第49話 介入者 3 

「ヴォイジャー、基本的に攻撃はバリアフィールドで受けるんだ。実体盾はここぞという時のみだ。ファルケは目標の左半身を狙ってくれ。狙撃はしなくていい」


 ベルセのコックピットから2機の僚機へ指示が飛ぶ。その声の主はキールとライサの育ての親ともいえる男、キール・エメリヤノフ博士のものだった。彼は慣れないコックピット内での衝撃に耐えつつそれでもその両目は攻撃を続ける白い機体、アウストリウスを捉え続けている。


「キール、俺は?」


 彼の目の前で機体を動かしているミハイルが問いかける。


「武装はショートソードと、ワイヤーのみ。だが幸い機体のフェイズユニットシステムは正常に作用している。簡単にいえばリアクターから過剰供給されている粒子を機体の隅々まで行きわたらせて機体の反応速度を高める効果があるんだけど。あれの出力を制御できれば機体の各ポイントからビームソードと同程度の粒子の刃を形成可能なんだ」


 つまり、そのシステムを利用すれば残った腕や足からある程度ではあるが任意の長さの武器を出現させ、使用することが可能ということだ。それに、幸い粒子放出用の装甲への換装したことによって使用することによる装甲への劣化はある程度無視できる。


「なるほどね、それじゃあやらせてもらう!」


「でもアウストリウスは最低でもフェイズ3でシステムが動いているはずだ。でなければムーンレットの遠隔操作は不可能。フェイズ3であれば甘く見ても総合性能はレグルスタイプの1.5倍ほどと見た方がいいな」


 ひとり言のように自身の思考ともミハイルへの注意喚起ともとれる言葉をつぶやくキールをよそに、ミハイルは機体を前進させる。激しい戦闘によりアウストリウスは装甲の端々をえぐり取られ、ムーンレットは残り数機を残すのみとなっていた。そのアウストリウスがヴォイジャーに肉薄する。速度の乗った体当たりがヴォイジャーを襲い、肩部シールドの使用を余儀なくされた。これによりヴォイジャーは数秒ではあるが体勢を立て直す時間が必要となり、盾の役割が果たせなくなった。


「常盤さん!」


≪多少時間はかかるが問題ない!てめえは敵だけみてろ!≫


「クソォッ!」


 接近するアウストリウスと数度切り結ぶ。しかし、終始こちらが押され気味だ。一度距離を取ろうと機体を操作し始める。しかし、アウストリウスも度重なる近接戦闘の経験からそれをさせまいと追撃の動きを見せる。ソードを両手で持ち、突きの構えだ。


「ここ!」


 機体から発せられる青い光が一層強くなる。それと同時に右脚で蹴り上げた。本来はかすりもしない攻撃であったが、フェイズユニットシステムにより瞬間的に足先の装甲から放出されていた粒子がアウストリウスの突き出した腕にまで達するほどの刃を形成し、切断した。

 両腕の切断を許したアウストリウスであったが、即座に次の行動に移る。残ったムーンレットがすでにベルセを包囲し、その銃口に光をたたえていた。


≪やらせない!≫


 すかさずファルケの援護が入る。ライサは1つ1つ正確に1発ずつ弾丸を発射し、ベルセを包囲していたムーンレットが次々に撃破していった。しかし、ビームは発射されてしまえば防ぎきれない。実弾の弾速では攻撃する前にすべてを破壊することは叶わなかった。


「少し勝手をする」


 それを予期してかキールがコンソールの一部を操作する。すると機体から放出されていた粒子がバリアフィールドのように機体を覆った。その青い光の膜によってベルセを撃ち抜かんとしていた粒子の弾丸は弾かれ、拡散した。


「ごめん、これだけ粒子を一気に消費するとしばらくは攻撃に使えない」


「でも助かったし、これで……!」


≪ようやく終わりだ!≫


 復帰したヴォイジャーがアウストリウスの両足に取りつき、今度こそ身動きを取れなくさせた。そしてベルセの持つショートソードが横に振り抜かれた。

 腰から下を切断され、達磨状態となったアウストリウスが無力に宙へ浮かぶ。そこへライサがダメ押しの攻撃をする。セミオートで数回にわたって射撃をしたのだ。その正確無比な弾丸はすべて同じ箇所に命中し、命中した弾丸がその前の弾丸を押し込む形で、その硬い装甲を貫通した。


≪――!!??≫


 不可解なノイズが走り、アウストリウスが動きを停止した。彼女が狙ったのはリアクター。万が一にも自爆するなどということが無いようにという判断だ。


≪止まった……のか?≫


≪ええ、確かにリアクターを撃ち抜いた。足も腕もない≫


「ふう……。本当に止められたんだ」


 3人がまだ警戒をしつつも、戦闘が終了したことに安堵する。気が付けば周りの戦闘の光もなくなっている。


「ミハイル、ノアを助けにいこう」


「うん」


 ミハイルの肩にキールが手を置いて声をかけた。ミハイルは彼を一瞥して頷くと、アウストリウスへ近づき、ショートソードを放棄し残った腕でその胴体を掴んだ。



***



「ええ……、やられちゃうんですか?アレ。仮にもウチの最高戦力でしょ?」


 デブリ帯の中、潜むようにして停留している輸送船のブリッジでアウストリウスの戦闘を見ていた上等なスーツを着た若い男が隣の白衣を着た男に問う。白衣を着た男はキールを強制的に従わせるような命令を伝達していた男だ。


「といいましても、もともと廃棄予定でしたし相手は曲がりなりにも"被検体"2体が含まれていましたから。必要以上にデータは確保できましたし、新型のロールアウトも早まるでしょう」


「ま、それもそうか。ボクの機体の完成に貢献してくれた哀れな被検体諸君には感謝しなくてはね」


 スーツの男は戦場に似つかわしくないワイングラスに透き通った白の液体を注ぐと、それに口をつける。いくらか口に含むと、飲み込んだ。隠れているとはいえ戦場でアルコールを摂取するなど常識外れだ。それほどにこの場は安全であるということか。


「して、あの機体はいかがしましょうか」


 白衣の男が手元の端末に目を落としながら聞く。その端末にはアウストリウスから送信された戦闘データが表示されていた。


「そうだね。データを渡してしまっても構わないんだけど、あの感動的な再会を盛り上げるために一つプレゼントをしようか。まだ機体のプログラム自体は生きているね?」


「ええ、実行しますか?」


「もちろんだとも!では、やれ」


 スーツの男が口角を上げて指示をした瞬間、遠くで何かが爆発した光が見えた。



***


「よし、ハッチ開ける。ヘルメット大丈夫?」


「問題ない。行こう」


 ベルセのハッチが開き、中の空気が外へ流れ出ていく。その後にパイロットスーツを身にまとったキールとミハイルがコックピット内部が丸出しとなっているアウストリウスへと向かい飛び出していった。

 アウストリウスのコックピットを守る装甲とハッチは先ほどのミハイルとの戦闘により破壊されほぼ失われており、コックピットハッチのロック解除の手間は幸い省けた。


≪機体の動力は停止してるけど、コックピット周りはまだ大丈夫そうだ。ミハイル、私が接続を解除するから君は爆発物とか仕掛けられていないか確認を頼む≫


「分かった」


 キールがメンテナンス用のコンソールを引き出し、作業を始める横で、ミハイルはコックピット内を確認する。レグルス等の通常の有人機と違いモニターはなく、コックピットというよりは独房を連想させた。当然その他の計器類も一切なく、あるのはキールが操作しているコンソールのみだ。


「なあ、特に何かあるようには見えないけど。この鉄板も外せそうにないし」


≪こっちもすこし時間が……ッ!≫


 キールは何かを見つけたようでコンソールを操作する手を早める。しかし数秒の後に、何か悟ったようにため息をつくとミハイルの手を掴みコックピットへと放り出した。


「何を!?」


≪レグルス、パイロットを守れ!≫


 彼の声に反応して待機状態だったベルセが動き出し、ミハイルを受け止めコックピットに収めた。そして左腕でコックピットを守るような体勢になり残り少ない推進剤を使用し、距離を取り始める。ミハイルはベルセの行動に困惑しつつもすぐさまコックピットを開けようと機体を操作する。

 しかし、ベルセは頑として操作を受け付けない。なにをどうしようと一切の操作を受け付けないのだ。


「開けろ!ベルセ、開けてくれ!」


≪ミハイル、すまなかった≫


 キールの声がコックピットに響いたその瞬間アウストリウスのコックピットが光り、続いて爆発の衝撃がベルセを襲った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る