笛泣く

我儘に、鈍感に「いっしょにかえろう」と誘ったわたしを、きみのとなりを埋めたあの子がにがい顔で見つめていた。最低なことをしているのはわかっている。わかっているけど、やってしまったんだ。


「あ、ごめん、えっと───部活のやつと、一緒に帰るから」

「そっか」

「うん、また明日な」


唐突なそのことばにも、きみはふしぎそうな顔ひとつなしに答えた。はにかんだように笑いながら言い淀んだその相手の名前は、もう知っている。

わたしに手を振ったあと、廊下にいたあのこのもとへ君は走っていった。さりげないようすを装っていたきみのその、些細な変化をわたしはうけとる。

そんな些細なことさえわかってしまうほど、わたしはきみをみていたのだろう。


そんなわたしをおいてけぼりに、きみは同級生の波にまぎれる。ゆるやかに、さわがしく、クラスメイトは帰っていく。やがて教室には、わたしだけが残った。


わたしは、静かに泣いた。




恋のはじまりを言祝ことほぐように、

恋のおわりを悼むように、

音楽室の扉から、やさしい笛の音が響いていた。

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笛泣く 深瀬空乃 @W-Sorano

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