるのはパターンもあるが使ってる素材の量が違うから当然だな。そして美しいお姫様には、これを」
そう言ってタクミは自身が身に着けていた四大属性のネックレスをシャロンの首に掛け、満足げに笑う。
「うん、よくお似合いだ」
「これは?」
「四大属性から身を守るネックレス。アクアリステは魔法がメインだ、物理回避を上げても魔法で攻撃されたらどうしようもないからな」
「こんな便利なものまであるのですか。それにしても、美しいですね……」
そう言ってシャロンは四色の宝玉をうっとりと眺めているが、その姿こそ何よりも美しい。セクシーだが品のあるドレス、高い位置でまとめた艶やかな黒髪。さながらエルフの姫である。
嬉しそうなシャロンを満足げに見つめ、タクミは言う。
「でも避けられそうなら自力で避けてくれ。武具もアクセサリも所詮は道具、要はどう使うかだからな」
「はいっ!」
嬉しそうに返事をしてすぐ、しぼむようにシャロンは申し訳なさそうな顔をした。
「……でも、本当によかったのですか? 自分で言うのもなんですが私、きっと何のお役にも立てませんよ?」
「シャロンが弱いのは分かってるし正直全然連れていきたくないけど?」
「うぐっ!」
「でもシャロンも一緒じゃなきゃロロが協力しないってごねたからね。仕方ない。それより騎士団的には大丈夫? 完全に独断専行だけど」
「……私は今、休暇扱いですから。指示を受けられる立場にもいないのです」
「そっかそっか。ま、どうでもいいか。じゃあロロ、アクアリステまで頼む」
「タクミ。ちょっと待って」
「うん?」
タクミの袖を引っ張り、ロロは口元に手を当てた。屈み込んだタクミはロロの口元に耳を近付ける。
「(四大属性のネックレスはタクミが着けておくべき。さすがに危険)」
「(シャロンちゃんを連れていくって言い出したのはお前だ。俺はお前が守れ)」
「(……分かった)」
しぶしぶ了承したロロの髪をぐしゃくしゃして、タクミは立ち上がり朗らかに言う。
「よし! じゃあ張り切っていきますか!」
「はいっ!」
「と言う訳で、ここに魔方陣があるな?」
「ロロさん描いてましたね。魔法はさっぱりなので、どういった意味合いがあるのか分かりませんが」
「これは風属性のすごい魔方陣で、こんな事もあろうかとアクアリステにもこっそり同じのを描いてきた」
「ほうほう」
「この上に立ってロロが魔方陣を起動させると、アクアリステの魔方陣まですごい速さで飛べる仕組みだ!」
「それはすごいですね!」
「そう。私はすごい魔法使い」
ひどい茶番だが、ロロの時空術は秘中の秘である。先のヘルハウンド戦でも使っていたが、シャロンは何の疑問も抱かなかったようなので魔法の知識がないのは織り込み済みだ。
「じゃあさっそく突撃だ!」
シャロンの手を取ったタクミがロロと手を繋ぎ、そして三人の姿が消えた。
三人が現れたのはアクアリステの政治中枢、大聖堂近くにある噴水の広場。ロロの転移術は自身が一度訪れたところに限りどこにでも転移できる。つまり、いきなり敵の本丸前だ。
当然、警戒は厳重だろう。タクミは転移した瞬間に握っていた二人の手を離し、腰から二本の赤黒いダガーを抜いたのだが。
「…………あれ?」
意外にも、アクアリステの騎士は大聖堂の門前にたった一人だけだった。
しかし、以前話した口の軽い門番ではない。
明るい栗色の髪を黄色いリボンで横に二つ束ねた、セパレートタイプの甲冑を着込んだ少女――
魔法騎士ジュリエットだった。
忘れもしない、初めて命を賭して戦った相手であるジュリエットに気付き、シャロンは大きく目を見張った。
「ジュ、ジュリエットさん!?」
「私はあんたに負けたと思ってないわよ。私が負けたのは、そこの姑息な武器職人」
短剣をタクミに向け、ジュリエットは忌々し気に吐き捨てる。
「まさか本当にスパイだったなんてね。小さな子供まで使って私を騙そうなんて、いい度胸してるじゃない」
詠唱を極限まで短縮したランダム魔法を操るジュリエットの短剣は、標的の指定を意味する。
つまり、タクミ達は既にロックオンされている。ジュリエットがたった一言詠唱すれば、何が発動するかは分からないが確実に水の攻撃魔法が発動する。
アクアリステは水と黄金の国だ。
大聖堂が幅広い水堀に囲まれているのはもちろん、主要交通網は水路であり、タクミ達の後ろには噴水がある。
当然、水が多ければ場は水属性を帯びる。すべての水魔法は強化される。他に騎士がいないのはランダム魔法による巻き添えを避けるためか。
「……うーん」
次の瞬間には水の攻撃魔法を喰らっているかもしれない状況で、しかしタクミは目を落とし、見上げていたロロと目を合わせた。
「言い忘れてたけど誰も殺すなよ。お前まで『赤い翼』に楯突く事になるからな」
「分かっている。少しでもタクミが危ないと感じたらすぐに連れて逃げる」
「お前のすごい風魔法は触れなければ発動できない、一度でも訪れた事にある場所にしか行けない。そうだな? 指一本触らせねえよ。言っとくけどお前がシャロンを連れていくのは同意したが、俺がお前を連れていくとは一言も言ってねえ」
「この期に及んで詭弁とはいい度胸。タクミ、正妻の恐ろしさを教えてあげる」
「ざっ、雑談してんじゃないわよ――――――ッ!!」
ジュリエットから盛大なツッコミが飛んできた。
しかし、その言葉は詠唱ではない。
ランダム魔法の短縮詠唱は最短で『水よ撃て』だ。
「分かってるって。俺達が現れてすぐ攻撃できなかった事も、子供好きだって事も」
「私は子供ではない。大人の女」
雑談の続きは、ジュリエットの後ろから聞こえた。
ジュリエットの真後ろに二人は転移していた。ほぼ同時、タクミはジュリエットの白い喉元に赤黒いダガーの刃を当てていた。
「………………っ!?」
タクミとロロの符丁に、一つでも気付けただろうか。
息を呑んだジュリエットの耳元で、タクミは冷徹に囁く。
「アルフと教皇の居場所を教えろ。今から五つ数える。五」
「……待って!」
「三」
「教皇様の居場所は私も知らない!」
「二」
降参を示すように両手を挙げていたジュリエットが、小さく息を吐いた。
その息は諦めを含んでいた。諦めて、茫然と立ち尽くすシャロンを見据えていた。
しかし次の瞬間。
白い首からすっと赤い鮮血が噴き出た。
ジュリエットは勢いよく振り返りながら、真後ろへと鋭く叫んだ。
「水よ撃」
しかし。
最短最速の詠唱は、叶わなかった。
ロロと共に、ジュリエットの姿が消えていた。さらさらと静かな水音だけが聞こえていた。
ダガーを下ろし、タクミは呟く。
「……新米のお嬢様でも騎士は騎士か。立派なもんだ」
「タクミさん、大丈夫ですかっ!?」
どれだけ状況を理解できていただろうか。少なくとも確実な危険が消えた事ぐらいは理解できたのだろう。シャロンは不安そうな声を上げて駆け寄ってきた。その顔を眺めタクミは言う。
「あんまり大丈夫じゃないな。ロロは初めから俺だけにシャロンちゃんを押し付けるつもりだったらしい。くそ、あいつの方が一枚上手だったか」
ロロの時空術は詠唱を必要としない。
あくまで同行するつもりなら、ジュリエットと転移した次の瞬間には戻ってくるはずだ。
ロロがいれば、ひとまずシャロンの命は保証される。
いなければタクミが守らなければならない。まさか置いていく訳にもいかない。
「……えーっと、あの……?」
しかしシャロンには理解が追い付かない。小首を傾げたまま固まってしまった。
「仕方ない。何もねえよりはマシだろ。シャロンちゃん、これ持っててくれる?」
そう言ってタクミは腰から赤黒いダガーを抜き、シャロンに握らせた。
「……これは?」
「双頭竜のツノから作ったダガー。言っとくけど戦わせるために渡したんじゃないからね? あくまで念には念を入れて念のためだから。少しでもシャロンちゃんが危なくなったらゼルテニアまで戻るからね」
「私達だけで進むつもりなのですか!? 無謀です!」
「じゃあ引き返そうか? 定石通りなら国境沿いが一番守りの数が多いし、『赤い翼』には業炎竜って厄介な竜がいる。難易度で言えば戻る方が難しいんだけど」
「……ロロさんはどこへ!? すごい風魔法で戻って来られるのでは!?」
「多分どっかから見てるんだろうけどな。俺が降参したらすぐ安全な場所まで転移させてくれると思うよ」
「すぐ降参しましょう! タクミさんだけならともかく、私のような足手まといを連れていてはどうしようもありません!」
「いやいやいやいや」
あり得ない、そんな風にタクミは手を振った。
「危ないから帰ろうとか、無謀だからやめようとか、そんな甘い覚悟じゃないんだよ。いいかいシャロンちゃん。これは戦争で、ここは戦場なんだ」
タクミが諭すようにそう言って、シャロンは言葉を失った。
シャロンは騎士だ。祖国ゼルテニアを護る誇り高き騎士団の一員だ。
考えが甘かった。
甘過ぎた。
俯き、唇を噛んだ。細い肩は小さく震えていた。
その肩に触れようとして、しかし触れず、タクミはシャロンに背を向けた。
黄金に飾られて聳え立つ大聖堂はとても静かだ。
「さっきジュリエットは教皇の居場所は知らないって言ってたよな。普通に考えても戦争中に普段と同じ場所にボスがいるはずないんだけど、アルフの事だからな。裏の裏のそのまた裏をかいてくるかもしれない。どうする?」
「……行きましょう。私も戦います」
背を向けたままタクミは笑顔を浮かべた。
「さっき戦うなって言ったばっかりなんだけどね? 俺がかっこいいとこ見せちゃうと思うけど、その時は惚れてくれて構わないよ」
軽口を叩いた次の瞬間、タクミは大聖堂の巨大な正門を蹴り破った。
最強の傭兵団を抜けた男が反旗を翻す物語 アキラシンヤ @akirashinya
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