第50話 帰還
「ヴィルヘルム着艦します!ヴィルヘルム着艦!」
先の戦いでボロボロになったヴィルヘルムが五菱の艦、ファランクスのハッチの開いた格納庫へと倒れこむように着艦した。まともな挙動の出来ないほど損傷を負った機体を収容するために格納庫には平たいゴム質のロープがいくつも張り巡らされ、それに支える形でヴィルヘルムはかろうじて床へ激突せずに済んだ。
「未確認機もともに収容。パイロットは東条さんが確保しているため危険はないそうです」
「よし、こいつは一番奥のハンガーへ運べ。損傷の少ない機体から最低限動けるようにするんだ」
「ハッチ閉鎖!収容終わりです!」
「てめえら!こっからもうひと頑張りしてもらうぞ!」
ハッチが締まり空気が充填された格納庫に整備班長たる城崎の声が響き渡る。メカニックたちはそれぞれその言葉に応えると、担当の機体の元へと向かっていく。
格納庫の奥へと運び込まれたヴィルヘルムがクレーンに吊られてハンガーへと収められると同時にコックピットが開き、東条と思しき人影ともう一人の姿がそこから現れる。
「東条、お前もハデにやられたな」
「悪いな、ただでさえ整備性が悪いのによ」
ヴィルヘルムの担当メカニックの一人が彼に声をかけた。いつも機体に無茶をさせる東条に怒る担当となりつつあるそのメカニックであったが、彼は両腕を失い胸部の装甲が所々へこんだヴィルヘルムを見て満足そうに返した。
「いつもなら文句の一つでも言ってやりてえけど今回は別だ。コイツ《ヴィルヘルム》はしっかりと仕事してくれたみたいだしな」
「ああ、こいつは俺をしっかり守ってくれたぜ」
「それじゃ、こっからは俺たちの仕事だ。コイツを直すのがすぐになるか、あとになるかはわからんけど機体の状態は見ておかねえとな。お前はその引っかけた女とごゆっくり!」
「あ”ぁ!?」
メカニックに背中を蹴られて驚きつつもそのまま艦内部へつながる足場の方へと流されていく東条。それとアルテ。
「私は貴様の恋人などになった覚えはない」
「うるせー!あいつもお前も、一仕事終わったんだからいい気分でいさせろよ!」
相変わらずしまらない彼は「これが一流って認められない理由の1つなのかも」などとぼんやり考えつつもアルテとメカニックへ抗議した。
***
ファランクスの食堂。戦闘中であっても厨房には人のいるそこは戦闘後の後始末をすべく、その要員すら動員しているため珍しく誰もいない。いや、正確には2人しかいない。
「……」
ロードのパイロットであるミハイルとライサだ。これほど大規模な戦闘の後はパイロットは休ませるという社の方針でミハイルはじめ生き残ったパイロットたちは皆思い思いの場所で休憩をしていた。ミハイル達にとってその場所がたまたま食堂だったというだけだ。
「あの、さ」
ミハイルが気まずそうに彼女に声をかける。が、彼女は答えない。
「ごめん。キールのことも、ノアのことも」
「は?別にあなただけのせいじゃないでしょ」
ミハイルの言葉にライサは明らかに機嫌を悪くする。
「あの時こうしていれば、なんてよくある話。あなたは最善を尽くしたんじゃないの?」
自分は最善を尽くした。そう言わんばかりの口調のライサ。彼女はことあるごとにすべて自身のせいにするミハイルの性格が気に入らないようだ。しかし、ミハイルは食い下がる。
「もちろん、俺は二人を助けようとしたさ!でもこのざまだ。何人も同じ境遇の人間を殺した。俺より若い奴もいたかもしれない。その結果がこんな、あんまりだろ!」
ミハイルが声とともに拳を振り下ろす。それは鈍い音を立てて、その数瞬の後に拳から血が流れた。いくら最善を尽くそうとも結果が伴わなければ何の意味もない。彼はそれをいま痛感していた。
「キールが最後に言った言葉、分かる?すまない、だってさ。俺はそんなことを言ってほしくてここまで来たんじゃない。俺は……!」
「もうその辺にしときなさい」
ミハイルの声を遮るようにして制止したライサを見て彼は口をつぐむ。しかし、今のミハイルは彼女が少し薄情すぎやしないかと思えてしようがなかった。
「ライサさんは思わないのか?キールもノアも助けられないで……」
「私だって……思ってるわよ」
ミハイルがその声色から彼女の心情を察し視線を落とすと、その拳は震えていた。
「おい、お前ら。こんなとこにいやがったのか」
気まずい雰囲気になった2人に声がかけられる。声のする方向を見ると、そこには疲れを隠し切れない表情の国崎が壁に寄りかかっていた。その様子を見るに今しがた急いでやって来たのだろう。
「回収したお前らの知り合いのワーカーにデータが残ってたらしい。ウチのメカニックはそのへんの確認をしてるほど手が空いてないんでな。縁のあるお前らが確認してくれないか」
整備班の手が空いていないのは確かだろうが、鹵獲した機体のデータの確認など落ち着いてからでもいいはず。しかし、キールの乗っていた機体だ。ミハイル達に気を使ってくれたのかもしれない。
「ありがとう。ライサさん」
「分かってる。行くわよ」
ミハイルは小さく国崎に頭を下げると、ライサとともに格納庫へ向かった。
***
「状況報告頼む」
戦闘の光が落ち着き出撃した機体たちが帰還しているころ、ブリッジでは状況報告と事後処理でクルーたちが慌ただしくしていた。その中で、送られてくるデータに目を通しつつ、社長兼艦長の滝沢がクルーに問いかけた。
「はい。まず損害報告ですがスケアクロウ、リノセウス1機大破。カッシーニ、ベルセ中破。ヴォイジャー小破。ヴォイジャーは損傷は少ないですが各部の損耗が激しいです。最後にファルケですが目立った損傷なし。ただ粒子を使い過ぎてリアクターからの粒子充填をしないとしばらくは動けません」
今回は五菱史上最大の戦力を投入し、そして最大の被害を出しつつも目標を達成した。応急処置で動ける程度にはなる機体がいるだけでも幸運というべきだろう。他にも思うところはあるが、それを考えている時間はない。
「うん。次、回収状況は?」
「事前の契約通り撃破した機体の3割はこちらが回収権をもっていますので、とりあえず例の白い機体、オーバード、ワーカーの3機はこちらで押えました。あとはぼちぼちですね。量産型のアーリアタイプはすでに先の戦いで何機か回収してますし」
今回の戦闘で得られたものは基本的に30%が五菱のものとなる。その内訳については軍と相当揉めたが、基本的に撃破したものが所属する組織が優先権を持つこととなった。そのため、横やりが入らないうちに出自が特殊な機体はすべて回収した。普段操縦をしないダメージコントロール班の技術者たちに急がせて回収したが、このくらいしなければ、今回の損害の割に合わない。
「そっちは問題ないな。……さて」
今一度状況を確認し終えると、手を顎にやって思案をする。今回の件、色々と気になることがありすぎるのだ。特殊な機体をこちらが押えたにも関わらずいまだ自衛軍が何も言ってこないのも気になるし、敵基地に何も仕掛けていないのに作戦終了というのも気がかりだ。
「今回の仕事、我々にも少なからず被害が出たが……」
帰還したパイロットたちが機体から出てきて一息ついているのがモニター越しに見える。
「ひとまず人的被害だけは少なくて良かった。鮫島……」
回収したスケアクロウは損傷してはいるものの、かろうじて機体の原型は分かる。コックピットとリアクターは完全に破壊され見る影もなく、廃棄処分するしかないだろう。しかし、これは彼の機体だ。放っておくことなどできなかった。
「艦長、ひとまず回収作業は終了しました。
「ああ、分かった。帰還の航路を取れ。自衛軍に追随する形でな。各員、衛星軌道上に着くまでは気を抜くなよ」
思案を巡らせている間にだいぶ時間が進んだようだ。クルーに指示をすると再び思考の海へと戻る。戦闘の時にはその余裕がなかったが、やはり何かが引っかかる。
「これで終わりだといいんだが、というのは考えが甘いかもな」
こうしてぬぐい切れない違和感を覚えつつも、滝沢達は帰路に着いた。
***
「これ、こうか?」
「違う、こっちよ」
「ああ、なるほどね。それじゃあこっちも……、クリア。解除成功」
回収したキールの搭乗していたワーカーのシートにミハイル、その横にライサが陣取りキールの残したであろうデータの解析をしていた。ライサがデータにかけられていたプロテクトを解析し、ミハイルへ教えながら解いていく。
「これは……」
「システムデータ?それも機体OSみたいね?」
「君、たちに……自由を、か」
画面にプログラミング言語の羅列が下から上へと流れていく。そしてその上にはキールからミハイル達へのメッセージと思われる一文が添えられていた。
このデータを売り飛ばして静かに暮らすもよし、自ら使って傭兵稼業を続けるもよし。そういう意味なのだろう。少なくともミハイルにはそう受け取れた。
「これは恐らくあのアウストリウスとかいうのに使われていたデータね。基本システムからあの機体が使った武装のデータまで、あらゆるデータがあるわ」
ミハイルが操作していたパネルを半ば強引に奪い取り、データの閲覧をしていたライサが内容について呟く。どうやら想像以上に価値のあるデータを手に入れたようだった。
「そしてその根幹のシステムの名前が……ノア・システム」
「……」
ミハイルはそれを聞いて口を閉じた。ライサもキリのいいところまで見終わるとファイルを閉じ、プロテクトをかけ直した。
「これからのことをゆっくり考えましょう。少しはその猶予はあるはずよ」
「そうだね。今は休んでこれからのことを考えよう」
ミハイルはシートに寄りかかって天を仰ぐ。とはいっても格納庫の中なので上にあるのはねずみ色の金属板だ。時折メカニックが何かの部品や工具をもって通り過ぎていく。
今後どうすべきか、それを考えるべく目を閉じ、思考を巡らせる。しかし思考は纏まらない。これまでに起きた様々なことが頭の中を通り過ぎていく。そして、わずかな時間の後にミハイルは意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます