第4話
それから、マルムとステルラはよく話すようになった。互いに心が通い合い、互いのことを気にかけるようになっていた。マルムは以前よりもよく笑うようになったし、ステルラは神殿にいたときよりも日々が楽しいと感じるようになっていた。ステルラはマルムに神話を語って聞かせ、マルムはぶっきらぼうにしながらもそれを聞き、自分の経験をステルラに語って聞かせた。それはお互いに心地の良い時間であり、不便な旅の拠り所でもあった。ステルラはこの旅がずっと続けば良いのにと、強く願うようになっていた。
しかし、終わりのない旅などない。ついに二人は「ルース」に辿りついた。
ステルラがルースに踏み入れた時に、もう春だというのに、雑草一本すら生えていないことに違和感を覚えた。畑であろう土地と土地との間に、土壁に藁をかぶせただけのような家が、ぽつぽつとある。通り過ぎるこの地の人間は、痩せこけて精気が抜け落ちたような顔をしている。
マルムはステルラの手を引きながら、黙って歩いている。そして、一軒の家の前で立ち止まった。
「ここだな」
確認するようにつぶやくと、ルースは中と外を仕切る板をノックし、
「俺は『怪盗マルム』! 依頼の品を届けに来た!」
と大声で呼びかけた。
その声が響いた瞬間、扉が開き、
「お待ちしておりました、マルム様!」
「もしかして、一緒にいるのは私たちの娘ですか?」
混乱するステルラをよそに、マルムは淡々と続ける。
「ああ。ウィクトル神殿に拉致されていた、アンタらの娘に間違いない。自分の名前も知らなかったもんで、本人の希望で『ステルラ』という呼び名を付けた。改めて子供に名前を付けるなり、こいつのことは好きにするんだな」
目の前にいるのが、自分の両親だということを認識するよりも先に、マルムの言葉の端々から漂う嫌な気配を感じて、ステルラは悪寒がした。
ステルラのことにもお構いなしに、
「これが代金でございます。なにぶん昨年の不作の影響で、村全体でもこれぐらいにしかなりませんでしたが……」
と、男が話す。マルムが受け取った小さな麻袋には、ほんの少しの重みしかないようだった。マルムは表情を変えずに、
「いいんだよ。『報酬はその年ルーメンに取られた余りの一割でいい』って話だったろ? ルーメン教の奴らに一泡吹かせることもできたし、あんたたちの娘をこうして親の元に返せただけでも十分なんだよ」
と、言ってその場を立ち去ろうとした。
そして、震えているステルラに向かって
「元気でな。もう二度と会うこともないだろうが、お前といて楽しかったぜ。これからは、本当の親と幸せに暮らすんだな」
そう言って寂しそうな顔を一瞬だけ見せてステルラの頭をなでると、何事もなかったかのような素振りでその場を後にした。
おかえりなさい、もう会えないと思っていたのよ、そんな言葉を両親から掛けられながらもステルラは、「マルムに二度と会えない」寂しさで、心が苦しかった。
「ステルラや、こっちを手伝っておくれ」
「はい! 今向かいます!」
マルムと別れてもうすぐ一年になる。ステルラは農村での暮らし方も板につき、家事は母の代わりになれるくらい、農作業も父親までの重労働はまだできないが、少しずつやり方を覚えている。変化が多い生活のせいか、毎日発見の連続だ。だから疲れることはあってもステルラは、それなりに充実した日々を過ごしていた。マルムのいない日々の虚無感に、心が押しつぶされそうになりながら。
市場の方に用事を頼まれたときのことである。雑踏の中から、こんな声が聞こえた。
「私たちの恩人マルム様が、今何をしているか知ってる?」
マルム、という言葉に、ステルラの胸が高まる。
「ああ、マルム様ね。知ってるわ。身寄りのない子供たちを引き取って、村のはずれで育てているらしいわ」
「その話、詳しく聞かせていただけないでしょうか?」
ステルラは、体裁などかなぐり捨て、話をしていた女性に詰め寄った。
「あら、ステルラちゃんじゃない! マルム様のことが気になるのね?」
ステルラは黙って頷く。すると、微笑みながら二人はステルラに詳細を聞かせた。
「あの方は元々孤児でしょう? だから今までも身寄りのない子供たちを見つけるたび、あの方は面倒を見ていたらしいわ」
「それで数日前にこの村にやってきて、村長に『もう十分稼いだから、ここでガキどもの面倒を見たい』って言ったらしいの」
「村長は村の空き家を自由に使っていいって言ってたから、ここ数日はとっても忙しそうにしてたわね」
「マルムがこの村にいる」──はやる気持ちを抑えステルラは、二人にマルムの居場所を聞き、一旦用事を済ませて家に戻ることにした。
家に帰ると母が、洗濯物を干していた。それを手伝いながらステルラは、市場で聞いたことについて話した。母は黙って聞いていた。
そして、一通り話し終えた時、母はこう言ったのだ。
「行っておいで。マルム様に会いたいんでしょ?」
予想外の言葉にステルラは、言葉を失った。母は、さらに続けた。
「ここにあなたが帰って来てマルム様がこの家から去った時の、あなたの辛い顔が忘れられないのよ。いままでずっと、会いたくて仕方がなかったのでしょう? それはあなたのお父さん……いいえ、村中の人たちみんなが知っているわ。ここは神殿とは違って、満足に食べていくことも難しい環境だけれど、あなたの心が思うまま、自由に生きていいのよ」
ステルラはありがとうございます、と言って真っ先に、マルムの元へ駆けだした。
勝者の都の宝物 降川雲 @fulukawa_1
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