ひとりぼっちのわるぎつね

水木レナ

佃山のわるぎつね

 昔々、篭山かごやまの南の方、佃山つくだやまにきつねの親子があったとさ。

 秋になると、果物をかじりとったり、畑を荒らしまわるんで、村人は罠をしかけてな。

 親ぎつねと離れ離れになった子ぎつねが、あんなことをするとは、だれも思わねがった。


 ある冬の日のこと、生井村の甚兵衛どんが、町でいっぱいを買ってな。

 佃山の山道を通って家に帰ろうとしたんだべさ。

 ところがよう、今まで見たこともない大きな川が現れて……甚兵衛どんはどうしたかって……それがな。


 まず甚兵衛どんは橋を探した。

 一向に見つからない。

 この川を渡らねば家へ帰れない。


 そこで甚兵衛どん、背に負ってたのふろしきを首に結んで、裸になって川を渡ろうとした。

「おお、深けえなあ……おお深けえや」

 って、声をあげてたら今度は棘のある水草にからまれてな。


 腰の上まである川の中、

「おお痛え、おお深けえ、おお深けえ、おお痛え」

 って泣き叫んだ。


 するとどこからか、声がしてな。

「じんべえどん、じんべえどん。あんた、何しているんだ」

 っていう。


 甚兵衛どんがハッと気づくと、そこは山の野ばらの藪中だったんだと。

 いっぱい買ってきたも、ふろしきが破れて、中身が半分になっていたってさ。

 頭にきて、村人はその年、そのきつねの最初の子ぎつねをとっ捕まえて食ったとさ。


 つぎの秋、権助じいさんが、佃山の木の葉さらいに行ったときのことだ。

 権助じいさんは、なにやら昼から眠くなって、山のひなたで一寝入りしてしまったんだと。

 目を開けると、なんとまあ。


 そこには孫の嫁がほっくり笑っておってな。

「おじいちゃん、疲れたんべえ。さあさあ湯にでも入ってくんろ」

 ってすすめる。


 まず、湯を勧めるのはもてなしの心。

 権助じいさんは、よろこんでな。

「どれどれ、それじゃあ、ひと風呂あびっぺえがなあ」


 って入った。

「ああ、いい湯だなあ。ああいいあんべえだべ」

 といい気持でいると……どこからか声がした。


「ごんすけどん、ごんすけどん。何しているんだ。きたねえぞ、くせえぞ」

 って言うから、びっくりして見回すと、きつねがじっとこちらを見ていてな。

 権助じいさんは、しもごえために入っていたそうな。


 それから、秋冬になるたんびに、被害者が増えてな。

 きつねはごちそうすると言ってはミミズのうどんや、甘い黒玉と言っては兎の糞をくわせたりした。

 それで村人たちは、困ってこのきつねを追いつめてな、ドンと鉄砲で撃って食っちまっただ。


 おかしなことに、この手の話はよその村々でもたびたびあってな。

 話を聞くたんびに村のおじいは、頭の隅で、

「あいつだな」

 と思うわけさ。


 どうしたこったか、なあ。

 最近では山は業者に売り払われ、ソーラーパネルっちゅうもんが、山肌を覆いつくしとるって話だ。

 きつねたちはすっかり居場所を無くしてな、空き家に棲みつくっちゅうから、困ったもんだ。


 だましたあと、きつねは必ずこう言う。

「あんた、何しているんだ」

 と。


 種明かしもしてくれるんで、間違いはねえ。

 そして人間が己の姿を見て驚いているのをじいっと見てな。

「思い知れ!」

 って顔すんだと。


 きつねの、

「何しているんだ」

 は、有名になっての。


「にんげんはオレたちに何してくれるんだ」

 って聞こえてきた人もあったくれえだ。

 痛烈だな。


 今思うと、きつねも寂しかったんだべなあ。

 母ぎつね、子ぎつね、仲間をやられて、とっても許せなかったんだろう。

 人ときつねも、いいあんべえにならねえもんかねえ。



 了

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