第6話
「……童?」
男が捨をじっと見つめる。捨はそれを見つめ返すしかできなかった。ただただ固まっているだけしかできない。
「ふむ……小さいな」
男が指先で捨の頬をつつく。
「……思ったより柔いものだな」
何か男が言っているが捨には気にする余裕など無かった。しかし、男の次の言葉でそれは一変する。
「おい、段蔵!この童はどうした?お前の子にしては似ておらぬが?」
『段蔵』と男が言ったことに捨の意識が引き戻される。頬をつつく男の指を掴むと噛み付くように声を荒げた。
「おまえ!だんぞーになにした!」
男は大きく目を見開いた。それから顔を伏せると小さく揺れる。
「ふ……くく……」
今捨の命は男の気分一つで変わる。分かってはいたが、それでも言わずにはいられかった。捨は身体が震えるのも押さえ精一杯の虚勢を張る。
すると、男が弾けたように笑いだした。
「はっはっは!!これはまた勇ましい童だ!」
「な、なんだよ!!」
「いやはや、笑ってしまいすまんな!しかし……ふ……」
「なっ!なんだよー!!!」
捨はむきになり男の指を握り締める。だが、男は痛みを感じる素振りもなく、ただ笑うだけだった。
「ふぅー……久しぶりに笑ったわ。なぁ、段蔵!」
「はっ!」
するり、と段蔵が現れると男の前に膝を付き頭を垂れる。それを見た捨は目を瞬かせた。
「だんぞー……?」
丁度、男に抱えられているせいで捨が段蔵を見下ろす形になる。見たところ段蔵の髪が僅かに乱れている以外に変わったところは見受けられない。それを確認すると、捨は身体の力を抜いた。
「だんぞー、げんきそー……よかった……」
だが段蔵は一言も言葉を発さない。やはりどこかこの男に怪我をさせられたのでは、と不安になりだすと男が少し小さな声で笑い声を漏らす。
「段蔵、構わん。勝手にせよ」
「……はっ」
すると段蔵はおもむろに立ち上がり、男の腕の中から捨を文字通りつまみ上げた。
そして
「こんの馬鹿娘が!!」
「いでっ!?」
捨の脳天に容赦の無い一撃を入れた。その様子にまた男が笑い出す。
「だんぞー!なにする!!」
「何するじゃねぇ!お前は誰に物言ってるのか分かってんのか!!」
「しらない!!」
「良いか!お前が今抱えてもらった挙げ句、無礼な口を利いたのは現『将軍』だぞ!!」
唾を飛ばす勢いで段蔵は捨を怒鳴り付ける。たが、捨はぱちくりと目を瞬かせ、それから眉を潜め口を開いた。
「……『しょーぐん』ってなに?」
捨の様子からは嘘を言ってるようには見えない。段蔵があんぐりと口を開けると、男、『足利義藤』はにこりと笑い、捨の頭に手を置いた。
「段蔵、まだこの年の童には分からんだろうよ。そう怒ってやるな」
それに、と義藤は何処か遠くを見つめる。
「都を追い出される将軍の権威なぞ、たかが知れているだろう?」
その言葉はどこか悲しげであった。
戦国異聞鳶 浅黄 @asagi-1582
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