隻の戦士

小鳥遊ケン

第1話 冒険者の扉

 小鳥が囀ずり、木々が囁く春先。

 ここ、テンプル王国の東門入ってすぐ目の前、多くの軽装備、重装備を着込んだ人々、搬入出をする商人。様々なものがそこを訪れる。そこに男女の差別はなく、縦横無尽にひしめき合う。

 一際大きく、来るものを歓迎するその扉。そこを潜れば眼前にはカウンター、受付をこなす者たち、受け付けに行くもの達が列をなしている。

 カウンター右には階段。そこには宿と書かれている。カウンター左には、また別の扉。ほのかに薫るその匂いは、空腹の者を誘うことだろう。多くの仲間がそこに集い、杯を掲げる。酒場だ。


 ここはテンプル王国、その他の国にも存在する、冒険者ギルドである。


 そしてこの日も冒険者になるべく、若者が列をなしていた。その中に、眼帯をし、胸当て、右籠手、腿当て、ブーツは良いとしよう。左腕、左脚には防具はない。厳密には腕と脚の代わりの物がついている。義手義足のその半身は、ある意味並の防具よりも固いだろう。

 何も若者ばかりが新米冒険者に成るものではない。兵士が、騎士が、貴族が、理由はなんであれ冒険者にあることだって、ある話である。

 周りの者も、兵士辺りが、怪我で引退して冒険者にでもなりにきたのだろうと、興味をなくす。


 くだんの彼はそんな事気にも止めてはいない。ただ悠然と、自分の番を待っている。目の前の新米ルーキーが登録を終え、ついに彼に回ってくる。


「今日は登録に来た。ここであっているか?」

 口調は荒いが、決して敵意は感じず、好意の持てる不思議な喋り。

「はい!こちらで間違いありません!早速冒険者登録に移りますがよろしいですか?」


 慣れた手つきで書類とペンを受け渡す受付。傍らには水晶玉。

「こちらの紙に名前とジョブ、適性属性を記入下さい。属性は此方の水晶に触れてください!」


 ニコニコと営業スマイルで促す。彼もスラスラとペンを走らせていく。そして水晶に触れる。すると3色に変化していく。赤、青、橙。

「火に水、土の適性あり、有望ですね~。記入は魔法で行われるので空欄で良いですよ。」


 何か感心している彼女を余所に、他の記入項目を埋めていく。

「これでいいか?」

「今、確認しますね~。名前はセグルスさんですね?23歳でジョブは戦士、適性属性は火、水、土の3つ。はい!確認しました!此方で正式に登録いたします。このタグに、血液をお願いします。」


 どういう原理か分からないが、特殊な魔法なのだろう。言われるまま、指から1滴垂らす。

 するとタグに情報が記されていく。便利なものだ。

「此方で登録事態は終了です!後はクエストを攻略して、楽しい冒険者ライフを楽しんでください!」


 彼は受け付けからタグを受け取ると。首から下げる。冒険者として底辺の石のタグを。

「ありがとう。世話になった。ん、これからもよろしくが、正しいか?」


 そんなこと言い、依頼クエストが貼られた掲示板に向かうセグルス。受付は小さく微笑んだ。


 ------


 依頼は多種多様だ。討伐、捕獲、輸送、護衛、採集、等々。それを眺めながら、やれドラゴンだ、やれ称号が!など夢に向かって賑やかにやっている。


 しかしその中にあってこの男だけは違ったようだ。粗方人がはけ、余った依頼を一瞥する。困っている人には申し訳ないが、一般的に不人気の依頼というものもある。

 セグルスは何にため息を吐いたのか。

「困っている人がいて、手を差し伸べないのは…な。」


 一人ごち、彼は残された依頼を、今の自分にできる依頼を手にしていく。

 結局のところ、階級を上げないと依頼の幅も小さい。信頼・経験。それらは積みあげたものがないと伝わらないものである。どんなに腕っぷしでも、素行が悪ければ信頼には繋がらない。どんなにお人好しでも、使えなければ依頼を成功・達成すらできない。


 それでも彼は石の階級でできる依頼を全てかっさらっていく。

「こんなものか。採取、討伐が2件ずつ、人探しが1件か。」


 さてさて、再び受付に向かうセグルス。先程と同じ受付の前に来る。


「すまない、この依頼を受けたい。確認してもらいたい。」

「こんにちは、早速ですね~。では依頼の確認させていただきますね。」


 そうして5枚の依頼を渡す。

「沢山受けますね~大丈夫ですか?」

「問題はないと思う。出来ることだけ、選んでいる。」

「では無理はしないようにだけ。え~と、採取の依頼は解毒草、薬草の採取ですね。討伐の方は、ゴブリンとオークになっています。人探しは、農家の娘が帰らないと。人探しはどのように?」


 当然の質問である。採取や討伐はルーキーでも出来るものだろう。しかし人探しは少し違う。手懸かりがなければベテランでも難しいだろう。


「考えは有るが、ここでいっても仕方ないだろう?それで、依頼を受けられるか?」

「気になりますが…はい依頼自体は受理しますね。くれぐれも無理せず!」


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 ギルドから出て、彼は装備品や、食料の調達に勤しむ。

 と言っても装備は今のまま、右手の装備を改めるくらいだろうか。今は腰に留めている剥ぎ取り用の短剣のみ。お目当ての武器を探しにギルドの右隣、剣と盾が縁取られた看板、武器屋に向かう。扉を潜れば金属の薫りと熱気を仄かに感じる。奥からは金属を叩く音、時たま聞こえる炎と風の音。


 彼はそれらを肌に感じながら、店内を物色する。短剣から長物、変わり種も少しあるようだ。彼はその変わり種の列を眺め始める。彼が求めてる武器は見つかるのだろうか。


「お、意外と有るものだな。具合の方も…問題無さそうだ。これにしよう。」


 彼が手にしたものは、一般的にパイルバンカーと言われる近接特化の武器である。それを右腕に装着し2、3試し頷き、それを持って会計する。


「すまない、会計を頼む。」

「んあ?ちょっと待ってな!今キリが悪くてよ!」


 カウンターの奥、暖簾の先から低く良く通るダミ声が聞こえてくる。


「そうか、では少し待たせてもらう。俺もそこまで急がない。」


 そう言い、静かにに集中する。見えるはずのない、眼帯をした左目は、しかしどうして断片的に映像を見せてくれる。しかしその映像は自分でみたことがある風景ではない。目の前にはあからさまな盗賊が3人囲むように立っている。そしてジリジリと間をつめ、遂には映像が途絶える。


「ふむ、賊の顔は分かったが、あの場所がまだ分からないな。」


 彼の左目は確かに死んで久しい。しかしいつからだったか、その目には何かしらの映像が写るようになっていた。初めは気に求めていなかったが、ある日探し物を思い浮かべたとき、理解した。その映像は己が見つけたいものや、探し人を俯瞰で見ているのだと。何がどうしてその能力を手にしたかは分かっていないが、使わない手はないと、彼はこうして無くし物を捜索する。


「すまねえ!待たせちまったな~。それで会計だっけ?」

 声の主はやはりと言うか、火と金属の使い手、紘人ドアーフであった。立派な白髭を蓄え、腰には様々な工具がぶら下がっている。


「ああ、こいつを貰いたい。」

「こいつをか?変わりもんだが、使えるのか?」


 紘人の彼は純粋に驚いているように見える。それもそうだろう。用途が特殊と言うことは、使える人間もまた限られるのは当たり前。目の前にいる眼帯の、この男がそれを可能としているのか、値踏みするようにこちらを一瞥する。


「問題ない。俺の戦闘スタイル的にこれがベストだろう。それで、いくらになる?」


 紘人はそれを聞き、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。


「あんた、見所が有るのかもしれん。近づきの印って訳じゃないが、少しだけ撒けてやろう。銀貨3枚だ。買うか?」

「俺になど見所も何もないだろうに。ふむ、これで言いか?」


 セグルスが腰のポーチの革袋から銀貨を取り出す。駆け出し新人ルーキーにしても躊躇なく金を出せるセグルスにさらに興味を抱いたらしい紘人。


「くくく、本当に面白いかもしれんな。名乗るのが遅れたが、俺はダッチ。お前さんの名前を教えちゃくれんか?」

「俺はセグルス、今日は良い買い物ができた。またよらせてもらう。ああ、ここは個人で設計発注はできるか?」


 去り際、セグルスが振り返りながら問いかける。


「物にもよるが、受け付けてるぜ?」

「ふむ、ではそのときはここに顔をだそう。」


 ------


 武器屋を後にし、武器屋目の前の、壺の彫られた看板の店、雑貨屋に向かう。

 店のカウンター奥に商品が並んでいる。店員にいって商品を購入するようだ。


「おや?お客さんかい?いらっしゃいな、ここは雑貨屋だよ。何をお求めだい?」

 初老のおば様そんな風体の彼女、一見そう見えるだけで、その実大分歳上だろう。世の中で彼らは森民エルフと呼ばれている。ピンと長い耳、目鼻立ちも良く誰しもが美男美女。


「回復薬と活力剤を3本ずつ欲しい。頼めるか?」

「あいよ。ちょいと待ってね。」


 せっせと動く彼女を横目に思案する。先ずはその農家にいくことが先決だろう。詳しく聞かなければ結局見えたところで解決まで至らないだろう。

 物思いに耽っていた彼に不意に声がかけられる。不意にといっても、彼が集中していて肩を叩かれるまで気づいていなかったが正しいか。


「お兄さん?大丈夫かい?悩みごとかい?」

 心配されてしまった。反射的に謝ってしまう。


「ああ、すまない。ちょっと依頼について考え事をな、大丈夫だ心配しないで欲しい。それで、いくらになる?」


 思うところがあるのだろうが、柔らかな笑顔で隠されている。

「はいはい、回復薬が銀貨3枚、活力剤は銀貨1枚銅貨200枚だよ。」

「ふむ、これで言いかな?」


 カウンター上には銀貨4枚銅貨200枚が確りと輝いている。

「丁度だね。ありがとさん。見ない顔だけど、最近この辺に来たのかい?」


 他愛のない会話、不思議な男。

「ああ、つい先程着いたばかりだ。ほら、これが今の身分さ。」


 石の階級、底辺、そのタグにはセグルスの名、年齢、属性。それを見て、彼女は目を細める。何もそのタグが全てではない事を彼女は知っている。彼には底知れないものを感じていた。


「石階級…ね、あなたはすぐに上がれるでしょうね。」

「そんなものは分からないが、困っている人がいるなら、できる範囲で助けるまで。」

 セグルスの本心であり、それ以外はあまり望まない。そのために必要な力などは、多くをお求めるだろう。


「そう、体には気をつけて、頑張りなさいな。またいらっしゃい。」

「そうなるだろう。また世話になる。」

「そうそう、名のらせて。私はリーン。」


 ------

 雑貨屋を後に彼は南の農家に足を運ぶ。件の詳細を聞きに行くのだ。

 南門から農家の村までは歩いて半日といったとこか。それなりに整備された道を独り黙々と進んでいく。道中猪豚を1匹仕留め血抜きしながら肩に担ぐ。今日のメインだ。


 中程まで行って時刻は昼を回り、一番日差しが強い頃、彼は木陰で食事にありついていた。先程の猪豚はまだ血が抜けきっていないので、携行食で軽く済ませる。すると後ろの草影に気配を感じる。

 相手は気づかれていないとでも思っているのだろうが、並みの冒険者であれば、勘づけるだろう。獣が獲物に向ける殺意に似た視線。


「数は1つか。どうくる?そのまま後ろから来るか、はまたは木に登り飛び降りてくるか、ふむ。」

 彼は可能性を模索しながら注意を払う。


 痺れを切らしたのは、向こうだった、単純明快。しかしそのスピードは侮れない。ただの突進。真っ直ぐに此方を確実に仕留めようとする、渾身の一撃。

 しかしそれは容易く受け流される。セグルスは階級こそ低いが、冒険者になる前から鍛えている。同じ階級でももしかしたら上の階級でも通用するレベルではある。


「ほう、無策の突進、しかし鋭ければそれもまた相手には致命だろう。悪くはないが、練度が足りん。」

 言葉など伝わるはずもないのに彼はそれに向かって喋りかけていた。


「う、うるさい!これでも考えたんだ!そ、それよりも何か寄越せ!」

 はたと気づく。言葉が通じたことに。冷静に相手を観察する。確かに耳もあり尻尾もある。しかしその体は人である。俗に言う獣人である。


「ふむ、獣人か。俺になんのようだ?寄越せって何をだ?」

 新天地に来ていきなり襲われる。恨みを買うような覚えもないし、まして獣人の知り合いもいない。思い当たる節がないことに、困惑する。負けることはないだろう。さて、どうしたものか。

 すると腹の主が声をあげたようだ。セグルスではなく、獣人の。


「も、もうダメだ…。ふにゅう~…。」

 フラりフラり、足元が覚束無い様子。前のめりに倒れてきそうな体を咄嗟に支える。


「なんだ、どうした?」

「腹減った~…なんかくれ~。」

 なるほど合点がいった。つまりは空腹で、そこに飯を食っているセグルスを見つけて襲って獲物にありつこうとしたと。


「いきなり襲うのは感心せんが、野垂れ死なれても俺が嫌だな。仕方ないから、分けてやる。ほら、歩けるか?」

「む、り…」

 しかたない、そう吐き捨て獣人を抱き上げる。どうやら女の子のようだ。胸の辺りにほのかな膨らみがある。だからと言うわけではないが、苦しくないように、気を使って抱き上げている。何故か彼女の表情は安らいでいる。


「先ずは寝かせておくか。その間に、猪豚を解体しておこう。柔らかいところを焼いておこうか。」

 泊まり用の荷物はないので、簡易的に寝かしつける。青々と繁る枝をかき集め上に毛布咬ませ、そこに少女を横たえる。怪我などはしていないようだし、見たところ激しい飢餓状態でもないようで、ひとまず安心。


「さっさと済ませてしまうか。」

 言うや、テキパキと猪豚を解体していく。内臓は美味しいが処理が大変なのでここでは捨てるしかない。穴を堀、埋めていく。革を剥ぎ、鞣して吊るしておく。

 そこまでしているうちに、彼女は目覚めたようだ。


「ん…にゃ?ここは?」

「起きたか?どこか調子が悪かったりしないか?」

 まさか呟きに返事があると思わなかったのか、少女は此方を目を開いて見返している。そして思い出したのか、慌てだす。


「わわ!私をどうするつもりだ!っひ!」

 そこまでいって、彼女の目に、鞣した革が目につく。ぎょっと目を見開き、震えだす。


「私も…ここ、こうするのか……?」

 完全に怯えきっている。セグルスは小さくため息を吐き、

「落ち着け、お前を食べようとする気はないし、まして鞣す気もない。腹が減っているんだろ?今用意してやる。大人しくそこで待ってろ。」


 口調の荒い、なのに不思議と安心できるその男の喋りに、少女の獣人は大人しく言いつけ通りに即席ベッドにちょこんと座り込んでいる。

 それを片目に(片目しか無いが)肉を焼いていく。火はどうしたのか?それは彼の属性で解決する。指をならすと手品(魔法)で火を起こし、炙っていく。薄目に切られているので、すぐに火が通る。

 それを見て、少女の目は爛々と輝いて、よだれが垂れている。

 肉の焼ける匂い、脂の滴る最高の焼き加減。


「こんなもんか?ほら、食べて良いぞ?」

 焼きたての肉を持ったまま、少女に近づく。もう敵意も何もない、ただの子供になっている彼女見て、呆れた笑みをしながら、しかしどこか優しさのある態度でセグルスは肉を食べさせる。


「まだ余裕もある。沢山食べると良い。ああ、ゆっくり食べろ?ほら、口の回りに付いてるぞ?まったく、仕方ない。」

「ん!ん~!旨い~!ああ~生き返る…もっと!もっと!」

 しばしそんな感じで少女の空腹を癒していく。


「しかしどうして独りなんだ?親はどうした?」

 その質問のとたん、表情が暗くなる。


「多分、もう生きてない…ッグス…もう…ッグス。」

「ああ…そう言うことか。」

 最近は減っては来ていたが、減っていると言うだけで、なくたったわけではない種族間での争い。それによる被害だろう。

 思い出した惨状、悲しみ、それを思えば、この少女にはまだまだ重い話である。ふと、彼は優しく彼女を抱き語りかける。


「辛いことを思い出させてしまった。今は思う存分泣くといい。落ち着くまで俺もここにいよう。」

 それが引き金かは分からないが、彼女は緊張の糸が切れたのだろう、ひとしきり、セグルスにしがみつき泣いた。気が付けば回りは陽が傾き、薄暗い。小さな頭を撫でながら、彼は野宿を決意する。


「落ち着いてきたか?今火を起こす。夜は冷えるからな。ここで寝ていくといい。まだ肉もあるしな。」

「ッグス…ありがと、お前いいやつだな。名前は?」

「俺はセグルス、君の名前は?」

「ルミナ、私はルミナ。セグルス、ありがと…」

 名前をいって、意識を手放したようだ。コテンとセグルスに掴まりながら、スースーとかわいい寝息を立ててしまった。


「仕方ない。無下にもできんし…な。」

 再び少女の頭を撫でてやりながら、セグルスも静かに眠りにつく。


 その夜はそれ以上のことは起きなかった。


 ------

 翌朝、陽が上り、朝陽が顔を撫でる。セグルスは目を覚まし、腹の上にある暖かさに手を伸ばす。サラサラとした手触りの髪、そこに生える三角形の狐耳。スースーと寝息をたてて幸せそうに寝るルミナ。セグルスのお腹に掴まり、離れる気配がない。


「起こしてしまうのは可愛そうだな。もうじき起きるだろう。」

 小さく微笑みながら、彼は今後を思案する。

 今まさに依頼の途中であり、農家に向かっている。決して危険がないとは言えない。少なくとも盗賊と一戦有るだろう。その場において、彼女を庇いながら、戦えるだろうか?しかし置いていくことは、彼にはできない。


「俺が頑張ればいいだけか?何とかするか。いやできる。しなくてはな。」

 するとお腹の上でモゾモゾとルミナが目を覚ます。


「あさ~?ねむい~。」

「おはよう、ルミナ。良く寝れたか?」

 セグルスの問に、にへら~とにやけ顔で見上げるルミナ、良く寝れたようだ。


「セグルス~おはよ…ふぁ~ん~?」

 まだまだ眠そうだが、セグルスは依頼をこなさなければならない。心苦しいがルミナを起こす。

「ルミナ、俺はこの先の農家に行かなければならない。一緒に来るか?」


 返答は意外にもあっさりと、すぐに帰ってきた。

「ついてく~。セグルスといっしょ~。」

 昨日の今日でこれである。境遇からすればそうなっても仕方なかと、セグルスは彼女と身支度する。


 セグルスの水属性のお陰で何処でも水を出せる。それを自身の熱で人肌まで暖める。布に染み込ませ、顔を拭く。折り返し、ルミナの顔も拭いてやる。土埃や泥がとれ清潔感が出ている。

 朝飯は携行食。ルミナは幸せそうに食べている。


「さてそろそろ出発するぞ?」

「うん!いこういこう!」

 セグルスは内心ここまでなつかれたことに驚きを隠せなかった。

 その内心を知ってか知らずか、ルミナはセグルスの手をつかむ。


「離れないようにしないとね~」

「それもそうだな。もう少しすると見えてくるだろう。ゆっくりいこう。」

 ペースはルミナが疲れない様に気を使いながら進んでいく。

 道中は特に喋る訳ではないが、嫌な無言ではなかった。セグルスも忘れて久しい感情に驚く。まだ俺に感情があったとは。


「あ!あれかな?」

 目を凝らしてみれば、そこには確かに村が見えた。


「そうだろうな。ルミナ、依頼をこなしている間も付いてくるか?村で待っててもいいが…」

 そこまでいって手を握る力が強くなる。痛くはないが、間違えなく強くは握られている。ルミナをみやれば泣きそうな潤む瞳、


「セグルス~付いてっちゃ、ダメ?」

 セグルスは浅はかな考えを改める。当たり前だ。両親をなくして久しい、そんな少女を置いていくのは酷な話だ。


「安心しろ。付いてきていいから。でも邪魔だけはするなよ?」

「うん!いい子にしてる!」


 こうしてやっとの思いで農村に着くのであった。

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