異世界に転生したらボールになっていた件

吉田SYU

第1話 グレゴールザムザは目覚めると

 車に轢かれて、それから、私は、えっと。思考は明晰、だがよくわからないのは現在の状況。理解が出来ない、追い付かない。

倒れているのかしら、目の高さには雑草が生い茂る。見たことがある、どこかで。記憶をぐんぐんたどっていく。あれは、まだ弟が生まれる前の幼稚園のころ、川の土手で転んだ時に見つけた小さな世界。蟻やてんとう虫達のための森林。

きっと私は寝転がっているんだわ。よいしょっと力を入れてっとっ、あれれ、どうしたの、金縛りかな。身体が動かない、動かそうとするのに動かない。動かないから動かそうとしていない。困った困った。頭が重い。

 えっと、脳から信号が出て、筋肉が動くのね、じゃあ、動かないのなら、信号がとてもゆっくりなのか、おそらくは、信号が渋滞してるか、遮断されてるか、それとも出てないか、筋肉が反応しない、受け取らないのか。

なんにしろどうにもならない。頭のなかでお喋りすることしか出来ない。

(風が吹いた)

ああっ、視界が縦に一回転、ぐるりと空と大地をなめあげた。

私は、私が、一回転、私を中心に一回転、何てこと、私が小さくなっている。私がボールになっている、たぶんボールになっている。こんなにきれいに回るのは丸い球に違いないわ。

(風が吹いた)

あーれー、ぐるぐる目が回る、ってことは身体が回ってるってこと。


(彼は失神した。)


(地球は回っている。)


(彼は、記憶を失った。)


(小さな少女が、小さなボールを拾った。)


(ボールは動かない。自分の意思では動けない。)


(彼は、ボールになってしまった。)













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界に転生したらボールになっていた件 吉田SYU @10tetugaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ