第4話
「はぁ……」
夕焼けで赤く染まった教室の中で、大きなため息ひとつ。ぱちん、ぱちん、とホチキスの音を規則正しく鳴らし、黙々と文化祭関連の資料とは関係ない、そう担任の授業で使うプリントを瑠璃はひとり黙々と、とじていた。
実行委員ついでにやってくれと昼休みに頼まれたのものだ。
(……こんなことなら、名雪くんにも手伝ってもらえばよかった)
文化祭とは関係ないから頼むのを躊躇った。結果、教室で山のように積まれた資料を1人で作ることになったのだ。終わりがまったく見えないことに、またひとつため息をはいた。
「…………おまえ、まだいたのかよ」
声が聞こえて振り返る。教室の入り口に先ほどまで考えていた人物、名雪くんが立っていた。彼は、嫌そうに眉を歪ませたあと、机に積まれた資料をみて目を見開かせた。
「それ、文化祭実行委員の仕事じゃねぇのか?」
彼の疑問に瑠璃は、首を横にふる。
「先生が今度使う授業のプリントだから実行委員の仕事じゃないよ」
さっき、手伝ってもらえばよかったと思ったばかりなのに彼を目の前にすると、それとは真逆の言葉を出してしまう。我ながらめんどくさい性格だなと内心思っていると、何かを引きずるような音が響いた。
「アホか、おまえは」
机を挟んで向かい側に、名雪くんが座ってそう言った。何故そんなことを言われたのか、何故目の前に座っているのかわからず首を傾げる。
「こんなの1人じゃ終わらないだろ、なんで誰かに手伝ってくれって頼まないんだ」
不機嫌そうにそう言いながら、名雪くんはプリントを手に取るとパチリ、とホチキスでとじる。
「……手伝ってくれるの?」
「……手伝ってんだろ」
ぶっきらぼうに返されたが、ぱちぱちと丁寧にどじられていくプリントをみて瑠璃は、心がふんわりと暖かくなった。
「なに、笑ってんだよ」
「……わらってないよ」
笑ってんだろと呟く名雪くんをみながら、瑠璃はニヤけてしまう口を隠した。
目の前の山がやっと無くなった頃には、昨日帰ったときと変わらない時間になっていた。
「終わったな」
名雪くんが、つかれたと腕をグッと上へのばす。
「ありがとう」
「べ、べつに、礼なんて……これ、運んどくから昇降口で待ってろ」
「え……?」
「送ってく」
重そうなプリントを軽々と持ち上げ、名雪くんは淡々とそう言った。
彼の申し出は、とても嬉しかった。仲良くなれるチャンスだと、思わず彼の服を掴み返事をしようとしたその時……。
ピリリッ、と携帯の着信音が鳴り響いた。
時が、一瞬だけピタリと止まる。その携帯の音は、瑠璃のポケットから聞こえていた。
「……出れば?」
「うん」
すっ、と近づいたと思った名雪くんとの距離がまた遠い場所へといってしまったような気がした。
彼から少し離れたところで、携帯を開く。ディスプレイには、俊ちゃんの文字が表示されていた。
慌てて通話ボタンを押す。
「……俊ちゃん?」
『教室、どこだ』
不機嫌そうな俊ちゃんの声に、じわりと冷や汗が滲む。下手すると教室まで来てしまうかもしれない。
「も、もう終わったから、昇降口で待ってて」
『…………』
「俊ちゃん?」
急に黙り込んだ俊ちゃんに、不安がつのる。イヤな予感がした。
「どうした?」
怪訝そうに名雪くんが、みている。なんて答えていいかわからなくなった瑠璃が困っていると、体が急に後ろへと引っ張られた。
「見つけたぞ」
ぎゅっと腰回りに腕がまわる。不機嫌そうな声に、体温が二度下がったような感覚におそわれる。
「……俊、ちゃん」
「あまりにも遅いから、心配しただろ瑠璃」
「遅くなるって言ったじゃん」
「こんなに遅いとは聞いてない」
むぅ、と拗ねたような言葉を言う俊ちゃんに、瑠璃は仕方ないなぁと小さな声で「ごめん」と謝る。気をつけろよと返ってきたが、たぶん今後も遅くなると思うと肯定することもできず、ただ謝った。
「……で、キミは誰?」
瑠璃との話が済んだと思うと、俊ちゃんは、目の前にいる名雪くんに矛先をむけた。
ぎろり、と彼を睨んでいるのをみると何か勘違いをしていそうで瑠璃は、慌てて俊ちゃんの目を手のひらで隠した。
「彼は、名雪天くん。私と一緒に委員やってくれてるの。今日は、委員の仕事じゃないのに手伝ってくれたんだよ」
「……そうだったのか。それは、すまない。つかぬことを聞くが、一緒にいる間、瑠璃には何もしていないだろうな?」
「……は?」
「俊ちゃん!!」
なんてことを聞いてしまうのだろうかこの兄は……。変なことを聞かれて名雪くんの表情が不機嫌なものに変わっていくのが伝わる。
「瑠璃も自分が可愛いということを自覚して、危機感をもってくれ。昨日だって……」
「俊ちゃん」
俊ちゃんの言葉を遮るように名前を呼ぶ。意外と低くなってしまったその声に驚いたのか、俊ちゃんは言おうとした言葉をのみこんでくれた。
「昨日が、どうしたんだよ?」
「なんでもないよ」
笑顔をつくってそう返すが、それでも言葉の続きが気になるのか名雪くんは、ジッと瑠璃の目をみつめた。
「……まぁ、いいか。彼氏が迎えに来たなら送らなくてもいいよな」
深いため息をはいて、後ろ髪をかくと名雪くんはカバンを拾いあげて教室を出て行こうとする。
……というか、彼はいま何と言っただろうか。「彼氏が迎えに来た」と言っていなかっただろうか。
「ちょ……まっ……」
あわてて彼を引き止めようとして腕を伸ばす。けれど、その手は後ろから伸びてきた大きな手によって遮られた。
「ダメだよ」
(なにが、ダメなの)
声の主、俊ちゃんをジッと見つめて視線でそう訴える。けれど、彼は答えてくれず、ただダメだと繰り返した。
優しい声に、優しい手に絡めとられる。俊ちゃんが触れる手は、優しいものなのに振りほどきたくなる。けれど、それが出来ないのはなんでなのだろうか。瑠璃は、ただ名雪くんが教室を出て行く後ろ姿をジッと眺めているしかできなかった。
僕の心臓をあげるよ 六連 みどり @mutura
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