晩夏のカプリチオ
見月 知茶
晩夏のカプリチオ
「
思っていた通りだった。
夏休みの練習日、オフ明けで1週間ぶりに会うオーケストラ部の仲間たちは私の短い髪を見るなり驚きの声をあげた。
「どうしちゃったのさ、あんなに長かったのに…」
同じチェロパートの1年生、ヒナちゃんと太一くんの反応があまりにも予想通りすぎて笑ってしまいそうだ。
驚くのも当たり前だ。なんせ、この前までは腰まであった長い髪を突然ボブにしてきたのだから。
「えー、何となくだよ〜」
「何それ〜?」と不服気な顔をする2人だったけれど、パートリーダーである3年生の奈々江さんに呼ばれると、慌てて向こうへ行った。
うん、なんとか誤魔化せた。本当の理由なんて言えないもの。
「おはよう!」
朗らかな声に振り返れば、朝から爽やかな笑みを浮かべる好青年……同じチェロパートの2年生の先輩、
「うわぁー夏芽ちゃん、随分思い切って短くしたねぇ…どうしたの?……もしかして失恋とか?!」
予想通りの質問。チャラくはないがちょっとふざけ気味の、望さんらしい言葉。後半のセリフは場合によってはセクハラですから!!と内心思いつつも「違いますよ〜」と笑ってみせた。
「そっか〜。ごめん、冗談(笑)」
サラサラとした髪をかきあげ、微笑む望さん。私は上手く笑えただろうか。
望さんがいなくなったことを確認すると、小さく溜息をついた。
…言えるはずない。髪を切ったのはあなたのせいだなんて。
あれはオフ期間の初日のことだった。
ヒナちゃんと一緒に、奈々江さんに「遊びに行こう!」と連れられて来たのは郊外のショッピングモール。
……そこそこ混んでいるのに、どうして見つけられたのだろうか。
アクセサリーショップの店先で仲睦まじく商品を選んでいるカップル。見覚えのあるその顔は、同じパートの2年生である
いつにも増して優しそうな目をしている望さんと、いつもクールなの都さんのはにかんだ表情が新鮮だった。
「あれって…」
驚いたまま固まる私の視線の先を見て、ヒナちゃんが呟く。
それに気づいて立ち止まり、私たちの視線の先を追いかけた奈々江さんもすぐに2人の姿を見つけたみたいだ。
「あぁ…1年生はまだ知らなかったんだっけ。あの2人ねぇ、去年の冬から付き合ってるんだよ。さすがに普段から部内でイチャつくなんて真似はしないけどね」
「えぇぇ!そうなんですかぁ!も〜!お2人とも教えてくれたっていいのに」
「教えたらそうやってヒナに色々聞かれると思ったんじゃないの」
「え〜奈々江さんったら酷い!」
隣で言い合う2人の声がどこか遠くで聞こえるようだった。
春、入学式のあとに配られたサークル勧誘のチラシを見て何となくオーケストラ部を見に行こうと決めた。中学はバドミントン、高校は帰宅部だったから、何か新しいことを始めたかった。
楽器体験で初めてチェロの音を近くで聞いて、この楽器を弾いてみたいと思った。
そして、チェロで優雅な旋律を奏でる望さんに一目惚れしてしまった。
入部してからも、弓の角度や楽譜の読み方まで丁寧に教えてくれる姿に憧れた。いつも爽やかで、誰に対しても優しくて、ちょっとお茶目で…そしてカッコイイ。
だからそんな望さんに彼女がいてもおかしくはないと思っていたけど…
うん、1歳違いとは思えないくらい大人びていて、クールで美人な都さんと並ぶ姿はとてもお似合いだ。
そっか……そうだよなぁ…
そう自分に言い聞かせたけど、その後どんな会話をして帰路に着いたかは覚えていない。
「あれっ、
ヒナちゃんの大きな声に現実に引き戻された私が見たのは、ファゴットの同級生の姿。
あまり喋ったことはなくても、彼女の背中まである綺麗な黒髪は印象的だった。
ところが、今目の前にいる彼女は焦げ茶色の髪のベリーショート。
「まあね、イメチェン?」
と笑う姿はこの前までのおしとやかなイメージとは違い、随分と凛々しい。
そんな会話をしていたら、彼女はパートの先輩であるファゴットの3年生、
「ほらー、ウチらも練習始めるよー」
奈々江さんの声にチェロパートのみんなが集まり、いつも通りの練習が始まった。
練習が終わり部室を出たら、外は雨だった。
折りたたみ傘ならあるけど、夕立だろうから止むのを待とうか、そう思いふと横を見ると、同じように雨が止むのを待っているらしい千春ちゃんがいた。
「雨上がり待ち?」
手元のスマホを眺めていた彼女は驚いたように顔を上げた。
「あ、うん。」
「私も」
「だよね。練習中はカーテン閉めてるから、全然気がつかなかった」
彼女とこんなに話すのは初めてかもしれない。
「千春ちゃんも髪切ったんだね。もしかして失恋?だなんて聞かれたけど、千春ちゃんも?」
「あー私もそれ言われた。私、いつも年1回くらいの周期で切ってるってそれだけなんだけどね。」
「そっか…そうだよね。今どきないよね。」
「もしかして夏芽ちゃんは失恋で切ったの?」
「まあ…ね」
「へぇー…まあ無くはないんじゃない?」
なぜだか千春ちゃんになら打ち明けてもいいような気がした。
「好きな人、彼女いるって知らなくてさぁ…近くにいたのに、全然気づかなかった。やっぱショート似合わないかなぁ…」
「そうなんだ…似合ってると思うよ。」
「ありがとう。千春ちゃんは好きな人とかいないの?んー…陽平さんは?あの人も面白いし、カッコイイよね。」
「いないなぁ…。あの人は…人間としては好きだけど恋人としてはちょっと無いなぁ…だってさ、顔と声はいいけどめちゃくちゃ変な人だから」
千春ちゃんは完全に無表情だ。
「え?そうなの?」
「さっきも、折りたたみ傘忘れたから笠かぶって帰るねとか言ってたけど、なんであの人笠持ってんのって話」
「うわっそんな変な人だったんだ…」
こんなに話すのは初めてなのに、なぜだか話が弾んだ。
そのうちに雨が上がった。
「あ、止んだ。虹見えるかな?」
東の空を見上げて背伸びをするその背中に声をかけた。
「あのさ、もし良かったら…一緒にご飯行かない?」
これが親友・千春と仲良くなったきっかけだった。
晩夏のカプリチオ 見月 知茶 @m_chisa
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