第2章『戦士たち』
第6話 掌握
北見、足立、吉川、厳島、橘の5名を仲間に迎えた祐介は、現状を確認するために視聴覚室のドアを開けた。
そして一目見るなり確信した。『こいつらはダメだ』と。
まずもって抵抗の意思が完全に萎えている。視聴覚室に入った祐介たちを見るその表情には色濃く諦観が浮かんでいて、これが『奴ら』であったならろくな抵抗もせずに全員死んでいただろう。
「いやあ、揃いも揃ってよくもまあ」
思わず笑ってしまった。
「アンタ、稲葉? その格好どうしたのよ」
部屋の隅で身を寄せ合っていた女生徒のひとりが立ち上がる。祐介のクラスメイト、芹沢加奈だった。
薄化粧に飾り気のないピアス。こざっぱりとしたショートヘアを明るい茶色に染め、スカートを折り返してミニスカートにしている。いつもクラスの人気者にくっついて笑っている、よくいる取り巻きのひとりだ。
「ああ、ちょっとね。とりあえず一通り校舎を回ってきたけど、たぶん生き残りはここにいるみんなで全員だ。他は死んだか、敵になった」
淡々と言いながら、北見を降ろす。
「まだ痛むかな」
「少し……」
「うん、しばらく安静だ。よく頑張ったね」
北見の肩を叩くと、厳島の指示で部屋の中に積み上げられていたロープの束に視線をやる。
「厳島さんか」
「はい」
「今後の方針を決めたい。準備室に来てくれ。橘さんと足立さん、吉川さんはバリケードの作成を頼む。くれぐれも気を付けてくれよ。何かあったら遠慮なく逃げろ」
「了解であります」
橘が冗談めかして敬礼すると、二人もそれにならって材料を手に視聴覚室を出て行った。
「ちょっと、いきなり何なの!? 何を始めようってのよ」
芹沢の言葉に、準備室に向かっていた祐介は心底面倒くさそうな表情で振り返る。
「決まってるだろ。『奴ら』をここから叩き出す相談だよ」
「叩き出すって……まさかアンタ、あのバケモノと戦う気なの?」
「まあ、救助が来るならそれに越したことはないけど、何の準備も無しに籠城できるほど敵も優しくないだろ。できることは試してみるさ」
言いながら、祐介自身は救助をまったく期待していなかった。
学校という設備はもともと防衛に適している。高低差があり、備蓄もあり、建物は頑丈そのもの。立地も良く、まさに現代の要塞と呼ぶにふさわしい。それがたった小一時間でこの有様だ。どう考えても、よそのほうが忙しい。
だからこそ、団結して迎え撃つならばこれ以上の条件はない。幸いにして裕介の通う稲代第二中学は災害避難拠点のモデルケースであり、自家発電装置に濾過装置、数千人規模の避難民が最低一週間は生活できる備蓄がある。
「戦う気が無いならせめて足を引っ張らないでくれ」
青ざめた芹沢に一方的に言い放つと、祐介は厳島を促した。
「稲葉さんは、本気でこの状況をどうにかするつもりなんですか」
「なんだ、厳島さんは違うのか」
「いえ」
厳島は優等生然とした大人しそうな外見に似合わない、獣じみた笑みを浮かべた。
「本気でなければこの状況はどうにもなりません。それに、私ひとりでもどうすることもできない。この状況をどうにかできると思っている人がこんなにいたことに驚いているんです」
「まあ、いざとなったら女の子たちの尻も叩いてどうにか使えるようにするよ。それより今は情報を整理することが先決だ」
「はい」
祐介は準備室の片隅に置かれていたホワイトボードを引っ張り出し、とりあえず自分が見聞きした範囲での所見を書き出した。
「仮に『奴ら』と呼称する敵性生物の特徴は、まず動きは俊敏じゃない。最近は走ったり跳んだりするタイプもよく見るから、そうじゃないのは非常に助かる。力は強いが、まったく抵抗できないほどじゃない。何故かは不明だが、噛まれると死ぬ。そして『奴ら』になる」
「新種の生物兵器でしょうか」
「まあ、正直理由はどうでも良いけど、仮に感染だとしたら飛沫感染や空気感染や接触感染の危険性は低いと思うね。北見さんは『奴ら』に足を掴まれたけど、今のところ『奴ら』になる兆候は見られない。返り血も盛大に浴びたけど、大丈夫みたいだ」
淡々と報告する裕介の言葉にうなずきながら、厳島がふと動きを止める。
「まさか、その経過を観察するために北見さんを」
「それもある。それだけじゃないけどね。実際、北見さんはああ見えてきちんと『戦える人』だ。貴重な戦力として勘定に入れてるよ」
「そうですか」
それ以上追及しない厳島を見て、祐介は静かに笑みを湛える。本当に聡い子だ、と。
彼を知り、己を知れば百戦を以て危うからず。古今東西、兵法の基本は情報戦だ。よくわからない敵とやみくもに戦うのは自殺と変わらない。それと同じように、自らの手の内も正しく把握しておく必要がある。
「あとは『奴ら』の行動パターンと索敵能力を調べる必要があるな。どうやって『奴ら』と生きた人間を識別しているのか。その程度の知能はあるのか、視覚は、聴覚は、嗅覚は。いやあ、わからないことだらけだ」
「調べるのはそう難しくありませんよ」
「うん?」
「それぞれ感覚を破壊して反応を確かめれば良いんです。視覚は強い光。聴覚は大きい音。嗅覚は刺激物でそれぞれ破壊できます。幸い、ここは学校ですから材料は揃ってます」「すばらしい」
祐介は手を叩く。
「それならすぐにとりかかろう。時間が経てば経つほど対処が遅れる」
「ただ、問題がひとつ」
厳島の表情が陰った理由は祐介にも想像がついた。
「材料の場所か」
「はい。理科準備室にすべての材料は揃っていますが、理科準備室は東棟、反対側の2階です。現状、4階はほぼ安全ですが、2階は『奴ら』の手に堕ちたと考えるのが自然でしょう」
祐介は顔の前で両手を合わせ、伸ばした親指を顎に添える。まるで拝むようなそのポーズは、祐介が考えごとをするときの癖だった。
「吉川さんを使おう。大人数で行っても目立つだけだし、ここの守りも考えて足立さんと橘さんは置いていく」
祐介の見立てでは、単純な戦闘力は吉川が一番高い。次いで足立。そこに祐介と橘が続くが、正直両名が別格なだけでそれ以下は五十歩百歩だろう。ただ、厳島はどう見ても頭脳労働が専門であり、直接戦闘に向いているようには見えない。そうなれば護衛である吉川の負担はこれ以上増やせない。
「足立さんなら留守を任せても安心だろう。指揮を執れるレベルの人間がこれだけいてくれたのは本当に幸運だった」
「わかりました。必要な物資をリストアップします」
「ああ、必要な物資で思い出した。これだけの人間が寝泊まりするなら食糧だのなんだのも引き揚げないとダメか。どうしたもんかな」
「ひと晩くらいなら問題ないのでは?」
「そりゃ、僕らはね。問題は視聴覚室の隅で固まってる女の子たちだ。ただでさえギリギリの精神状態のところに飲まず食わずで野ざらしにしておいたら間違いなく発狂者が出る。現状、そんなのの相手をしている暇は無い。それに、籠城するなら人手はひとりでも多く必要なんだ」
極限状態の時に正気を保っていられるかどうかというのは非常に重要なウェイトを占める。そして、それほどまでに人間という生き物は追いつめられると簡単に正気を失う。
祐介をはじめとした数人が異常なほど冷静なだけであって、今この瞬間も刻一刻と一般人である生徒たちの精神は削られている。数人であれば制圧は難しくないだろうが、連鎖的に崩れ始めたらもう止めようがないし、制圧にも人手を割かなければならないのだ。
「仕方ない。班を二つに分けよう」
西東京ゾンビパラダイス 稲岸ゆうき @inagishi
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