2-29 探偵の使命
「どうして、裁判が始まったとき、グレン団長は、私の嫌疑を晴らそうと証言席に立ってくれたのでしょう。私がレイチェット様の思惑どおり、犯人として捕らえられていれば、自分の罪を背負わせることも出来たはずですのに……」
城門前の広場で、テセラが口にした。目の前に立つホームズは、
「それは、本気でテセラさんを救おうとしたからですよ。自分の罪を暴かれたくなかったことは本当でしょうが、無実の人が冤罪に陥れられてしまうことにも我慢ならなかったのだと思います。グレン団長は、そういう人でした」
「そう、そうですよね」テセラは滲んだ涙を拭うと、「ホームズ様、ワトソン様、また、いつでも遊びにいらして下さい」
「ええ、ぜひそうさせてもらいます。ルドラはいい街ですね」
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。
「これから……」顔を上げたテセラに、ホームズは、「『石化王子』はどうなるのでしょう?」
「……分かりません」
テセラは首を横に振った。
ホームズの推理とグレンの自白により、『石化王子』はアストルではなく、その双子の兄弟、クレイドルであることが分かった。そもそも、その双子は、入り嫁であるアレイドラとグレンの浮気の果てにできた子であるため、すなわち、イルドライド王家の血は全く引いていない子供ということになる。このことから、本来「石化王子アストル」が持っていた次期国王第一候補という肩書きは、自動的にラムペイジに移った。
「石化王子」とされていたクレイドルも、実は毒に侵されてなどいなかったことが判明したため、
レイチェットとファスタードに対しては、無実のテセラに罪を着せようとしたことで裁判に掛けられ、判決により懲役刑となった。投獄されて以降、二人は人が変わったように消沈しており、週に何度かのラムペイジとの面会を心待ちにするようになっているという。この親子の関係は、むしろ今のほうが良好になったのではないかとも言われている。
王立騎士団は副団長のチャージャーが団長を務めている。暫定的な措置ではあるが、このまま正式に騎士団長を襲名することは確実視されている。チャージャーは前団長の意向を全面継承し、これまで同様、身分、人種無関係に騎士団の門を開き続けることを早くも宣言している。
「さてと」ホームズは両腕を上げて大きく伸びをすると、「俺たちも帰るか」
「そうだね。報酬もたっぷりいただいたし」
ワトソンは、ほくほく顔で馬車に積まれた革袋を見た。
「では、テセラさん。お元気で」
ホームズとワトソンが客車に乗り込むと、
「はい。お二人も」
テセラは左手を振った。それを見たホームズは、
「ラムペイジ様と、お幸せに」
「……はい!」
満面の笑みで答えるテセラの左手薬指には、銀色の指輪が輝いていた。
馬車が城門を出る頃、
「本当に……」ホームズは顔に憂いを浮かべて、「本当に、これでよかったんだろうか」
「何が?」
ワトソンに問われると、ホームズはその表情に後悔を上塗りして、
「俺のやったことは、グレン団長や鉄仮面――クレイドルの、アレイドラ様に対する想いを無駄にしてしまっただけなんじゃないかってな。結果、グレン団長を死なせることにも……」
「それは違うよ」ワトソンは、ホームズの目をまっすぐに見て、「確かに、ホームズの推理で、アストル様はすでに亡くなっているという残酷な真実を暴くことになった。でも、あのままの状態がずっと続いていたら、どうだろう」
「どう、って?」
「グレン団長は、この先何度も罪を重ね続けていたんじゃないかな。解毒剤を作らせないため、収斂蠱毒の肝を奪い、破損させ、場合によっては、今回のように殺人に手を染めることもあったと思う。これまでは上手くいっていたけれど、あまりに回数が重なると、犯行が発覚してグレン団長は捕まっていたかもしれない。もしそうなったら、もう肝の破損を行うものはいなくなるわけだから、解毒剤が作られるのは時間の問題だった」
「俺が事件に介入しなくとも、遅かれ早かれ、『石化王子』の正体が明らかになるのは避けられなかったってことか」
「多分ね。そして、捕まったグレン団長は死罪になっていたと思うよ」
「じゃあ」ホームズは客車の天井を見上げて、「俺のやったことは何だったんだ?『石化王子』の正体が明らかになる時間を、少し早めただけか?」
「救ったじゃない」
「えっ? 救った?」
ホームズは視線をワトソンに向けた。
「そう」とワトソンは頷いて、「ホームズは救ったんだよ、将来、グレン団長が手にかけたかもしれなかった被害者を。それとさ、この先また収斂蠱毒の肝が城に持ち込まれたら、そのときは見ず知らずの冒険者じゃなくて、部下である騎士の誰か、それとも、もしかしたら、ラムペイジ様がそれを預かるということになっていたかもしれない。もし、そうなっていたとして、グレン団長が今度と同じように、その肝の番人を手にかけることになったら……」
「……」
ホームズが無言の答えを返すと、
「でしょ。救ったっていうのは、そういうこと。それと……」
「それと?」
「テセラさんも」
「……ああ、そう、だな」
「そうだよ」ワトソンは微笑むと、「それが、ホームズがこの世界にやってきた使命なんじゃない?」
「使命……」
ホームズは、自分の右手中指にきらめく指輪を見つめた。
「……そういや、お前」指輪から視線を剥がしたホームズは、「いったい、何者なんだ?」
「何が?」
「何がって……」
ホームズは、まじまじとワトソンの顔を見つめる。少年も、探偵の目をじっと見返して、
「僕は、ホームズの助手だよ」
「ふーん……」
顔を近づけたホームズは、
「な、なに?」
ワトソンがたじろいだ様子を見せると、
「……いや、違うな」
「えっ?」
「いいか、憶えておけ」ホームズは、もとのように座席に深く腰を沈めると、「ワトソンはな、探偵稼業ではホームズの助手だが、プライベートでは一番の友人なんだぞ」
「……そっか」
ワトソンは笑顔を見せた。ホームズも笑って車窓に目をやり、
「お城の豪華な晩餐もよかったけど、今はリタさんの料理が恋しいな」
「同感」
二人を乗せた馬車は、「ベーカー街221B」目指して、澄み渡る青空の下、雄大な自然が広がる大地を疾走していた。
「石化王子」――了
ファンタロジック・ホームズ ―異世界探偵事件簿― 庵字 @jjmac
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