勇者の村が焼けまして、姫は魔王に嫁ぐ事になったのですが。
由岐
短編
魔王討伐の旅に出た勇者様の一行は、物言わぬ
彼らが発見されたのは、魔王軍の手で焼け落ちた、勇者様の故郷の村。
けれども魔王は、私達人類にとある取引を持ち掛けてきた。
勇者を葬り、後は各国への侵略さえ済ませてしまえばそれで終わり。
……それなのに、だ。
ある日、城に魔王の使いがやって来た。
きっと私達はすぐ殺されてしまうのだと思っていたのに──魔王は、本当に取引をするつもりだったのだ。
それからすぐにお父様は貴族や将軍らを交えた会議を始め、何の話かは私に一切知らされないまま、三日の時が流れ──
「お父様……?」
こんなに憔悴しきったお父様を見るのは、初めてだった。
「魔王の使者は……お前を魔王の嫁に差し出せば、このリュミエール王国だけは見逃してやると持ち掛けて来た」
十年前にお母様を亡くしてからも、ずっと私を大切に育ててくれたお父様。
そんなお父様から告げられた内容に……私は言葉を失った。
「私はお前を手放したくはない……! だが魔王は、明日までにお前を差し出さねば、まずはこの国から侵略を開始すると言っているのだ」
「……っ!」
勇者様は亡くなった。
希望は──潰えた。
だがそこに降って湧いた、この国だけが救済される道。
残された非力な王族に出来る……国を護る為の唯一の手段が、ここにある。
「必ずお前を迎えに行く。それまでの辛抱だ。どうかそれまで待っていてはくれまいか……!」
私が拒めば、リュミエール王国は滅ぼされてしまうのだから──拒否権なんて、あるはずがない。
翌朝、まだ日も昇りきらないうちに身支度を済まされた。
今は亡きお母様と同じ、夜の闇を宿した黒い髪。色素の薄い、夜明けの紫の瞳。
真っ白なドレスに身を包んだ私は、これからどんな目に遭うかも分からない地へ送り出される。
本来なら婚姻のパレードで乗るはずだった豪華な馬車に押し込まれ、魔王との取引の場所に連れて行かれるらしい。
けれども、パレードとはとても呼べない、重苦しい空気の城下の大通りが窓から見えた。
侍女も御者も騎士達も、生気の無い民達も……お父様も。
嘘か真か、私一人が犠牲になる事で救われるらしい。
いつかは政略結婚として、望まぬ相手と添い遂げねばならないのは知っていた。お姫様なんて、政治の道具に過ぎないのだから。
けれども、そんな結婚がこんな形になるだなんて──誰が予測出来ただろうか。
それ以上何も考えたくなくて、私は馬車に揺られながら眠る。
取引場所に到着したらしく、別の馬車に乗っていた宰相の声で目が覚めた。
「シャルミア様、お目覚め下さい。魔王の使者殿がお見えでございます」
目覚めなんて、永遠に来なければ良かったのに……。
馬車を降りると、そこは人気の無い森の中だった。
私の脚では逃げ切れない、足場が悪く薄暗い場所を選んだのだろうか。
「グヒヒ……。まさか本当に来るとはなぁ、リュミエールの姫様よ」
薄気味悪い声がしたかと思えば、ぐにゃりと空間が歪んだ。
その歪みの中から滲み出るようにして、豚の頭をした魔族──オークが現れた。
オークは比較的有名で、実物を見た事が無くても、名前とその特徴だけはよく知られている魔物の一種だ。
その身体を覆う鎧の装飾からして、身分の高い魔物なのだと窺える。
「あ、貴方が、先日交渉にいらした……」
「オグルバだ。アンタが宰相殿か?」
「え、ええ」
宰相は声を震わせ、冷や汗を流しながら受け答えた。
「本当に姫様を差し出してくるとは、人間共も酷いモンだな。ああ、可哀想に」
可哀想だなんて、これっぽっちも思っていないでしょうに。
からかうような、楽しんでいるような声色でオグルバは続ける。
「だが、これで姫様がこちらに来ればリュミエールだけは見逃してやろう。それは魔王様が約束して下さっているからな」
「……それが真実であるなら、私はそれで構いません」
ちらりと隣の宰相に目をやる。
絶望しきった私とは違い、僅かな希望の糸に縋る目だ。
一つ呼吸し、私はオークの男に向き直る。
「私を魔王の元へ連れて行って下さい。それこそが、リュミエールの姫である私の務めです」
そう言うと、オークはその豚鼻をフゴフゴと鳴らして笑い出した。
「ハッハッハァ! 立派なお姫様だ。ああ、すぐに陛下の元へお連れして差し上げるとも!」
不愉快な笑い声だ。
オークは私の肩を掴んで、機嫌良く言い放つ。
「リュミエールの姫君、確かに頂戴した! 貴殿らの国には、魔王陛下の御慈悲による安寧がもたらされようぞ!」
「……っ!」
その瞬間、視界の全てが大きく歪んだ。
オークによる転移魔法だろう。頭が揺れて、気分が悪い。
早く転移が終われ──と祈るように固く目蓋を閉じていると、頭上でオークの声がした。
「リュミエールの姫をお連れ致しました、魔王陛下」
その声に目を開けると、そこはさっきまで立っていた森ではなかった。
目の前には、ブクブクと泡立つ巨大な真っ黒の塊が一つ、私を見下ろすように鎮座している。
ここは、古びた城のようだ。魔王の城なのだろうか?
とすると、目の前のこの黒い塊が……魔王?
今にも天井にまで届いてしまいそうな高さの巨体が、その不気味な外見に似合った悪臭を放っている。腐った食べ物でも掻き集めたかのような、ツンと鼻にしみる臭いだ。
『ガボァ……ゴボッ……』
「ええ、左様にございますとも。今も奴らは、地下牢にしっかりと繋がれております。そう簡単に逃げ出せはしないでしょう」
ゴブン、と泡が弾けたような、おぞましい音。
それを魔王の声だと理解したのは、オークがそれに返事をしたからだ。
「既に姫君には、婚礼の衣装をお召し頂いております」
『ガボボッ……グボッ……ゴゴッ……』
「ええ、すぐにでも婚礼の儀に取りかかれますぞ。……さあ姫よ、この指輪を付けるのです」
オークは、小箱に入った指輪を差し出した。
黒い石がはめ込まれたそれは、明らかに異質な魔力を纏っている。
何かの呪いの類だろうか。これに触れてはいけないと、私の本能が警鐘を鳴らしていた。
「……早く付けろ。さもなくば、お前共々ここで皆殺しにされるぞ」
小声で囁くオーク。
それでも私は、どうしても指輪に触れる気になれない。
すると、彼は無理矢理私の腕を掴んだではないか。
「早く……! 死にたいのか……!?」
「い、嫌ぁっ!」
その時、私達の背後から豪快な爆発音がした。
驚きながら振り返ると、誰かが扉を吹き飛ばしたようだった。
「その指輪、触れなくて正解だったよ。プリンセス」
男性の声だ。
それも、一人ではない。
「それには強力な呪いが掛かってやがる。流石は『現魔王』の呪いといったところかねぇ?」
一人は銀色の長髪で、もう一人は金髪の男性だった。
その二人とは距離が離れているけれど、彼らがよく顔の整った男性だというのは分かる。
着ている鎧はそれぞれ違うが、どちらも上質で身動きのしやすいものだと感じた。
「父上……と呼ぶのも穢らわしい、本物の化け物に成り下がったね」
「こんなモンと同じ血が半分も流れてるってのは、気に入らねぇ事この上ねぇが……。そうでなきゃ、俺達は今この場に居られなかったからな」
「貴様らぁ! どうやってあの地下牢から抜け出した!?」
激昂するオークに、銀髪の彼が冷静に告げる。
「簡単な話さ。神が僕らに味方した……。それだけの事だとも。ねぇ、アレク?」
「おうよ、ヴァル! アイツら頼まれた事、きっちりやり遂げてやろうじゃねえか!」
魔王を前に、二人に焦りや緊張の色は無かった。
それだけの自信を持つ実力者なのか、それとも無謀なだけの若者か……。
でも今、彼らはこの魔王を『父上』と呼んでいた。
という事は……あの二人も、魔族なの?
それも、こんなドロドロの怪物の子供……?
『ガガボガッ……グブボッ……!』
「ハハッ、何言ってんのか分かんねぇや」
「最後に見た時は、まだ辛うじて原形が残っていたというのにね……」
「アンタがリュミエールのお姫さんか? 待ってろ、すぐ助けてやっからな!」
「させるか、この出来損ない共めがぁぁ!!」
オークは背負っていた巨大な斧を高く掲げながら、二人に向かって駆け出した。
金髪の男性は赤い光の中から剣を召喚し、オークを迎え撃つ。
「やれるもんならやってみやがれ!」
「グオオォォッ!!」
男性は振り下ろされる斧をいとも容易く弾く。
すると、
「さあプリンセス。彼が時間を稼いでいる今が好機だ」
いつの間にか私の背後から声がして、ふわっとした軽い浮遊感があったかと思うと、気が付けばさっきの剣を持った彼の後方に移動していた。
私が離れたのに気が付いた魔王が、その溶けた身体をズルリと垂らしながら、少しずつこちらに迫り始めている。
「ま、魔王が……!」
「心配はいらないよ。アレク、姫は無事保護した! 準備は良いかい?」
「ああ、問題ねぇ! っぜりゃあ!!」
「ぐっほぁ!!」
アレクと呼ばれた金髪の彼が、炎の魔法でオークを吹き飛ばす。
「君は少し下がっていてくれたまえ。少々威力のある魔法を使うからね」
「は、はい」
二人は私を庇うように立ち塞がり、銀髪のヴァルと呼ばれていた彼も、青い光を放った剣を喚び出した。
彼らは揃って私の方に振り向いて言う。
「君の事は、僕達が護る」
「だからそこで見ててくれ。すぐに片付けてやっからよ」
微笑を浮かべた二人は、この緊迫した状況下であるのに、何故かとてつもない安心感があった。
それと同時に、彼らはなんて美しいのだろうと──そう思わずにはいられなかった。
二人はすぐに前に向き直り、違いに背中を合わせるようにしながら、魔王とオークに剣先を向けた。
「太陽の
アレク様の剣が、燃え上がるような赤いオーラを纏う。
「月の剣、女神の
ヴァル様の剣もまた、静かに渦を巻く青いオーラを纏わせる。
「「我ら、聖女を守護せし力を──今、解き放たん!!」」
二人の剣は、荒れ狂う二色の光線を魔王達へと浴びせた。
降り注ぐ滝のような、激しい光の流れが絶え間なく注がれ続けていく。
『グガッ……ボガバベァァァァァッ!!』
「グアァァァァァァァ!!」
広間は眩しい光に呑み込まれ──
「……倒……したの、ですか……?」
広間からは、あの悪臭を放つ巨大な怪物も、醜いオークの姿も消えていた。
ここに居るのは、私と二人の男性──アレク様とヴァル様だけだ。
「姫さんも見てただろ?」
「倒したよ。僕達が、今ここで」
「勇者様達でも倒せなかったのに、どうして……?」
二人は呆然とする私に歩み寄り、それぞれが私の手を取ってこう言った。
「アイツは『リュミエール王国を救う代わりに、姫さんを魔王の嫁に寄越せ』と言ってきた。そういう契約だったよな?」
「ええ……そう聞いています」
「それなら僕らがあれを倒し、新たな魔王となって国を救えば、君は僕らのお嫁さんになるという事だろう?」
……今、何と仰いました?
困惑する私に、彼らは続けて言う。
「魔王との契約は、普通の契約とは訳が違う。絶対に守らなきゃならねぇ」
「例え魔王あれど、その契約を破れば死んでしまう。……それ程までに、あの化け物は君を欲していたんだよ」
「そんな契約をしてまで私を必要とする理由が分かりません! そもそも、貴方達は何者なのですか? 新たな魔王になるだとか……。助けて頂いた事には感謝しますが、私には何が何だか……」
「理由は……残念だけれど、僕らにも分からない。でも、僕らが魔王を倒せた訳はきちんと説明するよ。けれど、ここはまだ敵の本拠地だ。場所を変えるよ」
彼らに手を握られたまま、またさっきと同じ浮遊感がする。
次の瞬間、私達はどこかの草原に立っていた。
彼らの本名は、アレクサンダー様とヴァルナル様というらしい。
二人が魔王の子供だというのも事実で、先程魔王を倒した事で、新しい魔王としての資格を得たというのも本当なのだそうだ。
彼らは太陽と月の神に力を与えられた兄弟で、アレクサンダー様が兄で、ヴァルナル様が弟。
二人は父である魔王の凶行を止めようとしたのだけれど、反乱分子とみなされ、城の地下深くに閉じ込められていたという。
しかし今日、神々に助けられ力を与えられた二人は、見事魔王を倒せたのだとか。
「本来なら、勇者にその役割を担ってもらうべきだったんだがな……」
勇者様御一行は、魔王の前に倒れてしまった。
そこで神々が最後の手段として選んだのが、魔王の息子達による魔王討伐だったらしい。
「魔王の子供が魔王を倒して世界を救った……なんて言っても、人々は信じてくれないだろう」
ヴァルナル様の発言に、私は顔がこわばる。
「俺達は次の魔王になったが、まずは何をしなきゃならねぇと思う?」
「あっ……婚姻、ですか?」
魔王を倒した魔族は、自動的に次の魔王となる。
同時に魔王を滅ぼした彼らは、私との婚姻を果たさない限り、契約違反によって遠くない未来に命を落としてしまう。
「だからアンタには、俺達二人の花嫁になってもらうしかねぇ」
「なるべく早い方が良い。君は不安だろうけど、僕もアレクも、君に酷い事をするつもりは無いんだ」
出会って間も無い二人だけれど、魔王すら倒してしまった命の恩人である事に違いはない。
急な話ではあるものの、彼らを見殺しに出来るはずもなかった。
するとヴァルナル様は、私達三人がすっぽり収まる魔法陣を展開する。
「きちんとした式は、また日を改めて執り行おう。すまないね」
「これで救世主のお二人が助かるのでしたら、私はそれで構いません」
「救世主かぁ……。魔王なのに救世主って、普通意味分かんねぇよな」
「まあ、それが事実だから仕方無いよね」
困ったように笑う二人に、思わず私まで釣られて笑ってしまった。
白く輝く魔法陣。そこに込められた魔力がみるみる高まっていく。
「……じゃあ、契約を開始するよ」
「はい」
私が頷いた後、ヴァルナル様から誓いの言葉を紡いでいく。
「夫ヴァルナルは、シャルミア・サントマ・リュミエールを妻とし、命果てても愛する事をここに誓う」
「夫アレクサンダーは、シャルミア・サントマ・リュミエールを妻とし、命果てても愛する事をここに誓う」
人類の婚姻の際は、『命果てても』ではなく『死が二人を別つまで』と誓いの言葉をたてる。
これは、魔族独特の言い回しなのだろうか。
私も、彼らと同じ誓いをたてるべきなのだろう。
「妻、シャルミア・サントマ・リュミエールは──ヴァルナル、アレクサンダーを夫とし、命果てても愛する事をここに誓います」
私の誓いが終わると、魔法陣はその輝きを増した。
その光が消えると、身体の奥底から不思議な魔力が湧き上がってくるようだ。
「これで俺達は夫婦って訳だ。まあ、互いの事はこれから知っていけば良いだろ? 宜しくな、シャルミア」
「あまり実感がありませんが……。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します、アレクサンダー様。ヴァルナル様」
「ああ、宜しく頼むよシャルミア。さて、まずは結婚報告も兼ねて、君の国へ行こうか」
「転移を使えば一発だしな」
「ですが、お二人が魔王だと知られると誤解を生んでしまいます! 私が説得するにも限度があるでしょうし、少々難しいのでは……」
まだ残党は残っているけれど、前魔王の脅威は去った。
それをまだ知らないお父様達に、あの城で起きた事をどう説明すれば良いのか……。
「幸い、僕らは人間と外見が変わらない。神々に喚び出された救世主だとでも言えば、何とかなると思うよ?」
「そ、そんな話が通用するのでしょうか……?」
「勇者伝説は信じるくせに、そういう話は信用しないモンなのか? なら、俺達が新しい勇者だって言っときゃ良いだろ」
二人の発想についていけない私に、今アレクサンダー様が言葉を続ける。
「これを見せときゃイケるだろ?」
「この剣を……ですか?」
「一応コレは太陽神から貰ったモンだしな。知識のある奴が見れば分かるはずだぞ?」
「そ、そうなんですか!?」
「僕の剣は月の女神から授かったものだ。そうだな……。太陽と月の勇者、という設定でいってみよう」
神が造ったという武器をこうもサラッと作戦に組み込む魔王兄弟に、私は深い溜息をつく。
すると、二人は私の手を取った。転移魔法を使う際には、こうして身体に触れておいた方が安全に転移が行えるのだそうだ。
そして、もう二度と戻れはしないだろうと諦めていた、見慣れた城門の前に到着した。
転移魔法独特の空間の歪みに怯えた門番達は、私の姿を見てひどく驚いた様子だ。
「シャ、シャルミア王女!?」
「今朝、城を立たれたはずでは……? いえ、その前にそちらの方々は……」
「この方々は怪しい者ではありません。国王陛下にお話がありますので、彼らも通して下さい」
「で、ですが……!」
そうは言っても、こんな事を知られれば、魔王が黙っているはずがない──そんな風に考えているのだろう。
「安心して下さい。このお二人は……新たな勇者様なのです」
事前に決めた設定の通り、私は彼らの素性を説明する。
「お言葉ですが姫様、勇者様はもう魔王の手によって亡き者にされてしまったのでは……」
「だから俺達が、次の勇者様ってのに選ばれたんだよ」
「その証拠に、こうして魔王の手からシャルミア王女を救い出したから、僕らは今ここに居る」
本当は勇者様ではなく、新しい魔王なのだけれど……。私を救った『勇ましい者達』である事に間違いは無い。
「魔王という世界最悪の脅威は去りました。それを今すぐ陛下に──お父様にお伝えしたいのです。彼らの入城と、お父様への取り次ぎをお願いします」
「……か、かしこまりました!」
嘘と真実の入り混じった言葉だけれど、それでも信じてもらえたようだった。
すぐにお父様と謁見の間でのお目通りが叶い、私は勿論アレクサンダー様達も、すんなりと城へ入る事が出来た。
お父様は私の顔を見て、歓喜と安堵、そして罪悪感でごちゃまぜになった表情で、声を震わせる。
「おおシャルミア、よくぞ無事で……!」
「お父様っ……!」
どちらともなく駆け出し、私達は互いを抱き締める。
もう会えないと思っていた。
私の名前を繰り返し呼ぶお父様。
私はそれに合わせて何度も「はい」と涙混じりに返事をして、この再会の喜びを噛み締める。
「済まなかった……本当に済まなかった、シャルミア……! お前を見送る事すら出来なかった、この無力で愚かな父を軽蔑してくれ……!」
「いいえ、お父様。あのような状況では、無理もありません……」
王とは、民を守る者。
その為には、時に血を分けた家族すらも犠牲にしなくてはならない。
それが王族の務めであり、それこそが人の王としてあるべき姿なのだと、今は亡きお母様がそう教えてくれた。
「あんな選択を迫られて……悲しかった。辛かった。ですがそれは、お父様も同じだった。……そうでしょう?」
「……お前はカタリナによく似た、強い娘に育ったな」
「お父様とお母様の娘ですもの。私はもう、生きる事を諦めたくありません」
私は後ろを振り返り、金と銀の兄弟に笑みを向けた。
「では、そなた達が……!」
彼らはそれぞれ、赤と青の剣を喚び出した。
アレクサンダー様はお父様に片膝をつき、
鞘に収まった剣は右手で持ち、身体を支えるような体勢だ。
こうして黙っていると、常人とは比べ物にならない程、とても端正な顔立ちをした男性だった事に気づかされる。
「こちらは太陽神アバルの剣を授かりし勇者、アレクサンダー様」
それに続いて、ヴァルナル様も同じく頭を下げる。
長い銀糸の髪が床についてしまったけれど、その髪の流れにすら美しさを覚えた。
鋭さを感じる瞳とキビキビとした動作は、まるで氷の騎士の戦士のよう。
「そしてこちらが、月の女神アルメスの剣を授かりしもう一人の勇者、ヴァルナル様です」
お父様は二人の若き勇者を前にして、ううむと唸る。
「この蒼紅の剣が、神より授かりし勇者の証です。彼らこそが、世界を掌握せんとした魔王を見事討ち果たした勇者なのです」
「……勇者アレクサンダー殿、勇者ヴァルナル殿。顔を上げよ。我が愛娘を救い、憎き魔王を討ち果たした事、誠に大義であった」
二人は顔を上げ、静かにお父様を見上げる。
「魔王討伐の報せは、すぐに各国へ届けよう。そしてそなた達には、私に出来る最大限の礼をしたいと考えている。何か褒美を望むのであれば、遠慮無く言ってくれ」
「何でも、か」
「ああ。爵位も領地も、金銀財宝も思うがままだ」
それを受けて、彼らはちらりと互いに目をやり、小さく頷いた。
「そういうのは間に合ってる。だから他の物でも構わないか?」
「勿論だとも」
彼らは魔王だ。
彼らと出会ったあの城は、今ではもう完全に二人の所有物だろう。
領地や宝物だって、魔族の国にあるのだから必要無い。
「ならば王よ。僕らは姫を貰い受けたい」
「シャルミアを褒美にだと!?」
「俺達はもう、シャルミアとは切っても切れない仲にある」
「それを受け入れられないのであれば、僕らは魔王の残党とは戦わない」
「な、何だと……!?」
確かに私と彼らは、婚姻契約を交わした。
通常の式を挙げる婚姻とは違い、婚姻契約となると話が変わってくる。婚姻契約は重い契約で、どちらかが命を落とさなければ解消出来ないのだ。
だから、切っても切れない仲というのはあながち間違いでは無い。
……けれど、誤解を生む発言だと思う。
「ぐっ……! 娘の命の恩人であるそなたらであれば、私の知らぬ間に愛が芽生える事もあるのだろう……」
ああもうほら、早速誤解しているじゃないですか!
お父様は両手を固く握り、苦々しい顔で言う。
「勇者殿が居なければ、娘はどうなっていたか分からぬ。であれば、シャルミアが望み、護り切れる者と結ばれるべきか……!」
「お、お父様……」
「だが、何故『俺達』と……? 二人で娘をたぶらかしたとでも言うのか!?」
「いや、そうしなければ死んでしまいそうだったものだから」
「恋い焦がれ、今すぐにでも死んでしまいそうだったからと……!? 確かにシャルミアは自慢の娘であるが、それ程までに我が娘を求めるか……!」
そうではなくて、魔王である二人と婚姻契約をしなければ、彼らがいつ命を落とすか分からなかったからで……!
けれど、私はぐっと言葉を飲み込んで、多少やけになりながらお父様の腕を掴む。
「わ、私からもお願いします! 彼らの為にも、この国の為にも……そして世界の為に、私と彼らとの婚姻を認めて下さいませ!」
必死で頼み込んだからか、お父様は悩ましげな顔をしながらも、静かに一つ頷いた。
「……よかろう。お前の言葉で決心が付いた。アレクサンダー殿、ヴァルナル殿。どうか、どうかシャルミアを幸せにしてやってくれ……!」
「ああ、勿論だぜお義父さん!」
「ではお義父さん、早速式の日取りの相談を……」
「お二人共気が早いですし、その前に国民と各国への報せの方を優先でお願いします!」
世界の未来は、きっと神様にだって分からないだろう。
それでも私達は、私達の手で未来を切り拓く。
この先どんな困難が待ち受けていようとも、私は二度と生きる事を諦めない。
人生には希望が残されているという事を、二人の旦那様がその身をもって教えてくれたのだから。
こうして私は、勇者を騙る二人の魔王──アレクサンダー様とヴァルナル様に嫁ぐ事になったのです。
勇者の村が焼けまして、姫は魔王に嫁ぐ事になったのですが。 由岐 @yuki3dayo
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