「メリークリスマス!」

「船長、失礼します! 少々お時間よろしいでしょうか?」


 その日の夕刻――夕刻と言っても便宜上のものであり、コロン号内には朝も昼も夜も無いのだが――船長公室を訪れる者があった。

 次席三等航海士のカワサキ。上級船員では最年少の、駆け出し航海士。

 そのカワサキが少年のような顔を紅潮させ、何やら興奮した様子で尋ねてきたのだ。


「――うむ。ちょうど一息つこうと思っていたところだが……どうしたのかね? 君は今日は非番のはずだが? 何やら嬉しそうな顔をしているが、何かあったのかね?」

「はい! あのあの、一刻も早く船長にお伝えしなければと思いまして、研究所から走ってきたんです!」

「研究所から……? あそこは2kmは離れていたと思うが……健康的なことだな。それで、私に伝えたいこととは?」


 カワサキの溢れる若さに苦笑いしつつ、レオン船長が先を促す。


「はい! ――実は、『クリスマス』についての貴重な映像資料を発見したんです!」

「なっ……それは本当かね!? 一体どこでそんなものを?」


 もしそれが本当ならば、大発見である。「年末イベント」で悩んでいたレオンにとっては福音とも言える。

 だが、「クリストバル・コロン」号のアーカイブには、「クリスマス」についての記録は残っていなかったはずだ。カワサキはそれを、どこで見付けたのだろうか?


「はい! 実は自室の大掃除をしていたら、ご先祖様の遺した古いメモリキューブを見付けまして……」

「メモリーキューブ? 確か、旧時代に普及していた記録媒体だったな。その中に映像資料が遺されていたのかね?」

「はい! 何とか中身を見られないものかと、研究室の人達にも相談しまして……一部のデータ復元に成功したのですが、それがなんと『クリスマス』の記録映像だったんです! ――早速、ご覧になられますか?」

「……ふむ、そうだな。善は急げだ。早速拝見させてもらうとしよう」

「はい! では、!」


 カワサキが差し出した手をレオンが握る――が、別に親睦を深めている訳ではない。

 コロン号の船員達は、現代で言う情報端末を持ち歩いていない。――より正確に言うならば、持ち歩く必要がない。

 船員達には、誕生と同時にナノマシンデバイスが移植されている。それが成長と共に全身の神経と同化し体内にネットワークを形成するのだ。

 そのネットワークは情報の記録と処理の両方を司り、映像や音声などの各種データは、神経を通じて脳内で直接に再生されるようになっている。

 そして、互いに情報を共有する際には、手のひら同士を接触――つまり握手することによってデータを転送するのだ。


 ――なお、余談ではあるが、このナノマシンデバイスによる施術を成長済みの人間に後から行っても、神経とナノマシンが馴染まずにネットワークが形成されないか、されても視覚や聴覚に送られる情報が外界からのものなのかデバイスから送られているものなのか区別が付かなくなり、最悪発狂することが確認されている。

 ナノマシンの移植は新生児に限るのだ――。


「――接続を確認しました。では、映像を再生しますね」


 カワサキのその言葉と共に、レオンの脳内に映像情報が流れこみ始めた。


 まず最初に映し出されたのは、どこかの街の風景。

 巨大なビルが立ち並び、街には人が溢れている。物凄い数だ。人々は皆、カワサキと似たような顔つきで、同じような黒髪に黒い瞳を持っている。


「これは……カワサキのご先祖の国、かな?」

「はい! どうやら二十一世紀初頭の東アジア――日本ハポンみたいですね」

「日本、か。名前だけは知っているが……ん? なんだ、これは?」


 そこでレオンは映像の中に奇妙な光景が映っていることに気付いた。

 街を行く人々の中に、赤と白を基調とした円錐状の帽子を被っている人間が混じっているのだ。円錐の先端には白い毛玉のような物が付けられていて、その重みで先端が垂れ下がっている。


「一部の人が同じ帽子を被っているようだが、これは何だね?」

「はい! それは『サンタ帽』と呼ばれる『クリスマス』特有のアイテムだそうです!」

「サンタ帽……?」

「研究室の解析によれば、別名は『ナイトキャップ』と言って、夜寝る時に被る用の帽子だそうです!」

「夜寝る時に帽子を……? 一体何の為に?」

「残念ながらそこまでは分かりませんでした! ちなみに『サンタ』というのはクリスマスの夜に現れる怪人の名前だそうです! 解析してみたところ、赤の他人の家にから侵入し、子供たちにプレゼントを配る存在みたいです!」

「……君は何を言ってるんだね?」


 夜寝る時に被る帽子を身に付けた怪人が、通風孔から他人の家に侵入し、子供たちにプレゼントを配る……都市伝説の産物、というやつだろうか。

 そんな怪人と同じ帽子を被る意味もよく分からない。古い風習に、魔除けの為に怪物と同じ格好をするというものがあるらしいが、もしかするとそれかもしれない。


「次の映像、行きますね!」


 次に流れたのは、どこかの部屋の中の光景だった。

 部屋には何かの木の鉢植えが置かれ、色とりどりの電飾で飾られている。

 テーブルの上には白く丸い物体と、円筒形の容器に入った何かの料理が鎮座していた。

 白い物体の方は分かる。これはケーキだ。少々形は異なるが、今もコロン号にレシピが残されている数少ない旧時代の菓子の一つで、お祝いの時に食べる高級品とされている。

 しかし、円筒形の容器に入っている方はよく分からない。揚げ物に見えるが……。


「カワサキ、この円筒形の容器に入っているものは何だね?」

「はい! これはフライドチキンという、鶏肉を味付けして揚げた料理だそうです! レシピもアーカイブに残っていたので、再現可能ですよ!」

「鶏肉、か。ふむ、貴重品だが……まあ、いいだろう。人工肉では味気ないしな。――やはり当時も、高級料理だったのかね?」

「いえ! 解析の結果、テーブルの上の料理は全て安物、ファストフードだそうです!」

「ほう……。てっきり豪華料理を食べる日だとばかり思っていたが……なるほど、安物ということなら人工肉で代用しても良い、か」


 年に一度の「ガス抜き」ということで、例年の「年末イベント」では豪華な料理を振る舞ってきた。

 だが、元となった「クリスマス」は豪華なばかりではないらしい。ケーキは立派だが、フライドチキンとやらは安物だというではないか。

 これはつまり、どんな時でも質素倹約を忘れてはならない、という戒めなのかもしれない。


 レオンが思考を進める間にも、映像は流れていった。

 部屋の中では人々が談笑しながら、フライドチキンを頬張り酒らしき飲み物をあおっている。

 例年の「年末イベント」は、この辺りの記憶や記録を基にしていたのかもしれない。

 ――やがて食事が終わると、人々が何やら思い思いにリボンの付いた袋を取り出し始めた。


「カワサキ、この袋は何だね? おっ? 何やら歌いながら袋を隣の人に渡し始めたが……? 袋を隣から更にその隣へ……これは何かの儀式かね?」

「はい! 解析したところ、これは『プレゼント交換』と呼ばれる儀式みたいです! 袋の中身は各人が選んだプレゼントで、歌が終わった時点で手に持っていたプレゼントを持ち帰るようですよ! グルグル回す意味は残念ながら分かりませんでした!」

「ふむ、『サンタ帽』もそうだったが、恐らくは何か呪術的な意味があるのだろうさ。――だが、これはなかなか面白そうじゃないか」

「誰に何が当たるのか分からないから、ちょっとドキドキしそうですね。――さて、次の映像なのですが……これはどう解釈したらいいんですかね?」


 何やら頬を赤らめながら、カワサキが映像を進めた。すると――。


「ほう。何やら夜の街に男女のペアが溢れているな……それが、なんだろうか? ピカピカと飾り付けられた建物に次々と入っていくが……?」

「その……船長。少々言いにくいのですが、この建物は男女の施設だそうです」

「交配施設……だと?」

「はい……クリスマスの夜には男女がペアになって交配施設を利用し、子作りするのが習わしみたいです」


 そう言って、カワサキはモジモジと身をよじらせた。

 コロン号にも結婚や自然交配の風習は残っているが、人口の爆発的な増加を防ぐ為に厳しく管理されているのが現状だ。許可のない交配は厳密に禁止されている。

 その許可を出すのは他ならぬ船長のレオンだ。そしてレオンの記憶では、カワサキにはまだ許可を出したことはない――つまり彼はまだ、交配したことがないのだ。それで照れているのだろう。


 ――それはさておき。


「しかし、ふむ。クリスマスとは、なんというか……奇妙なイベントなのだな?」


 サンタという怪人が跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、街中には魔除けの為にサンタと同じ帽子を被る人々が出没するようになる。

 人々は豪華なケーキと質素なフライドチキンという両極端な食事を楽しみ、酒も飲む。

 食事が終わると、「プレゼント交換」なる呪術儀式を始める。

 の男女は交配施設へと向かい、子作りを行う――。


「二十一世紀初頭の日本は科学全盛の時代のはずですが、この映像を見た限りでは多分に呪術的文化が残っているみたいですね。研究所の人達も驚いてましたよ!」

「う、うむ。……果たして、このような行事をそのまま行ってもいいものだろうか?」

「でも船長。大昔のコロン号では、クリスマスをやっていたんですよね?」

「……と伝え聞いているが、何分アーカイブが破損しているからな。当時の正確な情報は何も残っていないのだ――いや、残っていたとしても、当時と同じ解釈が出来るとも限らない、か」


 ――そう。失われてしまった情報は、もはや誰にも分からないのだ。

 口伝されてきたものも、少しずつ形を変えてしまうものだ。

 そして、映像として記録されたものでさえ、当時を知らぬ者にとっては謎めいて映る部分が多く、解釈違いが起こる可能性がある。


「――ふむ。流石に全てを採用するわけにはいかないが、ケーキとフライドチキン、それとプレゼント交換ならば実施しても問題ないだろう。それ以外の要素は……研究所で継続して解析を進めてもらおう」

「……ですよねぇ。流石に交配は……無理ですよね……」

「ん、なんだね? カワサキとしては交配したかったかね?」

「い、いえ! 相手がいませんので!」

「……それは悪いことを訊いた。――さて、では今回の『クリスマス』実施について詳細を詰めなければな。カワサキは各区長へ招集をかけておいてくれ。もうあまり時間がないからな」

「分かりました!」


 言うやいなや、カワサキは物凄い勢いで船長公室を飛び出した――かと思ったらすぐに戻ってきた。


「――船長! すみません、言い忘れていたことがありました!」

「ん? なんだね一体? やはり交配したいかね?」

「それはもういいですから! ……じゃなくて、クリスマスには特有の挨拶があるらしいんですが、それを伝え忘れていました」

「特有の挨拶?」

「はい。意味までは分からなかったんですが、クリスマスの日には、お互いにこう挨拶するらしいですよ――」


 そこでカワサキは一度息を整えて――その言葉を口にした。


「メリークリスマス!」

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正しいクリスマスの過ごし方 澤田慎梧 @sumigoro

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