第51話 再起

≪フェーズ2、完了。スケアクロウはこれよりバックアップへ回る≫


 破壊され、人気のない街中の一角に小さく通信の音声が入る。そこそこ強い風と遠くから聞こえる戦闘の音によりそれが周囲へ響くことはなかったが、音声の発信源である通信機の持ち主にははっきりと聞こえた。


≪ハミングバード、了解。これより追い込み漁を仕掛ける。……ってかこの名前慣れねえな。俺に似合わねえ。やっぱほかの名前に変えていい?≫


 次に気の抜けた声が自身のコードネームについて抗議をする。


≪却下。貴様のネーミングセンスは褒められたものじゃない。ビッグ・アイ、各機座標確認。作戦は予定通り≫


 ビッグ・アイと名乗った声がハミングバードのセンスを一蹴する。しつつも自身の役割はしっかりと果たしている。手首に装着している端末には観測された敵機及び味方機の位置情報が送られてきている。


≪マッド・ハンター、配置に着きました。私もコードネームは再考したほうがいいと思います≫


 "マッド狂気"などという自ら好んで名乗る者など少ないコードネームの声がハミングバードに便乗する。その声色からコードネームに対する不満が相当なものであることがわかる。


≪レオ・アルファ、現地のPMSCと目標の一部がレオ・ベータの潜伏地点へ流れています。ベルセの投下を早めることを提案します≫


 凛々しさを感じる声が想定外の動きを知らせる。そして、その声の提案にビッグ・アイが即座に許可を出した。


≪ビッグ・アイ、了解。これよりベルセを投下する。各員、フェーズ3及びフェーズ4を平行して行う。敵機及び現地のPMSCの動きに注意されたし≫


 ビッグ・アイの通信が終わると同時に、遠かった戦闘の音がこちらに近づいてくるのが分かった。端末には愛機が投下され、着陸する座標が送られてくる。


「レオ・ベータ、作戦変更了解。合流座標へ向かいます。危なくなったら援護頼みます」


 レオ・ベータ、ミハイル・エメリヤノフは隠れていた場所から飛び出す。戦闘に巻き込まれてしまっては容易に目標座標までたどり着けない。

 外はここが日本だとは信じられないほど荒れ果てていた。ビル街は崩れてはいないものの、激しく損傷をしており舗装されていたアスファルトもひび割れ、所々はがれているところもある。


「あの辺か」


 拳銃を片手に道の端を走る。後ろからは戦闘の音が迫っている。振り返ると、現地のPMSCのカッシーニと敵機のアーリアタイプの数機がやりあっているのが確認できた。


「ここなら人がいないとおもったんだろうが、こうも戦場を広げられては……!」


 カッシーニの決死の一撃で体勢を崩されたアーリアタイプがこちらへと吹き飛ばされてくる。あのカッシーニもそこそこはやるようだが、飛ばす位置が悪い。


「ベルセはまだか!?」


 座標からはまだ遠いが、焦りからその言葉が出る。


≪ビッグ・アイよりレオ・ベータへ。自動操縦に切り替えてそちらを追いかけるようにした。うまく合流するように≫


 ビッグ・アイからの通信に短く肯定の意思を示すと、瓦礫やマシンに潰されないように座標へと向かう。しかし、敵のアーリアタイプはこちらを視認したようで。


「こっちは生身だっつーの!」


 死を覚悟しつつもビルの隙間へともぐりこむ。そして衝撃に備えた。だが、予想していた衝撃がミハイルを襲うことはなかった。代わりにアーリアタイプが地に伏していた。そしてそのそばに1機のロードが降り立つ。その姿は数年前と変わった箇所が複数あるが、いまだ原型の面影を残すレグルス・ベルセのものだった。

 恐らく急降下してアーリアタイプの背部に蹴りを入れたのだろう。着陸したベルセは新たに装備していたシェイプ・スピアへエネルギーを送り先端にビームの刃を形成させ、バックパックごとコックピットを貫いた。そして敵の無力化を確認すると、ミハイルのいる場所へと近づき、跪いてコックピットが開かれた。


「助かった!すごいな、無人でこの動きか」


 開かれたコックピットの中には誰もいない。新たにベルセに搭載された補助システムのみで動いている。

 感心しつつもコックピットへ飛び乗ると、手動及び音声認識でシステムを切り替え、周囲状況の確認を行う。


「パイロット認証、ミハイル・エメリヤノフ」


≪確認しました。システム、切り替え完了。現在作戦の70%が完了≫


 モニターにはマップの上に僚機のコードネームが表示され、それぞれの任務達成率が表示されている。

 上空で情報収集及び作戦指示をしているビッグ・アイと援護射撃を担当するレオ・アルファを除いて各機は今回の作戦の担当任務を問題なくこなしているらしい。残るはミハイルの担当する最終フェーズのみだ。


≪ハミングバードより各機、追い込み完了。はぐれた奴はレオ・ベータが撃破したことを確認。全機、レオ・ベータの援護よろしく!≫


 ベルセの真正面から後方へとあっという間にハミングバード、東条の乗る可変機が地上の敵機を一方的に射撃しながら抜けていく。


≪現地のPMSCの残存勢力の退避完了を確認。マッド・ハンター及びスケアクロウは左右の建物から狙い撃ち、レオ・ベータは正面から敵をくぎ付けに≫


 ビッグ・アイからの指示とともにミハイルはベルセが左手に持ったラウンドシールドを構え、正面から突撃をする。ベルセの持つシールドにはワーカータイプに使用されるリアクターが仕込まれており、それにより粒子を制御してシールドの表面をコーティングするようにして防御力の強化がはかれる。その防御力は並の射撃武器では太刀打ちできない。


「まずは1つ!」


 ハミングバードの追い込みと左右からの集中砲火によってうろたえているアーリアタイプが5機。そのうちの1機に狙いを定め、シェイプ・スピアによる突きを放つ。

 先端が青く光るそれは、いともたやすくアーリアタイプの脇腹を刺し貫き、そしてそのまま上方向へ切り上げることにより、上半身が半ばから真っ二つなってしまった。

 しかし、相手も素人ではない。残りの2機がこちらの左右に展開しつつ射撃、ソードによる近接戦闘をそれぞれ仕掛けて来た。ライフル射撃はラウンドシールドによって防ぐ。かなり威力のある粒子ビームであったが、数発撃ち込まれたところで何ら影響はない。そして大振りにソードを構えたもう1機はスピアで対処をする。遠距離攻撃ができないと踏んで大ぶりな、しかし威力のある攻撃を選択したのだろうが判断ミスだ。


「2つ」


 スピアの持ち手にはトリガーがある。相手はもっと観察すべきだった。スピアの先端を敵機へ向け、トリガーを引く。すると先ほどまでビームの刃を形成していた場所からは青い粒子の弾丸が発射された。貫通力の高い青い粒子の塊は先ほどと同様にたやすく、ソードを振り上げたアーリアタイプのコックピットを貫いた。


「3つ!」


 シールドを構えつつ残りの1機へ肉薄する。アーリアタイプはライフルを連射して抵抗するものの、シールドに傷つけることすらかなわない。

 スピアを敵機のコックピットへと押し当て、そしてトリガーを引いた。



***


≪状況終了。敵機の反応消滅。各機、警戒しつつ帰投を≫


 ビッグ・アイからの通信が聞こえる。どうやら目標はすべて撃破できたようだ。自身が担当した機体の他2機ほど敵機がいたはずだが、左右からの集中砲火によってあえなく撃破されていた。

 状況終了を知らせる通信を聞いて臨戦態勢を解いたマッド・ハンター、スケアクロウの2名が操る機体が陣取っていた建物の上から降下してくる。


≪大したことなかったな。業務再開の1発目としちゃ上々な戦果じゃないか?≫


 スケアクロウ、常盤の操るスケアクロウⅡが右手に装備していたガトリングガンを背部へと懸架する。彼の機体は先代スケアクロウ、鮫島の晩年の戦闘スタイルを最も知る常盤の要望に沿ってヴォイジャーをカスタムした機体だ。鮫島の愛用したガトリングガンとヒートブレードを主兵装としつつも、武器腕とはせず汎用腕のまま状況によってライフルなどの粒子兵器を使用できるようになっている。外観としてはスケアクロウの特徴的な頭部、デスクトップPCのような箱形状の頭部に6つのアイセンサーがあるものを継承しており、まさに2代目と言うべき外観、性能に仕上がっている。


≪慣熟訓練にだいぶ掛かっていた癖によく言いますね≫


 もう1機のカッシーニは見た目こそあまり変わらないものの各部を最新パーツに取り換え、かつ近接戦闘を得意とするマッド・ハンター、セレンのために多様な武装の携行及び敵機への接近を助ける追加装甲、クローク・アーマーを装備している。


≪二人とも言い合いは帰ってからにしとけ。スケアクロウは俺につかまって、他は自力で上昇しろよ≫


≪了解≫


≪分かってます≫


 一度離脱した東条の機体がこちらへ戻ってきて、ある程度の高度で静止した。彼の機体は大破したヴィルヘルムの戦闘データをもとにクレストによって新造されたもので、まだ正式名称すらない実験機だ。しかしその性能は折り紙つき。火力はヴィルヘルムに譲るものの、その他の性能はほとんど上回っているとのことだ。

 そんな機体に飛行があまり得意ではないスケアクロウⅡが飛び乗り、上昇を開始する。カッシーニもそれに続く。


≪ミハイル?≫


「ん、なに?」


 聞きなれた声に呼ばれる。なにを用心してか別回線で通信が送られてきている。


≪調子はどう?≫


「問題ないよ、ライサ。さすがキールの残したシステム。レグルスとマッチしてるよ。さっきもこいつに助けられた」


≪そうじゃなくて、あなたの方。だいぶふさぎ込んでたじゃない≫


 ミハイルは再び地上に降りたあとしばらく、自室から一歩も出てこなかった。自身の中で整理がついたのか、無理をしているのか。彼女はそれが気になっているのだ。


「大丈夫。新しい目標もできたし、これからは人一倍活躍させてもらう所存ですとも。これからも的確な援護、期待してるよ」


≪今日みたいな仕事ばかりだったら私が援護するまでもなさそうだけど。その言葉、どこまで本当か知らないけど無理して私が尻ぬぐいするのは御免よ≫


 ライサは相変わらずの口調ではあるが、心配してくれる。ミハイルはそれを聞いて改めて思う。キールとノアは失ってしまったが、まだ自分にはライサや東条たちがいる。彼らを失うことは絶対に避けなければならない。


「はは、相変わらず手厳しいね。でも本当に大丈夫だよ。俺たちやキールにこんなことをした奴らを見つけ出して、潰す。今回はその第一歩。何人か捕虜にしてるんでしょ?そこからまずはあのアーリアタイプをどこで手に入れたかを聞き出す」


≪無理をしてると思ったらすぐにやめさせるから。それだけは覚えておいて≫


 機体を上昇させる。上をみるとライサと再会した時のように晴れており、雲もすくなかった。帰還すべき母艦、ファランクスの艦影がまだ小さくではあるが視認できる。


「キール、ごめん。だけど……!」


 キールはきっと望まない。ミハイルがパイロットであることを、人を殺すことを。しかしミハイルには許せなかった。大事な人をためらいもなく殺した顔も分からない連中が。

 

 こうして、地球軌道上での戦いの後活動を縮小していた新生五菱のPMSCとしての最初の仕事が終わった。そしてその後も、ミハイルたちは悪化した世界情勢で頻発する戦闘に身を投じていくこととなるだろう。それぞれの目的を胸に。



ロード・オブ・ロード 天壌の支配者  完

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