夢幻の塔 − 7(何処かで凜と音がした)

 

「おはようございます。どうでしたか?随分ぐっすり眠っていましたが……いい夢が見られたみたいですね」


 良かった、と微笑んだ彼の手の中には小さな鐘──クリスマスの協会でよく見るハンドベルが、凜と澄んだ音を鳴らした。


 聞き覚えのあるそれは、私を東京あそこから連れ出した音。


 がば、と起き上がれば入って来たときに見た、見慣れたダンジョンの内装である。


 そう、そういえばここはダンジョンだった。

 私達はこのダンジョンの最上階にあるという「夢幻の鐘」を取ってこないといけなかったわけで、


 石畳の上で横になっていたからだろうか、少し強張った背中とお尻が強ばって痛い。


 私はここで眠りこけていて。

 彼の手には鐘があって、やっぱり私は眠りこけていて。


 私には、鐘を取った記憶どころか歩いた記憶すら皆無なのだが。


「すっ………すみません!!? わ、私……私???」


 寝てましたよね?と聞けば「あまりにも楽しそうな寝言だったので起こすのも忍びなくて、俺一人で取ってきてしまいました」などと笑うのだから呆れてしまう。


「気に病まないでください。ここはそういう場所なんです」


 一歩踏み入ればたちまち夢幻に囚われる。

 だからこそ、ここは魔物がほとんど出ない割にランクが高いのだという。


「眠るだけなんです。それでもあまりにも心地よく目覚めてしまうから、登る気力をなくしてしまうんですよね」

「ちなみにこの後は魔物も出るしトラップもあるしって感じですか」

「あります」

「わかりました、リタイアです」

「そうでしょうとも」


 心地よく目覚めるというより、雪のように薄っすらと積もった疲労感がこれ以上の行軍を妨げている、という感じだ。


「俺はこういった……そうですね、幻術のようなものに耐性があるので」


 ついうっかり伝え忘れていました、と言う彼には悪気はなさそうで、なお悪い。

 一体どこまでが本心なのだが、悪いと思っていないことだけは確かなのだが。


「……でも、随分良い旅をしたようで」

「──へ?」


 指し示された指の先、固く握りしめた手の中には鳥かごの形をした銀細工。

 近くに寄せてよく見てみれば、小指の爪の先ほどのドリミュアが、柵に取り付いてこちらを睨めつけている様子が明瞭はっきりと彫り込まれていた。


「ふふ、後でお話を聞かせてくださいね」


 二三度ポンポンと撫でられた頭は、混乱したまま暫し動けない。

 ぽかんとした間抜け面を引っさげて、シキミはハイと一つ頷くので精一杯であった。


 最近思うのだが、ジークさんの私の扱いがペットに近くなってきている気がする。

 今日のポチは上手にお散歩できましたね、偉い偉い──という副音声が時たま聴こえるのだが、気のせいであることを祈りたい。


 ──いや、まぁ、保護者ごしゅじんさまであることは否定しないというか、現状一切できないのだが。



 しかし、あの懐かしくも濃密な時間が夢だった……というのはいささか残念で、まぁそう簡単に世界は変わらないよなぁと一人心地る。

 特段、あのコンクリートに囲まれた騒がしい場所に帰りたいとも思わないのは、やっぱり記憶という執着が薄い故だろうか。


 行きますよと言葉を残して、くるりときびすを返したジークに遅れまいと慌てて立ち上がる。

 先を歩く彼の背にコートを着た夢の中の彼が重なれば、なんだかもう一度「龍の瞬きアウラス」とやらをやって欲しくなってしまった。


 依頼の完了を確認してもらって、報酬を貰って。

 そうしたら、テオドールさんも誘って、どこかのカフェにケーキでも食べに行こうか。


「──ジークさん。私、ケーキ食べたいです」

「随分と突然ですね。貴女から要求するなんて珍しい」

「夢で見たんです」

「夢で見ましたか」


 美味しかったんですよと笑えば、俺もご相伴にあずかります、と差し出された手を、シキミはそっと握った。




 夢幻の塔【Fin】





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夢幻の塔〜クリスマスイベント企画〜 参星(カラスキボシ) @karasuki-hoshi

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