正しいクリスマスの過ごし方
澤田慎梧
「クリストバル・コロン」号の受難
遥か遠い、遠すぎる未来。
人類はその版図を宇宙へと広げ、数多くの宇宙船が新天地を求めて恒星間航行という長い旅路についていた。
恒星船「クリストバル・コロン」号も、その一隻だ。
既に船員達は数世代を重ね、誰一人として地球生まれなど残っていない。十万人程度の船員達は、その全てが船内で産声を上げ、そして死んでいくのが当たり前となっている。
太陽系どころか銀河系ですらも遥かに遠い、冷たく暗い宇宙を進み続けるコロン号こそが、船員達にとっての故郷であり全てであった。
次の惑星系へ辿り着くまで、計算上では更に数世代を必要とする。
だから、今を生きる人々の使命は、コロン号を維持し次の世代へ万全の形で引き継ぐことなのだ――が。
「――やれやれ、一体どうしたものか」
当代の船長であるレオン・セルバンテスは、飾り一つない質素な船長公室で、独り頭を悩ませていた。
レオンは今年でちょうど百歳。初老と言っていい年齢だ。端正な顔立ちの持ち主で、整えられた髪と口ひげは見事なロマンスグレー。「渋すぎる船長」として、船内には彼のファンも多い。
しかし、今はその端正な顔が苦悩に歪んでいた。
コロン号は、その長い歴史の中で何度も滅亡の危機に瀕し、それを乗り越えてきた。
強力な宇宙線の影響で、生物や機械が致命的なダメージを負ったこともあった。
アーカイブの破損により、代々受け継いできた地球由来の文化的・技術的データを喪失してしまったこともあった。
無数の触手と目玉持つ、名状しがたい姿をした宇宙怪獣と死闘を演じたこともあった。
一部船員達の反乱で、内部崩壊を起こしそうになったこともあった。
レオンが船長となってから迎えた危機も、一つや二つではない。彼は船が危機に陥る度に、辣腕を振るって船員達を導き、幾度となく困難を乗り越えてきたのだ。
だが、今回ばかりは駄目かも知れなかった。そのくらいに、今回の難題は彼の頭を悩ませていたのだ。
それは――。
「今年の年末イベント、一体何をやればいいんだ……?」
――そう。レオンが悩んでいるのは、「年末恒例となった船内イベントで何をやるべきか?」という命題についてだった。
「完全循環型社会」を実現したコロン号ではあるが、それはあくまで船内で消費・再生産される物資においてのみ、の話だ。
船の航行や維持管理に必要な物資・エネルギーは、目減りしていく一方である。補給手段はと言えば、星々の弱々しい光による僅かな発電であるとか、航行中に遭遇・回収した小天体からの物質採取くらいのものであり、とても十全とは言えない。
それ故に、コロン号の内部では常に質素倹約が最上位の義務とされ、人々は娯楽の少ない、禁欲的な生活を強いられてきたのだ。
その船員達の溜まりに溜まった
地球に準じた一年365日余りの締めくくり、十二月の下旬に一日だけ、貴重な食料、酒などの嗜好品を解禁し船員達が互いに労をねぎらう、重要な催しなのだ。
だが、そのイベントにもある程度の節度が必要だった。野放図にどんちゃん騒ぎをすればいいというものではない――というか、してはならない。
レオンの前任の船長は、「無礼講」と称してひたすら飲み食いをするイベントを催してしまい、タガの外れた船員達と共に危うくコロン号の食料とエネルギーを食い尽くすところだったという。
あくまでも、ある一定のルールやシステムの上で行わなければならない。
例えば、ある年は「誰が船内で一番歌が上手いか?」と競い合った。
またある年は、船長を含む上級船員達で演劇を上演した。脚本も自分達で書き下ろしたものだ。
他の年には、一般船員から有志を募って、自分が考えた「面白い話」や「怖い話」を披露してもらったりもした。
かように船長たちが頭を捻って考えて、様々な内容のイベントを開催しているのだが……その度に一般船員達は様々な不満を抱き「来年は別のものを」という声を上げていた。
その為、毎年毎年趣向を凝らして別の催しを行っているのだ。
しかし、それも限界が来ている。人それぞれに不満に思う要素が異なるのだから、万人を満足させる内容など思い付くはずがない。
――全ての元凶は、アーカイブの内容の大半が失われたことだった。
最初期のコロン号内でも年末イベントは行われていたらしいが、その際には地球由来の伝統的な催しを行っていたようなのだ。しかも毎年、同じ内容のものを。
「毎年同じ内容で不満は出なかったのか?」とレオンは疑問に思ったが、もしかすると人間という生き物は「誰かが決めたこと」には不満を抱きやすいが、「伝統」となると不満の声が減る生き物なのかもしれない。
それとも、そのイベントがよほど素晴らしいものだったのか……。
だが、そのイベントの記憶は、アーカイブの破損や宇宙怪物との戦いによる人口の激減など、コロン号滅亡の危機の混乱の中で段々と薄れていき、今では名前以外どんなものだったのかも分からない代物になってしまっていた。
――そのイベントの名は「クリスマス」という。
もし「クリスマス」を復活できれば、年末イベントの内容に頭を悩ます必要がなくなるかもしれないのだが……。
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