後輩

「センパーイ。どうしたんですか?」

「何が?」


放課後、俺が所属するバスケ部の部室にて、椅子に座ってぐったりしている俺に、同じくバスケ部の後輩一一一有栖楓が聞いてきた。

有栖楓。

可愛い顔に、長い髪、制服の上からではわかりずらいが大きな胸、さらにその年齢とは見会わない完璧なスタイル。

周りからは、何においても優秀で、出来ない事がない、いわゆる完璧人間と言われている。


「先輩、何か嫌なことでもありましたか?」


嫌なこと一一一顔にでも出ていたのだろうか。


「……廃校になる事が決まっただろ?それで、な」

「そうですか」


楓はそう言いながら、俺の顔を見ながら心配そうな顔をする。

そして、


「……先輩、他にも嫌なこと、あったんじゃないですか?」


驚く事に、そう聞いてきた。

やはり楓に隠し事はできないな。


「一一一今日、俺と中学まで一緒だった幼馴染が転校してきたんだ」


俺は重たい口を開く。

しかし楓は、明るい声で、


「へえ、よかったじゃないですか」


きっと元気のない俺を元気づける為なのだろうが、その気遣いもかえって腹立たしく感じた。


「良かねえよ」


俺の出した声が部室内に響いた。

自分の大声を聞いて、俺は何に怒っているのだろうと少し冷静になる。

そして、俺の大声を聞いて驚いている楓に向かって。


「あいつが転校した理由、知ってるか?」

「いいえ」


まだその転校生の名前すら言っていないのだが、それでも楓は俺の話を聞こうと、俺の向かいの椅子に座る。

今まで誰にも言っていなかった話だが、楓には言っても良いだろう。

俺にそう思わせるように、楓は俺の目を見る。

だから俺は小さな声で。


「あいつが転校した理由、それは……記憶喪失だ」

「え……」


楓は言葉を詰まらせる。


「中1の夏に、事故にあって大怪我したんだよ、あいつは。それで記憶を喪った。あいつの親は、そういう病院のある都会に引っ越した方がいいって判断したんだろう」


楓は俺の言葉に一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに明るい顔になって。


「……それでも、また会えたんですから一から思い出を作っていいけば……」

「俺は!」


俺は楓の言葉を遮るように叫んだ。

しかし、自分の声が大きくなっている事に気がつき、すぐに声のボリュームをさげて。


「……俺は、あいつとの思い出を、記憶の中に閉まっておきたかった。……楓にはわからないよ」

「先輩……」


そう。

完璧人間である楓に俺の気持ちがわかるはずがない。

完璧だということで、人に好かれ、愛されてきた彼女と俺は違う。

俺は彼女と、いや、星宮葵との思い出を忘れられる程強くない。


一一一怒っている時、たまにもう一人の自分が出てくることがある。

怒っている自分を冷静に見ているもう一人の自分が出るのだ。

彼はこう聞く。

何に怒っているのか、と。

俺は今、楓に対して苛立ちを感じている。

しかし、最も怒られなければならないのは、自分自身ではないだろうか。



一一しばらくの間、沈黙が続いた。

その空気に耐えられなくなったのか、楓が口を開く。


「……ぶ、部活やりましょう!部活!」


俺も先ほどの話はもうしたくないので、楓の言葉に明るい声で返す。


「部活?俺とお前の二人でどうバスケをしようと?」

「出来るじゃないですか!パス練習でも、シュート練習でも。ボールもありますし」


楓が棚の上に置いてあるバスケットボールを指差す。

そこで俺は、ふと思った質問をする。


「……お前、何でバスケ部なんか入ったんだ?お前何でも出来るじゃん」


有栖楓は何でも出来る。

それなら別に、試合に出る事すらできないバスケ部よりも、他校と合同で試合に出ているサッカー部や、シングルスやダブルスなど少ない人数でも試合に出られるテニス部やバドミントン部に入った方が楽しいに決まっている。

楓ならどの部活動も歓迎するだろう。

しかし。

有栖楓は。


「……バスケが、好きだからです」


俺の顔を見ながら言う。

楓の顔が少し曇った気がしたが、俺は構わず話を続ける。


「そうか。……実は、これから生徒会の会議があって、どの部活を廃部にするかとかを話し合うんだと」

「へえ、こんな時期にですか」


それは俺も思った。

ただ、予算がどうだとか、なんかよくわからない事情が色々あるらしい。

なので、俺は端的に、


「大人の事情だろ」

「なるほど……。先輩!私はこの部活大好きなので、絶対に無くさないで下さいね!」

「ああ、じゃあ、行ってくるわ」


俺はそう言うと、部室を後にした。






「はあ……」


部室から先輩が出ていった後、広くなった部室で、私はひとりため息をついた。

私は周りから完璧とか言われているらしいが、全くそんな事はない。

私だって水泳でオリンピック選手に勝てないことだってある。

それに……好きな先輩に告白する勇気だってない。


「私がこの部活ぬ入った理由は、バスケが好きだからじゃなくて、先輩のことが……」


私は一人になった部室の中で、寂しそうに呟いた。

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廃校学園! 邪神眼鏡 @jasinmegane

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